夫・悠選手と夫婦揃ってリオ、東京とパラリンピック2大会連続出場 2016年のリオデジャネイロオリンピックでは女子57キロ級で銅メダルを獲得し、2021年の東京パラリンピックでは同5位に入賞した、視覚障がい者柔道の廣瀬順子選手。夫で同じく視覚…

夫・悠選手と夫婦揃ってリオ、東京とパラリンピック2大会連続出場

 2016年のリオデジャネイロオリンピックでは女子57キロ級で銅メダルを獲得し、2021年の東京パラリンピックでは同5位に入賞した、視覚障がい者柔道の廣瀬順子選手。夫で同じく視覚障がい者柔道の男子90キロ級代表、悠(はるか)選手とともにパラリンピック2大会連続出場を果たしたことでも知られている。

 2024年のパリ大会に向けて、すでに始動している廣瀬選手だが、東京大会後はしばらく柔道から離れた時期があったという。

「1か月くらいは全く柔道着を着ずにお休みして、ちょっとゆっくりしました。東京パラリンピックが終わって力が抜けたのと、3位決定戦で負けた悔しさがすごくあって、ちょっと柔道とどう向き合おうか考えた期間がありました」

 柔道との向き合い方を考えた期間には、「柔道を続けるか続けないか」という究極の選択についても考えたという。それというのも「元々は東京で辞めようかと思っていたんです」と言葉を続ける。

「ただ、3位決定戦の試合がすごく悔しくて、もう少し柔道を続けたい気持ちが沸いてきて。年齢も年齢ですし、結婚もしているので、子どもがいつか欲しいということもあり、その2つですごく悩みました」

 東京大会の3位決定戦は、過去3戦全敗しているジェイネプ・ジェリク(トルコ)と対戦し、先に技ありを奪いながらも追いつかれ、延長で技ありを決められて敗れた。一度は掴みかけた勝利。勝てたかもしれないという手応えが、競技への想いを強くした。

 同時に、今年で32歳。出産という女性ならではの選択肢について考えるのは、ごく自然なこと。自分の中に沸いた2つの想いに素直に耳を傾け、考え抜いた末に選んだのは現役続行の道だった。

「今は私生活(を優先する)よりも柔道を続けたいという気持ちが強かったので。そういう気持ちがある間は、しっかり競技と向き合おうと思って柔道を続けることにしました」

「好きな時に出産して、競技も続けていける。それが一番の理想」

 競技者としてのキャリアを追い続けるのか、あるいは結婚、出産といった私生活を優先させるのか。女性アスリートは往々にして、両者を天秤にかけなければならない場面に遭遇し、女性ならではの選択に窮屈さを感じることもある。

「やっぱりどちらも自分の中では大切で、どちらかを選ばなければならないと考えると、すごく窮屈だなという風には思います。私が柔道を続けると決めたのは、パリが終わった後でも子どもを産める年齢ということもありましたし、一番に考えたのは、その時に自分が競技を辞めて後悔しないか。後悔するのであれば競技を続ける方がいいと思ったんです。自分にとって、その時、何が一番大切かをいつも考えるようにしています」

「出産をした後は同じように柔道をしようとしても難しいとか、出産前の自分とは違う体だと考えた方がいい、と仰有る方もいます。出産のタイミングを決めるのは自分ですけど、例えば、女性アスリートが引退をしなくても子どもを産んでスムーズに復帰できるように周囲の理解が深まると、好きな時に出産して、競技も続けていける。それが一番の理想だと思います」

 他競技にも目を向けてみると、現役を続けながら出産する女性アスリートの数は増えてきた。同時に、以前に比べると周囲の理解も深まっている。こういった現状に「私が所属している会社にも、出産を経て復帰し活躍されている女性アスリートも在籍していますし、自分も安心して競技に臨めています」と笑顔を浮かべる。

 パリ大会後に延期した出産計画だが、「子どもを産んだ後、自分で柔道をやりたいと思ったら、一度は競技に戻って、もう辞めてもいいと思うまで続けると思います」と話す。それというのも、大学生の時、まさかの病気の影響で視界が狭くなって以来、大切にしている“ルール”があるからだ。

「病気をするまで意識したことはなかったんですけど、人生いつ何が起こるか分からない、ということを強く感じています。だから、出産だけに限らず、今日も明日も、一日一日を大切にして、その時自分が楽しいと思えるように過ごそうと心掛けています。もしかしたら明日思わぬ事故に遭ってしまうかもしれない。そうしたら美味しいものも食べられないから、食べたい物は食べたい時に食べるし、やりたいこともやりたい時にやろうと思っています」

 女性アスリートが子どもを産みたい時に産み、同時に競技者としても悔いなくキャリアと向き合える。そんな環境がさらに整っていけば、パリ大会後に廣瀬選手が再び頭を悩ませることはなさそうだ。(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)