闘いを終え、リング上で抱擁を交わすふたりの姿を見て、思わず安堵したボクシングファンは多かったかもしれない。 サウル・"カネロ"・アルバレス(メキシコ)、ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)という現代を代表する名ボクサ…

 闘いを終え、リング上で抱擁を交わすふたりの姿を見て、思わず安堵したボクシングファンは多かったかもしれない。

 サウル・"カネロ"・アルバレス(メキシコ)、ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)という現代を代表する名ボクサー同士が、熱いトラッシュトークによってライバル関係を盛り上げてきたのは事実だった。それでも、数年越しで続けてきた舌戦は、少々度がすぎているようにも思えたからだ。



ゴロフキン(左)とカネロの3戦目は、カネロの判定勝ちに終わった

 現地時間9月17日、ラスベガスのT-モバイルアリーナで行なわれたWBA、WBC、IBF、WBO世界スーパーミドル級タイトル戦で、4団体統一王者のカネロがWBAスーパー、IBF世界ミドル級王者のゴロフキンに3-0の判定勝ち。2017年9月から3戦、実に6年越しの直接対決シリーズにカネロが決着をつけたあと、敗れたゴロフキンは驚くほど素直にライバルを称えた。

「カネロと握手し、祝福したかった。彼は本物のウォリアー。私たちは互いに祝福し合い、先に進もうとしている」

 ゴロフキンがそう述べれば、カネロも「ゴロフキンは本当に強かった。彼とリングで闘えて嬉しい。この3戦はボクシング史に記録されるだろう」と呼応した。その熱いバトルだけではなく、宿敵たちの"雪解け"の瞬間もボクシング史に残る瞬間になっただろう。

 少々残念なことがあったとすれば、ラスベガスに1万9519人の観衆を集めて行なわれた決着戦が、過去2戦ほどの好ファイトにならなかったことだ。

 ふたりは2017年と2018年に拳を交え、カネロの1勝1分だった。ドローとなった第1戦は「ゴロフキンが勝っていた」という声も依然として根強く、続く第2戦での両者は、技術的に近年稀に見るハイレベルの攻防を展開した。そんなヒストリーを経て迎えたからこそ、ファン、関係者の第3戦への期待度は大きかったのだ。

 ところが、今回のラバーマッチでは観客を総立ちにさせるようなハイライトは生まれなかった。中盤過ぎまでは手数が少なく、カネロの攻勢をゴロフキンがやり過ごすシーンばかり。ゴロフキンは左ジャブ以外のパンチをほとんど出さなかったため、ブーイングが響き渡る中でラウンドを重ねた。

両者に見えた衰え

 今戦が好勝負にならなかった最大の原因は、40歳になったゴロフキンの衰えに違いない。積極的に攻めれば、スピードで勝る8歳年下の相手にカウンターのチャンスを与えることになる。過去2度の対戦でも、ゴロフキンはカネロのクイックネスとカウンターのうまさによって攻めきれない印象があったが、明らかに反射神経が鈍った第3戦ではその傾向がより顕著になっていた。

「彼は右を使ってこなかった。私が私の仕事をこなしたからだ」

 カネロのそんな言葉通り、ガードが開いた隙に左ボディブローを打ち込まれるのを警戒してか、ゴロフキンは得意の右パンチをほとんど使わなかった。それでは、勝機があるはずもない。カネロの動きが落ちた終盤に、左フックを主体に反撃したものの、逆転の可能性を感じさせる瞬間は最後までなかった。

 一方、内容的には公式採点(2ポイント差がふたり、4ポイント差がひとり)以上のワンサイド勝利を収めたカネロも、"翼をもがれた鳥"状態のゴロフキンを仕留めにいくエネルギーはなかった。パンチはピーク時のキレと迫力を欠き、中盤以降はスタミナに問題があったことをカネロ本人が認めている。試合前は古傷の膝の状態がよくなく、ロードワークを週3程度しかこなせない状態だったという情報も入ってきている。

 カネロはライトヘビー級で戦った今年5月の前戦で、ドミトリー・ビボル(ロシア)に久々の負けを喫したばかり。今戦を含めたこの2試合を見る限り、ゴロフキンほどではないにしても、62戦のキャリアを積み上げてきたカネロも緩やかに下降線をたどっているようにも感じられた。

「今後、カネロは対戦相手の選択を注意深くしなければいけない。年齢(による衰え)を見せているのはGGG(ゴロフキンの愛称)だけではない」

 フィラデルフィアに本拠を置く実力派トレーナー、スティーブン・エドワーズのTwitterでのつぶやきは的確なように思える。

 ライバル対決シリーズの最終章となった今戦。やや消化不良の戦いを見て、カネロ、ゴロフキンが軸になって中量級に織り成した一時代の"終わりの始まり"を感じたのは筆者だけではなかっただろう。

カネロ、ゴロフキンの今後

 もっとも、近年のボクシング界を彩ったふたりが、キャリア後半、終盤にどんな道を歩んでいくのかは興味深くもある。カネロ、ゴロフキンが主人公格だったミドル級、スーパーミドル級も過渡期に入っていく可能性が高い。

 そこで、祭りを終えたばかりの両雄と、中量級戦線の今後を展望しておきたい。

 ゴロフキン戦後、カネロは試合前から負傷していた左手首を手術する予定だと発表した。簡単なケガではないとのことで、復帰は早くて来年5月になるかもしれない。

「手と体を休める必要がある。より強くなって戻ってくるよ。(ビボルとのリベンジ戦は)私のレガシー、プライド、そして祖国、家族にとって重要だ」

 会見でのカネロはそう語り、一度は苦杯をなめたビボルとの再戦に意欲を見せた。カネロvsビボルが本当に組まれれば、第1戦で明確な差を示した31歳のロシア人王者が有利とみなされるだろう。

 久々に"アンダードッグ"になるカネロにとって、今回のゴロフキン戦以上の大一番。その結果次第で、"北米最高のドル箱"であり続けてきたメキシカンアイドルの商品価値に大きな傷がつくことも考えられる。

 そんなリスキーなリマッチを本当に強行するのか。WBC世界スーパーミドル級王者デビッド・ベナビデス(アメリカ)、WBC世界ミドル級王者ジャモール・チャーロ(アメリカ)といった他の強豪たちまで含め、カネロの方向性と対戦者選びに再び注目が集まる。

 2敗目を喫したばかりのゴロフキンも、「私はまだ160lbs(ミドル級)でベルトを3本持っている。私の中に燃えるもの、情熱が残っている」と語り、現役引退は否定していた。スーパーミドル級ではやはり体の張りがもうひとつで、次戦ではミドル級への復帰が確実。DAZNとの契約はカネロとの第3戦で満了らしく、これから先は中継局の縛りがないFAの立場で次の相手を選ぶことになる。

 ゴロフキンが持っているWBAミドル級スーパー王座をキープしたければ、正規王者エリスランディ・ララ(キューバ)との指名戦をこなさなければならない。旧ソ連圏の選手はタイトルにこだわる傾向が強く、復帰戦で39歳のララとのベテラン対決が実現することも考えられそうだ。

村田が現役続行したら誰と闘う?

 ただ、マッチアップ的にはチャーロや、過去にも対戦が話題になったトップコンテンダーのハイメ ・ムンギア(メキシコ)、元暫定王者クリス・ユーバンク・ジュニア(英国)といった他のミドル級トップ選手との対戦のほうが面白みはあるだけに、ここでもゴロフキンの選択が気にかかる。

 最後に、少し本題からそれるが、またゴロフキンを軸に展開されそうなミドル級戦線で、今年4月にゴロフキンと闘った村田諒太(帝拳)にも一定のリスペクトが払われていることは付け加えておきたい。

 ゴロフキンに8回KO負けでWBAスーパー王座を失った村田は、まだ去就を明らかにしていない。やはり引退が濃厚に思えるが、復帰を表明した場合、アメリカでも活躍の場はありそうだ。米ボクシングウェブサイト『15rounds.com』を運営するなど長くボクシング界に関わり、その功績を全米ボクシング記者協会から表彰されたマーク・エイブラムス記者はこう語る。

「村田が現役を続けても、どれだけの成功を手にできるかはわからない。ただ、村田はゴロフキン戦で健闘し、好試合ができると証明した。負けたとはいえ、これまでのどの試合よりも評価と知名度を高めたと言える。ムンギア、チャーロと対戦させたら面白い試合になりそうだし、プロモーターも興味を持つだろう」

 ゴロフキンと村田の再戦の機運が高まることは考えにくいものの、ようやく世界的に力量が認められた今の村田が現役続行となれば、他のトップファイターとの対戦のチャンスはある。現在のミドル級には飛び抜けた存在がおらず、WBO王者ジャニベク・アリムハヌリ(カザフスタン )以外に勢いを感じさせる選手も少ない。だからこそ、意外な展開になることも考えられる。

 そういった事情も頭の片隅に置きつつ、ゴロフキンのキャリアが晩年に入ったがゆえに混沌が予想されるミドル級戦線の行方を、もうしばらく注視しておくべきだろう。