東京ヤクルト・スワローズ青木宣親の通算打率は昨年終了時点で.320、4000打数以上の打者で歴代トップのレロン・リー(ロ…

東京ヤクルト・スワローズ青木宣親の通算打率は昨年終了時点で.320、4000打数以上の打者で歴代トップのレロン・リー(ロッテ)と並ぶ。

しかし、通常はこういう場合「毛」の単位まで比較するので厳密にいえば.3199で2位となる。もし2020年で青木が引退していれば.325で通算打率1位が33年ぶりに入れ替わるところだった。

2020年も.317の打率を残し立派にスワローズの主力打者だった彼にこの年でバットを置くことなどみじんも考えなかったことだろう。

しかし、2021年の青木はチームを優勝に導く働きをしたものの、シーズン打率は.258の数字しか残すことができず、通算打率を5厘落とした結果、わずかながらリーの通算打率を下回ってしまった。2022年は現状さらに打率を下げているので通算1位の「奪還」はかなり難しくなった。このレベルになると、かなり高い数字をこの後残さないと通算.320を越えることはできない。

◆【通算打率記録一覧】青木宣親は5位にランクイン 1位はレロン・リーと豪華メンバーが勢揃い

■通算打率.300という高い壁

ニューヨーク・ヤンキースでスーパースターだったミッキー・マントルは現役最終年に通算打率を.302から.298に落としてしまった。「キャリアの中でもっとも残念なこと」と彼は最後の1年プレーしたことを死ぬまで後悔した。どの分野についても史上1位になるかならないかも選手にとって重要だが、打者にとって生涯打率3割も大変大きな境界線である。

1980年のシーズンオフ、その年30本塁打を記録した世界の王貞治の突然の引退は号外が出たほど世間を驚かせた。このとき通算打率は.301であった。もし翌年に王が前年と同じ打数と安打数を記録していたらマントルと同じ.298に落ちることになる。この年も4番を張り続けた王だったが打率は.236だったことを考えると、もう1年プレーを続けていれば32本の本塁打を積み上げ通算900号に到達したかもしれないが、通算3割を切る可能性も高かった。

それが突然の引退の理由だとは語られていないし、本人も気づいてもいないかもしれない。しかし、マントルの嘆きに接した私は、あの年の引退でよかったのではないかと考えている。

打者なら誰でも最後の最後まで打席に立ちたい、ヒットやホームランを打ちたい、と思うことだろう。だが、史上1位とか、大台に乗るか乗らないかも軽視できまい。

通算4000打数を超えた時点でリーの数字を超えていた打者は青木のほかに落合博満と小笠原道大がいる。落合は1992年終了時5450打数1754安打で.322、小笠原は2009年までの通算打率がやはり.322(5694打数1832安打)である。ふたりとも引退時は3割2分を守れなかった。

多くの打者にも全盛期の前と後には低打率の時期があり、それも加算して積み上げられて苦労した結果が生涯打率である。来日外国人打者の場合、そういう時期があまりないので打数も比較的少ない。昔、若松勉を「5000打数以上の通算打率で1位の…」とテレビ番組などで紹介されたことがあり、それはリーに失礼だという意見があった。リーは慣れない異国で初年度は苦労もしただろう。少しでも成績が悪いとすぐ解雇される危機と背中合わせであれだけの数字を残した、立派な日本記録だと私は思う。

横浜で大活躍したロベルト・ローズが通算3929打数、打率.325で突如引退したのは2000年のオフだった。あと71 打数で4000に届くという段階での引退には驚かされたのだが、もっと驚いたのはその2年後に再来日、千葉ロッテと契約したことである。4000打数に何としても到達したいのではないか、と思ったものだ。

71打数で6安打を記録しておけば通算.3202となり、リーの.3200を上回ると誰かがアドバイスしたかもしれない。その気になればいくら2年のブランクがあっても十分可能性があると思われたが、シーズン開幕前に彼は退団した。退団の事情はよくわからないが、救われた気がしたものである。

こうした観点から選手の引き際を眺めてみると、またそこには違ったプロ野球の見方があるように思う。

◆個人通算記録達成の陰で起こり得る不都合な真実 石川雅規は200勝達成なるのか

◆「監督としては助かる」は本当か、クリーンナップの送りバントに物申す

◆世界新記録・5打席連続本塁打のヤクルト村上宗隆が打ち立てる次なるホームラン記録とは…

著者プロフィール

篠原一郎●順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授

1959年生まれ、愛媛県出身。松山東高校(旧制・松山中)および東京大学野球部OB。新卒にて電通入社。東京六大学野球連盟公式記録員、東京大学野球部OB会前幹事長。現在順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授。

■通算打率記録(NPB20傑)

順位

選手

打率

実働期間

打数

安打

イチロー*

.353

(1992-2000)

3619

1278

1

リー

.320

(1977-1987)

4934

1579

2

若松 勉

.31918

(1971-1989)

6808

2173

3

張本 勲

.31915

(1959-1981)

9666

3085

4

ブーマー

.3174

(1983-1992)

4451

1413

5

青木 宣親※

.317

(2004-2022)

5905

1872

6

柳田 悠岐※

.315

(2011-2022)

4310

1357

7

川上 哲治

.313

(1938-1958)

7500

2351

8

与那嶺 要

.311

(1951-1962)

4298

1337

9

落合 博満

.3108

(1979-1998)

7627

2371

10

小笠原 道大

.310

(1997-2015)

6828

2120

11

レオン

.308

(1978-1987)

4667

1436

12

中西 太

.307

(1952-1969)

4116

1262

13

長嶋 茂雄

.305

(1958-1974)

8094

2471

14

篠塚 和典

.3043

(1977-1994)

5572

1696

15

松井 秀喜

.304

(1993-2002)

4572

1390

16

鈴木尚

.3034

(1991-2008)

4798

1456

17

カブレラ

.3033

(2001-2012)

4510

1368

18

大下 弘

.303

(1946-1959)

5500

1667

19

和田 一浩

.3029

(1997-2015)

6766

2050

20

谷沢 健一

.3024

(1970-1986)

6818

2062

※2022年現役選手 記録は4000打数以上が対象  *イチローは参考まで