これまでのスポーツ界では、監督のアドバイスをしっかり聞いて、それを愚直に実践することが勝利の方程式につながると信じられてきた。しかし、多様性を尊重するこれからの時代は、選手一人ひとりが自分の頭で「どうしたら勝てるか?」を主体的に考えることが…
これまでのスポーツ界では、監督のアドバイスをしっかり聞いて、それを愚直に実践することが勝利の方程式につながると信じられてきた。しかし、多様性を尊重するこれからの時代は、選手一人ひとりが自分の頭で「どうしたら勝てるか?」を主体的に考えることが欠かせない。指導経験ゼロから早稲田大学ラグビー蹴球部の監督に就任し、日本ラグビーフットボール協会のコーチングディレクターやU20日本代表ヘッドコーチも務めた中竹竜二氏に、これからの時代に必要とされる「勝つためのチームづくり」の秘訣を伺った。
チームを強くするために欠かせない、“組織文化”という行動原理「長年の指導経験から、強いチームを目指して選手一人ひとりが意識や行動を変えようとしたとき、チームの根底を支える組織文化が大きく変容することを発見しました。どんな弱小チームでも、あるいは業績の不振にあえぐ企業でも、組織文化を磨き上げることでチームは強く生まれ変われると確信しています」
そう語るのは、過去二十数年にわたってリーダー育成のスペシャリストとして活躍し、早稲田大学ラグビー蹴球部やラグビーU20日本代表といったスポーツチームはもちろん、老舗企業や急成長するスタートアップ企業の組織変革を手掛けてきた中竹竜二氏。
特に変化が激しく先行き不透明な現代では、勝利という目標にたどり着くまでの道筋も多様化している。これまでのように経験のある指導者が過去の成功事例にならって指導を行うやり方にも限界がきているため、チーム独自の個性や強みとなる組織文化を磨き上げて強化していくチームづくりは、ますます有効になってきているという。
では、そもそも組織文化とは一体何を表しているのだろうか。言葉自体を知らないという人はいないと思うが、具体的な説明を求められると返答に窮するかもしれない。中竹氏は「組織文化とは、普段はあまり意識されないが、チームのあり方や選手たちの言動など、チームのあらゆるものに影響を与える価値観のこと」だと語る。
「人間が向上を目指して変化しようと考えたとき、意思の力に頼るよりも無意識で行われている思考のクセや行動習慣を改善する方が効果的です。同じようにチームにおいても、無意識に共有されている組織文化という根本的な行動原理を改善していくことで着実な向上を図ることができます」(中竹氏)
事実、ラグビーワールドカップ2019日本大会において、日本代表チームが初のベスト8へ進出した歴史的快挙の裏側では、長年日本ラグビー界に蔓延していた“負け犬根性”を根底からくつがえし、貪欲に勝利を追求する組織文化を構築したことが大きな影響を与えていた。
「2012年に日本代表の監督に就任したエディ・ジョーンズ監督は、敗戦後の記者会見で当時の主将が照れ笑いを浮かべて感想を語ったことに激怒し、日本代表チームにはびこっていた『全力を尽くしたなら負けてもしょうがない』という考えを圧倒的な練習量を課すことで一掃しました。どのチームよりも限界まで練習したという自負を持つ選手たちの意識は、次第に試合の結果までも変えはじめ、チーム内には『本気でやれば勝てる』という空気が醸成されました。すると、言い訳を良しとしない文化が広がり、やがて、がむしゃらに勝利を追い求める組織文化へと変わっていったんです」(中竹氏)
負けても照れ笑いをするチームから、負けたら本気で悔しがるチームへ。180度の大転換を成し遂げた組織文化が、日本代表チーム躍進の原動力になったと中竹氏は分析する。
必要なのは自発的な変化! 一人ひとりが自らを問い続ける重要性では、これからの時代に必要とされる組織文化とは、どのようなものだろうか? すべてのチームに固有の組織文化が存在しているため、それ自体に良し悪しはないが、どんなチームにも共通して必要とされる組織文化はあると中竹氏は指摘する。
「めまぐるしく変わる社会環境のなかではチームも主体的に変容し、進化していかなければなりません。そのときに重要となるのが、選手一人ひとりが自ら問い続けることをやめないカルチャーを定着させることです。そのためには常に前提や常識を疑い、過去の成功に甘えることなく、謙虚に学び続ける姿勢が大切になります」(中竹氏)
事実、中竹氏は早稲田大学ラグビー蹴球部の監督に就任した際、選手たちに「どんな選手になりたいのか?」「どんなプレーがしたいのか?」「なぜそうしたいのか?」と問いかけ、一人ひとりと面談を繰り返したという。これまで自分らしさを問われたことのなかった選手たちは、最初は困惑し、「それを考えるのが監督の仕事では」と反発したそうだが、自分の頭で考えて自分の言葉で答えられるようになるまで選手たちの気持ちに寄り添った問いを投げかけ続けると、「監督に頼るのではなく、自分たちで考えて行動しなければならない」という自覚が芽生え、勝てるチームへと生まれ変わっていったという。
キーワードは言語化! 指導者がするべき有効なサポート方法とは?このように中竹氏は選手たちが自ら問い続けることの重要性をわかりやすく説明してくれたが、理解はできても、それを実際に選手たちに実践してもらうのは難しいと感じる人も多いかもしれない。そこで、指導者としてどんなサポートをしていくのが有効かを尋ねると、中竹氏からは次のようなアドバイスをいただいた。
「キーワードは言語化です。自らを問うことに慣れていない選手たちは、言うなれば、自分で考えたことを言葉にしていくことに慣れていないわけです。そのため、まずは選手たちが答えやすい『問い』を投げかけながら、自分の考えを言語化し、適切な意識決定を下せるようにする練習からスタートするのがいいと思います。私も選手たちに『パニックになったときこそ、言葉にしよう』と言い続けてきました。ミスが起きたときに、その原因を選手同士で言葉にできていないと、また同じミスを犯すことになります。『ミスした理由を言葉で確認し合おう』という指導を繰り返すうちに、それが自然と習慣となり、同じミスを繰り返さないチームへと変貌を遂げていきました」(中竹氏)
また、練習が始まる前と終わった後に、選手たちが言語化する機会をつくるのも効果的だという。練習前に選手自身に「今日はどこまで何をやるか」という目標を言葉にしてもらうと、練習中もその達成に向けて「どのように時間を費やしたらいくべきか」と意識が集中し、自分ゴトにしやすくなるからだ。練習後も目標が達成されたかを振り返ることで、脳に言葉を通した意味づけが行われ、練習経験をより自分のものにする効果も期待できる。
「私たち大人だって『自分はどうしたいのか?』と問われても、すぐに答えられるものではありません。『君たちが取り組んでいることはすぐに答えの出ない、難しい課題なんだよ』ということを伝えたうえで、最初は選手たちが答えられないのも当たり前だという考えのもと、選手たちに寄り添いながら問いを投げかけ続けることが大切です。そして、もしも選手が回答に困ってしまったときは、『例えばね〜』と自分なりの見本を見せてあげましょう。『自分が選手のときは〜だった』『今はコーチとして〜したいと考えている』など、例え話があると選手たちもイメージが湧いて、考えやすくなりますから。それには日頃から指導者も自分の経験に裏打ちされた考えを用意しておく必要があります」(中竹氏)
世界最強のラグビーチーム、ニュージーランド代表のオールブラックスにも、自らを問いかけ続けるカルチャーがあることが知られている。彼らは代々受け継がれている15の行動規範に則って、常に自分たちを疑い、自己点検しているからこそ、進化をやめず、王者の地位を維持することができているという。
「どうしたら勝てるか?」「そのために何をしたらいいのか?」。正解のないこれからの時代を勝ち抜くカギは、そんなチームの勝利に向けた問いを自発的に投げかけられる自律型の組織文化なのかもしれない。
1973年福岡県生まれ。早稲田大学卒業、レスター大学大学院修了。三菱総合研究所勤務後、2006年に早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任し、自律支援型の指導法で大学選手権二連覇を果たす。2010年、日本ラグビーフットボール協会において初めてとなる「コーチのコーチ」、指導者を指導する立場であるコーチングディレクターに就任。2012年より3期にわたりU20日本代表ヘッドコーチも兼務。2019〜21年は理事を務めた。2014年には、企業のリーダー育成トレーニングを行う株式会社チームボックスを設立。2018年、コーチの学びの場を創出し促進するための団体、一般社団法人スポーツコーチングJapanを設立、代表理事を務める。ほかに、日本車いすラグビー連盟 副理事長 など。『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』(ダイヤモンド社)や『自分を育てる方法』(ディスカヴァー21)など著書多数。
text by Jun Takayanagi(Parasapo Lab)
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