サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような、「超…
サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような、「超マニアックコラム」。今回は「サッカー独特の『フェアプレー』」。
■始まりはブラジル?
ドイツのブンデスリーガでは、同じようなケースで得点してしまったチームの監督が自チームにオウンゴールを指示し、実行させたことがある。こう見ると、「ケガだと思ったら外に出し、再開時にはスローインを相手に返す」という慣習は世界に広がっているようだ。
だがそれがいつ誰によって始められたのか、私は過去にもずいぶん調べたのだが、残念ながら現時点ではまだそうした資料を見つけることができないでいる。どなたか、何かヒントになるようなものでも知っていたら、ぜひ教えてほしい。
ただ、私の感覚では、これは欧州で始まったことではない。少なくとも、イングランドでないことには自信はある。イングランドのサッカーの文化を考えれば、ケガをした選手を乗り越えてでもゴールを奪い合うという思想があるように思うからだ。
なんとなくだが、南米、それもブラジルではないか―、私はそう思っている。ブラジル人たちは勝負に徹底的にこだわり、相手だけでなくときにレフェリーを欺く行為も是とする国である。だが同時に、相手チームの選手たちも「サッカーの仲間」と思いやることでも世界に抜きんでた国なのだ。いつからかブラジルで始まり、広まった習慣が、1980年代以降、ブラジル選手が欧州で活躍するようになって、世界に広まったのではないか。それが私の「妄想」である。
■「世界の常識」に立ち向かった日本人監督
だがともかく、倒れて起き上がれない選手を認識したときにボールをもっていたチームがタッチラインに出し、ケアを優先させ、リスタートのスローインではそれを相手に返すという習慣は、いまや世界中に広まったサッカーの常識と言っていい。それに反するような行為をするチームがあったら、手ひどく非難されるのは当たり前だ。
一時は、相手に返すふりをして相手陣奥のタッチラインにけり出し、そのスローインからのプレーにプレッシャーをかけてあわよくばボールを奪い、相手ゴールを狙おうという姑息な手段をとるチームもあったが、幸いなことに最近は見なくなった。
だが、この「世界の常識」に断固立ち向かった日本人監督がいる。2010年から2014年までファジアーノ岡山で指揮をとった影山雅永監督だ。「Jリーグ監督1年目」の2010シーズンを前に、影山監督は選手たちに「出すな、返すな」と命じた。倒れているのを見てもボールを出さず、プレーを続ける。相手が出しても、スローインのボールを返さず、プレーを続ける―。試合を止めるのは選手ではなくレフェリーの仕事だ。
選手たちは影山監督の考えを理解し、その方針を実行した。だが当然予想されることではあったが、大きな反響が起きた。「フェアプレーを知らないのか」「傲慢だ」と、なかでも相手チームサポーターからの非難は猛烈だった。この状況を懸念したクラブは、2シーズン目の2011年開幕前に「お知らせとお願い」という文章をクラブのホームページに出した。
「ファジアーノ岡山においては、ピッチ上に選手が倒れている際は、レフェリーへの注意喚起は行うものの怪我に関する判断はレフェリーに委ねることとし、そのホイッスルが試合を中断するまでは全力でプレーを続けさせて頂きたいと思います」
■影山監督が訴えたかったこと
当時のJリーグでは、「フェアプレーの慣習」を悪用して時間かせぎに使う行為が横行していた。相手にイエローカードを出させるために倒れたまま「重傷」を装う選手もたくさんいた。選手の「セルフジャッジ」でたびたび試合が止まり、実際のプレー時間が短くなってしまうことも大きな問題点だった。影山監督はこうした行為がサッカーに及ぼす害を考え、「出すな、返すな」と指示したのだ。すばらしい見識であり、意志の強さだ。
現在のJリーグでは、多少のファウルでも笛を吹かず、プレー続行をうながすレフェリングによってけがを装う行為はずいぶん減った。「ドロップボール」に関するルールが2019年に大きく改正され、ボールをもっていたチームに渡すことになったことで、レフェリー自身がより「気楽に」プレーを止められるようになったことも大きいかもしれない。
そうしたなかでは、選手たちが自主的にボールを出してプレーを止める行為も、影山監督が怒りを感じた時代ほど容認し難いものではなくなった。だがそんなときに今回の福岡の得点のようなことが起こらないよう、反則ではなくても、いちじるしくアンフェアと感じたときにはレフェリーが試合を止められるなど、何らかのルール上の対応も必要なのかもしれない。