サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような、「超…

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような、「超マニアックコラム」。今回は「サッカー独特の『フェアプレー』」。

■「フェアプレーデイズ」の試合

 9月3日に行われたJリーグの第28節、アビスパ福岡名古屋グランパスで、非常に興味深い出来事があった。前半24分、名古屋MF稲垣祥のキックオフのボールを受けたFW永井謙佑がそのままゆっくりとドリブルで進み、立ったままの福岡GK村上昌謙の横を通してゴールに流し込み、名古屋の2点目を決めたのだ。永井のドリブルの進路には何人もの福岡の選手がいたが、誰も止めようとしなかった。

 ことの起こりは19分、福岡MFジョルディ・クルークスが名古屋DF藤井陽也の強烈なタックルを避けながら吹っ飛び、倒れたことにあった。中村太主審はファウルを取らず、福岡はボールを拾ったDF前嶋洋太が右サイドを前進、ペナルティーエリアに送るが、戻ってきた名古屋MFレオ・シルバがカット。クルークスが倒れたままでのたうち回っているのを指さしながら、レオ・シルバはそのままタッチラインにボールを出した。

 相手チームであっても、大けがをした恐れのある選手を放ってはおけない。日本でプレーすること10シーズン目、36歳のベテランらしい配慮のあるプレーは、フェアプレーの鑑といえる。この日は、日本サッカー協会の「JFAリスペクトフェアプレーデイズ」への協力試合で、キックオフ前には、福岡・前寛之と名古屋・稲垣の両キャプテンが「差別・暴力根絶宣言」を行ったばかりだった。

■なかなか見られない光景

 ところがとんでもないことが起こる。1分あまりの中断の後、福岡の前嶋がコーナー付近に向かってスローンをする。受けるのは、中央から走り出たFWルキアン。彼の走り方、そしてボールを受けてターンした様子を見た前嶋が「相手に返せ」と叫ぶ。しかしルキアンはそのまま中央に戻し気味のパスを送る。そこに走り込んできたのがクルークス。得意の左足を一閃すると、ボールは低く名古屋ゴールの右下隅に突き刺さったのだ。

 名古屋の選手たちがいっせいに詰め寄ったのは、ルキアンのところだった。名古屋に返すべきボールを、ゴールへのアシストにしてしまったからだ。その一方で、クルークスはスタンドのサポーターに向かって叫び、喜びを表現している。

 名古屋の長谷川健太監督が両手を広げて「いったい何だ!」と怒りを露わにすると、福岡の長谷部茂利監督が寄ってきて何かを話す。いちどベンチに戻った長谷部監督が再び長谷川監督のところに行き、何かを説明する。そしてピッチの選手たちに何かを指示する。その指示にルキアンやクルークスが不満を表明する。

 24分過ぎ、ようやく名古屋がキックオフ。そして永井がするするとドリブルで進み、ゴールにけり込んだのだ。名古屋が2-1と再びリードを奪う。長谷部監督は、守らずに相手に得点を与えるよう指示を出したのだ。

■問題のゴールの裏にあった伏線

 だが、ルキアンとクルークスのプレーを単なる「アンフェアな行為」と断罪することはできない。2人のプレーには「伏線」があった。

 試合開始からわずか1分間(記録上は2分)で名古屋が先制した。右からFW重廣卓也が入れたボールを中央に走り込んだ稲垣がスライディングしながらシュート。これは右ポストに当たったが、右から上がってきたDF森下龍矢がゴールに叩き込んだのだ。だがこのとき福岡ゴールにGKはいなかった。

 その前のプレー、名古屋のMF相馬勇紀が自陣左奥から福岡守備ラインの背後に長いボールを送り、そこに重廣が走り込んだ。マークするのは福岡DF宮大樹。そこに福岡GK永石拓海が出てくる。ペナルティーエリアを出てヘディングでクリアしようとする永石。しかしボールを振り返りながら走る宮は気づかない。ヘディングでクリアしようとした永石の頭に宮の頭部が激突し、2人とも倒れた。

 重廣はこの衝突を避け、ペナルティーエリア左にこぼれたボールを単独で追った。稲垣がシュートしたときにも、森下が決めたときにも、永石と宮はペナルティーアークより先に頭をかかえて倒れたままだった。

 中村主審は、もちろん、永石と宮の状況に気づいていた。しかしファウルがあったわけではなく、重廣がすでに決定的なチャンスをつくろうとしていたので、笛を吹くタイミングを失った。得点が決まるとすぐに笛を吹き、担架と福岡のチームドクターを呼んだ。その横では、名古屋のレオ・シルバが救急隊を呼んでいた。

■主審の難しさ

 宮はプレーに復帰したが、永石は脳振とうの疑いが濃厚と診断され、担架に乗って退場、村上が交代出場した(脳振とうによる交代なので、交代回数にも人数にも含まれず、福岡はこの後5人の選手を交代させた)。

 DFだけでなくGKまで倒れたままの状態なのに、なぜ名古屋はプレーを止めなかったのか。それだけでなく、得点までしてしまったのか。福岡の選手たちは割り切れないものをもっていたはずだ。それがルキアンとクルークスの行動に出てしまったのに違いない。「相手もアンフェアな得点をしたではないか。こっちもして何が悪い―」

 落ち着いて考えれば、永石と宮が激突して倒れたままの状態になってから、重廣がボールに追いつくまでに数秒の時間があった。この間に中村主審が試合を止めることができていれば(名古屋側は激怒したに違いないが)、ルキアンとクルークスによる「超アンフェアゴール」など起こらなかっただろう。だがこの状況でプレーを止められるレフェリーが、Jリーグに何人いるだろうか。

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