サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような、「超…

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような、「超マニアックコラム」。今回は「サッカー独特の『フェアプレー』」。

■後味の悪さを残した苦渋の決断

 クルークスが倒れたままの状況を見てプレーを止めたのは名古屋のレオ・シルバだった。その前に福岡の前嶋洋太がボールをもっていたのだが、彼は得点につながるパスを試みた。その状況からのスローインで、相手に返さず、逆にゴールに近いスローインを受けたルキアンが中央に送り、あろうことか、クルークス自身が決めてしまった。これ自体は、言語道断ということができる。

 しかし開始早々の出来事を考えると、そう簡単に割り切れるものでないことのように思える。無抵抗で相手にゴールを与えることを決断した長谷部茂利監督の決断は苦渋のものだったに違いないが、混乱した状況を抑えるには仕方がなかったのかもしれない。いずれにしても、ゴールを奪おうとする努力と、ゴールを守ろうという努力がぶつかり合うことが最大の魅力であるはずのサッカーで、無抵抗で得点を許すシーンは、後味の良いものではなかった。

 試合は前半のうちに永井謙佑がもう1点決め、名古屋が3-1とリードしてハーフタイムを迎えた。福岡は後半12分にFW山岸祐也のパスを受けたMF平塚悠知が1点を返し、1点差に迫ったが、その10分後にまた大きな打撃を受ける。重廣卓也に対する宮大樹のファウルにVARが介入し、オンフィールドレビューの結果、宮が退場になってしまったのだ。結局2-3で敗れた福岡のファンにとっては、不条理としか思えない出来事ばかりの試合だったに違いない。

■過去にもあった「後始末」ゴール

 Jリーグが始まったころから、どちらのチームであろうと選手が大けがをしたと思われたとき、あるいは倒れたままで起き上がらないときには、ボールをもったチームがタッチラインに出し、手当てが済んだり立ち上がってプレーに戻ったらスローインのボールを相手に返すという「暗黙の了解」が成立した。この行為は「相手選手も仲間」ととらえるフェアプレーの表れとされ、認容され、一般化した。

 これに反して、今回の福岡のように得点してしまい、その「後始末」として相手に無抵抗でゴールを許してしまった例が過去にいちどだけある。2003年3月のナビスコ杯予選リーグ第1節、京都サンガ(当時の正式愛称はパープルサンガ)対大分トリニータの一戦である。1-1で迎えた後半17分、大分の選手の負傷のため京都がタッチに出したのだが、そのスローインを大分が長いキックで京都のGKに返そうとすると、それを追った大分のMFロドリゴが得点してしまった。その非を認めた大分の小林伸二監督が相手に得点を与えることを指示、京都のMF中払大介が得点したのだ。

■有名なFAカップでの一場面

 イングランドでは、1999年のFAカップ準々決勝でのアーセナル対シュエフィールド・ユナイテッドの試合があまりに有名だ。1-1で迎えた後半30分、アーセナルのゴール前でシェフィールドのMFモリスが倒れたままだったのを見たシェフィールドのGKがボールをタッチに大きくけり出した。そのスローインをアーセナルのMFパーラーがシェフィールドのGKに向かってゆるく投げたのだが、そこにアーセナルFWカヌが突然ダッシュしてこのボールを受け、中央に入れる。そしてボールを受けたFWオフェルマルスが楽々とゴールにけり込んでしまったのだ。そして試合は2-1のままアーセナルが準決勝に進んだ。

 …と思われたが、思いがけないことが起こった。試合後、アーセナルのアーセン・ベンゲル監督が「あの2点目はスポーツ的な観点で正しいものではなかった。私たちは試合のやり直しの提案をしたい」と発言したのだ。

 試合のなかのすべての主審の決定は最終である。ルール上、この試合は2-1でアーセナルの勝利に違いない。それを無効にするということではなく、もう1試合やって準決勝進出チームを決めようというのである。ノックアウト式のFAカップならではの絶妙な提案だった。イングランド協会は即座にその提案を受けて10日後の再試合を決めた。

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