連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:自由を謳歌し才能を磨いたロナウジーニョ スペインサッカーに精通し、数々のトップ…

連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:自由を謳歌し才能を磨いたロナウジーニョ

 スペインサッカーに精通し、数々のトップアスリートの生き様を描いてきたスポーツライターの小宮良之氏が、「育成論」をテーマにしたコラムを「THE ANSWER」に寄稿。世界で“差を生む”サッカー選手は、どんな指導環境や文化的背景から生まれてくるのか。今回は2000年代前半から中盤にかけて世界を席巻した天才ロナウジーニョを例に、「型にはまらない選手」について説く。スポーツの世界でもモラルは重視されるべきものだが、稀有な才能を前にした時、その育成方法は一括りにして語れるものではなくなる。

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 しつけは大事だが、狭いモラルで選手を育てることは難しい。

 例えば、遊び惚けていて遅刻もする。監督やコーチ、年上の選手にも従わない。悪びれず、それを繰り返す。

 これは、絶対的な悪だろうか?

「当たり前だ!」

 日本では、そうした叱責が大勢を占めるかもしれない。交代で選手が少し不満げなだけで、「教育上悪い」などという理論がまかり通る。正論を振りかざすところがあるのだ。

 わずかな粗を探し、悪と糾弾し、糺せなかったら、チームから追放するのか?

 その選手なりの正義があるかもしれない。

 例えば、時間や規律に縛られないからこそ、自由闊達なプレーを見せられる。指導者や先輩だからといって、従順ではないからこそ、苦しい状況でも屈せず、自分の意志で戦えるのかもしれない。「個人主義」を確立した選手で、戦いの中では仲間に頼りにされることによって、想像以上の力を発揮するのかもしれないのだ。

 ブラジル代表としてワールドカップで優勝、FCバルセロナのエースとして欧州王者になり、バロンドールにも輝いたロナウジーニョは、型にはまらない選手だった。

 ロナウジーニョは決して「真面目」なタイプではない。時間にはルーズだったし、練習態度もどこかふざけた調子に見えるところはあった。「ルールをどうやって破るか」のほうを考えているところがあった。例えばコーチの歩き方を後ろから模写し、ふざけてみんなを笑わせた。現代では、「年上を馬鹿にするハラスメント」と議論の対象になるかもしれない。

メッシの爆発的な成長を導いた慈愛

 しかし、ロナウジーニョほど愛された選手は少ないだろう。人との関係に垣根を作らず、いつもオープンで、楽しさや欲に対して素直だった。

「ロニーはいつも笑っていて、太陽みたいなやつだったよ」

 バルサの下部組織からトップに昇格し、ロナウジーニョとチームメートだったイタリア代表(ブラジルから帰化)のチアゴ・モッタは、そう説明していた。

「周りにいる家族や友人が楽しそうにしていると、彼自身も元気が湧いてくるのだろう。サッカーをしている時も同じで、周りを楽しませているうちに、彼も楽しそうになる。どこまでも無垢で、優しさのある男だよ」

 ロナウジーニョはナイトクラブで過ごしたり、お酒におぼれたり、1人のプロサッカー選手としては品行方正ではなかった。その一方、行動で徳の高さを示したこともある。

 ブラジル時代、ジュニアユース時代からの親友が上手くキャリアアップできず、たらいまわしの上、大怪我を負うと、パリの名医に診察させるために招き寄せ、フランス国内のクラブに「いい選手だから」と片っ端から推薦した。かつての仲間を放っておけなかった。結局、契約には至らなかったが、自宅で家に置いて仕事を与えた。

 その慈愛も、糾弾の対象になるのか?

 プロは生き馬の目を抜く、厳しい世界である。生き残りを懸けた競争は凄まじい。競争関係は同じチームであってもあるものだが、ロナウジーニョはすべてを見せ、分け与えた。どんな技術も指南し、同じポジションの選手がいいプレーができるパスを送った。そこまで“奉仕”した選手は、決して多くはない。

「ロニーにはずっと感謝している」

 あのリオネル・メッシも語るほどで、ロナウジーニョのおかげで爆発的な成長を遂げたと言えるだろう。

 ロナウジーニョは何にも縛られず、思うままに生きることによって、栄光を勝ち取っている。「人に迷惑をかけず、いい子にしなさい」。そんな平凡なしつけの中で、彼は生まれていない。

 人生の中で、ロナウジーニョは何が大事かは学び取ってきた。

 彼の父は、プロ選手として名声を得られなくても、清掃員として家族を養っている。その父が病気で早くに亡くなった後、兄が家計を支えた。イタリアのクラブからの一か八かのオファーよりも、安定した家計のために国内のクラブとの長期契約にサインしたという。

 人生の不条理を経験したからこそ、そのプレーは人間味も出て、心を揺さぶったのかもしれない。

キャリア晩年以降に出た悪い側面

 もっとも、どこかのタイミングでロナウジーニョは何かをはき違えたのだろう。それは周りの影響も大きかったかもしれない。もともと、自由なライフスタイルの中でサッカーの創造性も発揮していたが、生活習慣があまりに乱れてしまい、肉体的な衰えへとつながり、インスピレーションを実現するスピードやパワーを失っていった。

「全盛期のロニーなら、使わない監督はいない」

 バルサの監督に就任することになったジョゼップ・グアルディオラは、そう言ってロナウジーニョの戦力外を通告した。二日酔いで練習に現れ、体調不良で練習を切り上げる。まさに悪い側面が出た。

 しかし改めて問うが、ロナウジーニョは悪人か?

 2018年に正式の現役引退を発表後、20年にはパラグアイに偽造パスポートで不法入国し、半年近くも刑務所で暮らすことになった。服役中のサッカー大会で大活躍。それがニュースになるのは、笑えない結末だ。

 世界の頂点に立ったロナウジーニョは、そこで何か満たされたのかもしれない。サッカーそのものは楽しんでいたが、修練を積む感じではなくなった。そこで自分を見失ったのは自業自得だ。

 しかし、“モラルがない”と一括りに語るべきか。束の間、彼が放った輝きは記憶に残るものだ。きっと、ロナウジーニョのような選手を育てることはできない。(小宮 良之 / Yoshiyuki Komiya)

小宮 良之
1972年生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。トリノ五輪、ドイツW杯を現地取材後、2006年から日本に拠点を移す。アスリートと心を通わすインタビューに定評があり、『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など多くの著書がある。2018年に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家としてもデビュー。少年少女の熱い生き方を描き、重松清氏の賞賛を受けた。2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を上梓。