聖澤諒氏「いつの間にかスタートしているのが理想の形」 いいスタートを切る。この言葉が盗塁を失敗させるという。現役時代に盗…
聖澤諒氏「いつの間にかスタートしているのが理想の形」
いいスタートを切る。この言葉が盗塁を失敗させるという。現役時代に盗塁王に輝いた楽天の聖澤諒アカデミーコーチは、盗塁を成功させるためにスタートを重視していたが、「いいスタートを切る」意識を排除していた。理想にしたのは、冬季五輪で金メダルを獲得したレジェンドの動き。ポイントはリードの距離と重心の置き方にあった。
楽天のアカデミーコーチをしている聖澤さんは通算197盗塁を記録し、2012年には54盗塁でタイトルを獲得している。盗塁成功のカギになるスタートで最も意識していたのは「力を抜くこと」だった。
「力を抜いた状態で息を吐きながら、スーッといつの間にかスタートしているのが理想の形です。いいスタートを切ろうという言葉は力みにつながってしまうので、一番マイナスだと思っています」
力が入ると体が浮いて、力が進行方向に伝わらない。重心が高くなれば加速に時間がかかるため、盗塁の成功率を下げてしまう。聖澤さんが「これだ」と思ったのは、1998年の長野冬季五輪で金メダルを手にした清水宏保さんのロケットスタート。低い体勢を保ったまま一気に加速する動きを参考にした。
クセを研究、リードを大きくして「スタートが遅れても大丈夫」と心に余裕
盗塁を成功させる上で、スタートの大切さは理解していた。ただ、スタートに注力しすぎると力みにつながる。聖澤さんは、相手投手のクセを徹底的に研究し、リードを大きく取る方法を選んだ。
「盗塁を失敗した時の映像を見返して自分の弱点を分析した時に、いいスタートを切ろうとする意識が邪魔をしていたと気付きました。自分で自分にプレッシャーをかけていました。リードを大きく取ることで、スタートが少し遅れても大丈夫と心に余裕を持てるようにしました」
心のゆとりが結果的に好スタートにつながり、盗塁を積み上げた。相手投手の牽制のクセを見抜いておけば、大きめにリードを取っても悠々と帰塁できた。リードする時の重心も工夫した。
相手投手がセットポジションに入ったら、左右の足の重心を「5対5」にする。そこから、1秒、2秒と相手投手の呼吸や背中の雰囲気を感じながら、重心の割合を変えていく。次の塁に近い右足に6割、7割と乗せていき、「8対2」になればスタートを切る準備は整うという。
盗塁を諦めた3人の投手、共通点は優れたクイック
ただ、聖澤さんが盗塁を諦めざるを得ないタイプの投手がいた。クイックに優れた投手だ。当時の巨人・内海哲也投手とオリックス・西勇輝投手、ロッテや阪神などでプレーした久保康友氏の名前を挙げ「どんなに考えても、圧倒的にクイック能力がある投手から盗塁するのは不可能でした」と語る。投球がワンバウンドするなど結果的に盗塁成功になる可能性はあっても、確信を持ってスタートを切れないため盗塁を試みることはなかった。
だが、盗塁できなくても、足を生かす手段はある。聖澤さんはリードを普段の半分にしてスタートを切ってからストップする偽装スチールで、クイックの上手い投手を揺さぶった。
盗塁のスタートを切ったと相手に思わせれば、バッテリーミスにつながったり、二塁手と遊撃手がセカンドベース方向に動いて打者の安打コースを広げたりできる。「盗塁以外にも味方を助け、相手にプレッシャーをかける方法はあります」。足の速さだけに頼らない工夫や考え方が、プロで生き残り、タイトルを手にした理由と言える。(間淳 / Jun Aida)