日大三にコールド負けも富士森指揮官「よく頑張ったと思います」 創部以来初の4強に進出していた都立高の富士森は29日、神宮…

日大三にコールド負けも富士森指揮官「よく頑張ったと思います」

 創部以来初の4強に進出していた都立高の富士森は29日、神宮球場で行われた第104回全国高校野球選手権の西東京大会準決勝で強豪・日大三に5回コールド負け。いきなり初回の守りで10点を奪われ、結局1-12の大差で敗れた。それでも5回戦で駒大を破り40年ぶりのベスト8進出を果たし、準々決勝でも延長10回の末、日大鶴ケ丘に競り勝ってシード校を連破したミラクル快進撃は、炎天下の東京に一陣の涼風をもたらした。

 この日先発を任されたのは、背番号10の玉置真仁投手(3年)だった。初回先頭から2連続四球を与え、3番打者に先制の左前適時打、4番打者にも中前適時打を浴びた。ここで広瀬勇司監督は、早くもエースの甲斐凪砂投手(3年)にスイッチ。しかし、甲斐も勢いづいた日大三の打線を止められなかった。中犠飛を許した後、4連打を浴び、さらに死球、左犠飛を挟み、2連打されて失点を重ねていった。

 甲斐は2日前の27日、ナイターとなった準々決勝の日大鶴ケ丘戦で延長10回を1人で投げ切っていた。広瀬監督は「163球を投げて、昨日(28日)の練習では体が動いていなかった。もともと2人で投げてきたので、今日は玉置に賭けましたが、ボール先行で苦しい投球になりましたね」と振り返った。

 攻撃では、“富士森スタイル”を貫いた。10点ビハインドの2回、四球で出塁した先頭打者が捕逸で二進。5番に入っていた甲斐の犠打で三塁に進め、次打者の三ゴロの間に1点をもぎ取った。広瀬監督は「試合前から、とにかくウチの野球をやろう、10点取られても20点取られても、ひとつずつ塁を進めて、1点1点取っていくぞ、と伝えてありましたから」とうなずいた。

 広瀬監督は「選手たちには、お尻を叩くつもりで厳しいことを言ったこともありましたが、今は『ありがとう』しかありません。あの子たちが毎朝6時くらいから学校に来て、バットを振っている姿を見ていたので……よく頑張ったと思います」と話すと、感極まって声を震わせた。

昨秋の練習試合で30点差負け→今夏は駒大、日大鶴ケ丘とシード校撃破

 このチームがスタートした昨秋、広瀬監督はナインを「史上最悪のチームだ」とあえて“罵倒”したことがあった。主将の小牧颯太内野手(3年)は「最初はエラーが多かったし、打てなかったし、詳しくは覚えていませんが、八王子北との練習試合では30点差くらいつけられて負けました」と振り返る。ただ、この屈辱がむしろ、創部最高の快進撃のきっかけになった。

「がらっと意識を変えようと、みんなで話し合いました。それまではみんながバットを長く持って、『自分の打撃をする』という感じだったのですが、そういう考えは捨てました。全員が低い打球を打って、相手のエラーも誘いながら、次の打者につないでいく野球に切り替えました」と小牧は明かす。平日は学校の規定で午後6時には練習を終了しなければならず、時間が足りないのが悩みの種。広瀬監督が明かした午前6時からの素振りは、それを補うために選手たちが自然発生的に始めたものだった。

「コツコツ練習してきた結果、富士森の歴史を塗り替えることができて、充実した3年間だったと思います」と語る小牧の表情に陰りはなかった。一方、これまで「目標はベスト16」と言ってきた広瀬監督は試合後、ナインを前に「先生は今度から『甲子園』と言うようにするぞ」と宣言した。“史上最悪のチーム”は屈辱をバネに、史上最高のチームとなった。(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)