守備が崩壊「私の指導力の無さだと思います」 2011年の夏以来11年ぶりの甲子園出場を目指していた帝京は28日、神宮球場…

守備が崩壊「私の指導力の無さだと思います」

 2011年の夏以来11年ぶりの甲子園出場を目指していた帝京は28日、神宮球場で行われた第104回全国高校野球選手権の東東京大会準決勝で二松学舎大付に4-7で敗れた。在任50年で春夏合わせて3度の全国制覇を達成した前田三夫前監督(現名誉監督)が昨夏を最後に退任。金田優哉監督が率いた最初の夏は終わりを告げた。

「脆いですね……。これでは勝てない」。試合終了直後、記者会見場に姿を現した金田監督は、開口一番そう漏らした。

 初回から守備が乱れた。無死一塁で、2番打者が放ったライナーを一塁手の戸田和人(3年)が弾き(記録は内野安打)、3番打者がバントで送り二、三塁となった後、4番・片井海斗内野手の飛球を二塁手・大塚智也(3年)が見失い、先制適時打とした。さらに、先発の高橋蒼人投手(2年)の暴投で2点目を許し、あっという間に劣勢に立たされた。

「初回に2点を取られて、焦ってしまった」と話したのは、「3番・遊撃」の渡邊礼(3年)。その後も、普段なら取れるはずのゲッツーが取れず、守備でリズムを乱した。6回の攻撃では3点を取り返し2点差に迫ったが、結局届かなかった。

「選手は精一杯プレーしたので責められない。練習で詰めることができなかったところに責任を感じます。取れるアウトを取れなかった。情けないというか、私の指導力の無さだと素直に思っています」と金田監督は責任を一身に背負った。

「もっとこの子たちと一緒にやりたかった」

 自身も帝京出身で、選手時代は2年生だった2002年夏に甲子園出場を果たし、準決勝まで勝ち上がっている。2011年からコーチを務め、昨夏に恩師の前田名誉監督からバトンを渡された。「正直言ってプレッシャーはありました」と打ち明ける。

 監督として、昨秋の東京都大会では準々決勝で国学院久我山、今春の都大会では準決勝で関東一に敗れた。「何回も何回もチームは壊れましたが、そのたびに3年生を中心に持ち直し、なんとかチームになれました」と万感の思いで振り返った。「体づくりや打力の面では成長を感じています」と目を細めつつ、それでも「ただ、ちょっと守備がね……」ともう1度同じことを悔やんだ。

 思わぬ誤算もあった。背番号「1」を託した佐久間光正投手(3年)が、初戦(実践学園戦)翌日の17日、練習中に利き手の右手中指にボールを当て負傷。登板不能に陥った。この日の準決勝に至ってようやく、5回途中からリリーフで登板し、1回2/3を投げたが、相手に傾いた流れを引き戻すことはできなかった。金田監督は「何とか間に合いましたが、ボールは行ってなかった。しようがないですね」と肩を落とした。

 就任1年目を振り返り「強い帝京をつくりたい、3年生を勝たせたい、その思いで全てを注いできました。もっともっと、このチームを見ていたかったし、この子たちと一緒にやりたかった。残念です」と声を震わせた金田監督。一方、渡邊は「監督は自分の家族との時間を削って、自分たちに尽くしてくれました。恩を返し切れなかったことが悔しいです」と言葉を絞り出した。

「いい感じでチーム状態は上がってきていたので、もう少しできるかなと思ったのですが、甘かったです」と、ルーキー監督は痛切な悔恨とともに教訓を得た。名門復活への道のりは途に就いたばかり。チームに残る下級生とともに、前向きな試行錯誤を繰り返していく。(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)