女子格闘家ファイル(4)伊澤星花インタビュー 前編(連載3:「美女ボクサー」という紹介に「色モノにはなりたくない」。日本王者・鈴木なな子がプロを選んだ理由>>) 強い。シンプルに強い。2020年6月から総合格闘技の練習を始め、10月にプロ格…

女子格闘家ファイル(4)

伊澤星花インタビュー 前編

(連載3:「美女ボクサー」という紹介に「色モノにはなりたくない」。日本王者・鈴木なな子がプロを選んだ理由>>)

 強い。シンプルに強い。2020年6月から総合格闘技の練習を始め、10月にプロ格闘家としてデビューした伊澤星花は、日本の女子格闘技の進化のスピードを一足飛びに越えた。

 デビューからわずか8カ月後、プロ3戦目でDEEP JEWELSストロー級の王座を獲得。その半年後、RIZIN初参戦の試合で、日本人選手相手に無敗だった浜崎朱加に勝利し、そのダイレクトリマッチも制してRIZIN女子スーパーアトム級のベルトを手にした。

 現在は東京学芸大学の大学院生で、教員免許を持つという一面も。今年6月30日には、DEEPバンタム級暫定チャンピオンのCOROとの婚約を発表したことも話題になった。そんな彼女のここまでの歩み、目指す格闘家像などを聞いた。



2022年4月のRIZINで、浜崎朱加(左)を攻める伊澤星花(右)

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高校時代は朝5時起きで、走って勉強して朝練へ

――わずか6戦でDEEP JEWELSとRIZINの2冠女王となりましたが、伊澤選手のバックボーンは?

「柔道とレスリングですね。柔道は4歳の頃から始めて、レスリングは柔道と並行して小学校4年生から中学校3年生までやっていました。作新学院高校では柔道部に入って、そちらに専念することになりました」

――高校で柔道を選んだのはなぜですか?

「中学3年生の時に、レスリングの全中(全国中学生レスリング選手権大会)で優勝したんですが、そこで『もういいかな』という気持ちになったんです。それまでも平日は柔道、土日にレスリングという生活で、柔道に重きを置いていましたし。むしろ、頑張っていた柔道でなかなか勝てないのが悔しくて、『もっと強くなりたい』と思って高校では柔道を選びました」

――結果が出たレスリングでオリンピックを目指す、という気持ちにはならなかったんですか?

「もともと柔道もレスリングも、オリンピックに出ることが目標ではありませんでした。全中も『あ、優勝したんだ』みたいな感じで(笑)。もっと大きな大会で勝ちたいという欲はなかったんです」

――作新学院の柔道部はいかがでしたか?

「すごくキツかったですね。ただ、私も頑張り屋だったので、それにプラスして朝練の前に走ったりしていました。朝練は7時くらいからだったので、5時には起きて走りに行って、6時からはその日の勉強の予習をして朝練に行く。毎朝、『起きて、走って、勉強して、朝練』という感じでしたね(笑)。自分でもよく頑張ったなと思います」

試合がしたくて総合格闘技の道へ

――柔道での最高成績は?

「高校2年生の時に、インターハイで3位になったのが最高です」

――高校卒業後は東京学芸大学に進学するわけですが、柔道は続けていたんですか?

「一応は続けていましたが、大学では柔道がメインではなく、教員になるためにすごく勉強しました。4年間で、卒業に必要な単位よりも50くらい多く取りましたね(笑)。中・高の保健体育と、小学校の全科の教員免許、日体協(日本スポーツ協会)のスポーツ指導の資格も持っています」

――教員になる夢は今でもありますか?

「かなり先の話にはなると思いますが、子供たちに格闘技を教えたり、生き方についてアドバイスできたりするような仕事や活動ができたらいいですね」

――教員を目指していたところから、プロ格闘家になるきっかけは?

「大学を卒業して大学院に進んだあとに、『柔道をもう1回頑張りたい』という気持ちが芽生えたんです。でも、そのタイミングでコロナ禍になり、大会などがなくなってしまって......。『試合をやれずに卒業しちゃうのかな』と諦めかけていたんですが、プロの格闘技はコロナ対策をしながら大会を継続していたので、『ここなら試合ができる』と思ったのがきっかけです。それで2020年の6月から、本格的に総合格闘技を始めました」

――そこから2年足らずで2冠を手にしたわけですね。それまでも、総合格闘技には興味があったんですか?

「弟(プロ格闘家の風我)はよく大晦日のRIZINを見ていましたが、私はあまり興味がなくて、入場シーンを見るくらいでした(笑)。試合の攻防はオンタイムでは見ないで、KO集とかフィニッシュシーンをまとめた動画などを見ていましたね。力の差や細かい攻防は、映像だとわからないですから」

――今ではそんなRIZINの舞台に立って、ベルトも巻いています。

「まさか自分がその舞台に立つなんて、まったく想像してなかったです(笑)。相手の研究などでも試合映像を見ることはそこまで多くないんですが、その部分は練習させていただいているジムの横田さん(横田一則/K-Clann代表)を全面的に信頼しています。横田さんが言うことは間違いないですから」

「下手だな」と気づいて打撃を強化

――今はまだ大学院生とのことですが、卒業の予定は?

「本当は今年の3月に卒業する予定だったんですけど、卒業論文の提出期限が近い大晦日に(浜崎との)試合が決まって。さすがにどっちもやるのは無理だったので1年延ばしました。今は通学はせずに、先生とZoomなどをしながら論文を進めています」

――ご両親は、伊澤選手が教師になると思っていたんじゃないですか?

「そんなこともないと思いますよ。両親は『元気であればそれでいい。自分の好きなことをやりなさい』という感じなので。ケガをした時はすごく心配してくれますし、試合後にはケーキを用意してくれたりと、本当に応援してくれています」

――ちなみに、試合前の"勝負メシ"はありますか?

「計量が終わったあとは鍋と、鰻を食べます。あとはプリンとか甘いものですね」

――武尊選手も試合前には鰻を食べるそうです。

「格闘家は鰻を食べる人が多い気がします(笑)」

――1日のうち、練習に割く時間はどのくらいですか?

「基本的に練習は毎日やっています。ジムでの練習だけじゃなく、自主練も含めて2時間半~3時間くらいの練習を昼と夜に。器具を使ったトレーニングもそんなにやっていなくて、対人練習や自重のトレーニング、走り込みなどが中心です」

――重点的に強化している部分はありますか?

「『下になっても絶対に(相手に)極められない』という自信はあるんですが、私もそこからの展開が作れていない。だから最近は下になった状態で、極められる寸前というところから逃げる練習や、自分がいいポジションを取り返す練習をしています」

――打撃に関してはどうですか?

「最近、自分の試合の動画を撮って見直すようになって、やっと『メッチャ下手だな』と気づきました(笑)。だからこそ、ここからもっと強くなれる部分だとも思っています」

――総合格闘技を始めるまで、打撃はやっていなかった?

「そうですね。プロデビューが10月で、12月にストロー級暫定王者の本野美樹選手とノンタイトルで試合をして勝つことができたんですが、『これからは打撃もやらないと勝っていけない』と思うようになったんです」

――打撃練習を本格的にやりだしたのが、プロデビューの後というのは驚きです。

「だから最初の試合はタックルに行くしかなくて。選択肢が限られていた分、やることが決まっていたので『ドンドン行くだけ』って感じでしたけどね。でも、上に行くには打撃が必要だと思い、今のK-Clannのジムで本格的に教えていただくようになりました」

――今後は打撃で倒すことも考えていますか?

「選手によって戦い方のタイプがあると思いますし、私はスピードとタイミングを大事にしたい。倒すことを重視しすぎて筋肉を必要以上につけてしまうと、スピードが少し落ちてしまいますから、そこは注意しています。打撃を当てるタイミングと拳を握るタイミングを合わせられるようになって、速いパンチが打てれば自然と倒せるようになるんじゃないかと思っています」

「ジョシカク」ならではの魅力

――今年4月の「RIZIN.35」でベルトを獲ったあとには、女子スーパーアトム級のトーナメント開催をアピールされていました。戦いたい相手はいますか?(インタビュー後にトーナメント開催が決まり、7月7日にカードが発表。伊澤はブラジルのラーラ・フォントーラと1回戦を戦う)

「ファンからは『この選手との対戦が観たい』という声もありますが、今は『誰とでもやりたい』という気持ちが強いです」

――今後、「ジョシカク」を引っ張っていくという自覚はありますか?

「もちろんです。女子の格闘技は、そこはパワーが違うので仕方がない部分もありますが、どうしても男子に比べて迫力に欠けると思うんです。ただ、コスチュームの華やかさといった視覚の部分だけでなく、女子だから伝えられる格闘技の魅力もあると私は思っています。

 例えば、男子だとフィジカルの強さでどうにかできてしまう攻防などを、技術で魅せるとか。細かい攻防にはなりますが、試合に奥深さが出るんじゃないかと思います。そのためには各選手がより技術を高めないといけないですけどね。将来的に自分が培った技術を伝えることも考えて、技術の解説もしっかりできるようになりたいです」

(後編:2冠女王の覚悟。「お客さんを楽しませないと、プロの格闘家でいる意味がない」>>)