連載「相生学院高校が挑む部活革命」第3回、熾烈な競争を生み出すためのアイデア 昨年11月、発足からわずか3年で全国高校サ…

連載「相生学院高校が挑む部活革命」第3回、熾烈な競争を生み出すためのアイデア

 昨年11月、発足からわずか3年で全国高校サッカー選手権出場にあと1勝と迫り、話題を呼んだのが相生学院高校サッカー部だ。兵庫県の淡路島を拠点に活動しており、通信制高校としての利点を活かしながら育成年代の新たな可能性を模索し続けている。そんな注目の新興チームが今、これまでのやり方を大きく変え、大人数の部員を抱えながら独自のリーグを運営し強化するという新たな挑戦に打って出た。部活の常識を覆すアイデアでチームを率いてきた上船利徳総監督が、「淡路プレミアリーグ」創設の先に描いている未来像に迫った。(取材・文=加部 究)

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 相生学院サッカー部では、選手を出身別に3チームに分け「淡路プレミアリーグ」をスタートさせた。来年度からはコンセプト別にチーム数を増やし「やがて18チームくらいのホーム&アウェーで34ゲームくらいをこなせるようにしたい」と、上船利徳総監督は未来の理想像を描いている。

 日本の競争力がどうしても高まらないのは、活動が「6-3-3」の学校制度に紐づけられているために、中学から高校と選手たちが最も変化し成長していく過程でチームやカテゴリーの入れ替えがないことが大きな要因になっている。松木玖生のように青森山田高校1年生で全国高校サッカー選手権決勝を経験した選手が、3年連続して同じ舞台に姿を見せている。卒業をして1年目からFC東京のレギュラーを掴み取っているが、欧州や南米なら16~17歳で次のカテゴリーに進んでいたはずだ。

 一方で少数精鋭を謳うJアカデミーでも、途中で外からの刺激が乏しく同じメンバーで活動を続けるだけなので、どうしてもマンネリ化に陥りがちだ。結局、育成年代の多くの選手たちが、変化や成長に即した適正水準でプレーできていない。

 相生学院高校の上船総監督は、通信制の特性を活かして、こうした現状に風穴を開けていこうと考えた。チームで勝つことが第一義ではなく、プロ選手の育成に主眼を置いているので、在学中でもプロが欲しがる実力を備えれば快く送り出す。実際にJ3のカマタマーレ讃岐との契約が決まった福井悠人は、昨年度のシーズン途中からトレーニングの場をクラブに移し、本人が強く希望したために全国高校サッカー選手権直前に相生学院に合流した。ヴィッセル神戸に入団した日高光輝も、在学中から複数のプロ、社会人などのチームへの練習参加を繰り返し、実力を養ってきた。

選手の移籍期間も設定、公式戦には代表チームで参戦

 一方で少人数に絞った強化では、競争力とモチベーションの維持に限界があることに気づく。

 上船総監督には明治大学での指導経験がある。インディペンデントリーグに出場するBチームを任され、毎日のトレーニングには必ずゲーム形式を取り入れ、そこで活躍した選手たちが必ず週末の試合でプレーをした。チームは活気に満ちて、交代で出ていく選手がよくゴールを決めた。現在、鹿島アントラーズでプレーする常本佳吾なども、日々の練習でアピールして週末のスタメンを勝ち取り成長していった。

 だが、それは全員が同じBチームで平等の条件で競っていたからだった。いくらBチームで大活躍を見せても、Aチームへの昇格はハードルが高かった。相生学院でも、A、Bの序列を設けている以上、Bチームでなかなか試合に絡めない選手のモチベーションが低下していくのは必然だった。だから上船総監督は、少数精鋭から大人数での競争への転換に踏み切った。

 全員の所属するチームに序列はない。どのチームも週に1度の淡路プレミアリーグでの勝利を目指して、トレーニングを積み準備を重ねていく。対戦するのは、日常的に生活をともにする相手ばかりなので互いに長所も短所も知り尽くしている。それはプロの日常に似て、徹底して対策を練ってくる相手を凌駕する技量を見せられなければ上のカテゴリーでは通用しない。

 また、それぞれのチームが戦力を分析し、移籍期間を設けて必要な選手の補強や交換なども行っていこうとも考えている。一応9月には総決算の選手権へ向けて相生学院の代表選手を発表し、そこからはメンバーを固めて調整していく。つまり相生学院は、淡路島にミニ(疑似)国家を作り、Jリーグが日本代表の供給源になるのと同じ構図を実現しようと試みている。

 ただし構想はできても、肝になるのは選手たちの魂を入れる仕上げの部分になる。

「ここで公式戦と同じ緊張感、本気度を引き出せなければ絵に描いた餅になる」

 上船総監督は、そこにとことんこだわり、選手たちを鼓舞していった。

(第4回へ続く)(加部 究 / Kiwamu Kabe)

加部 究
1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近、選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。