元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説~2022年名古屋場所編元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は、7月10日から始まった名古屋場所(7月場所)において、序盤戦で好発進を決めた注目力…

元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説
~2022年名古屋場所編

元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は、7月10日から始まった名古屋場所(7月場所)において、序盤戦で好発進を決めた注目力士などについて解説してもらった――。

 大相撲名古屋場所が7月10日から始まっています。

 新型コロナウイルス感染拡大予防のため、先場所まではお客様の入場制限をしていましたが、今場所からは観客数の上限を設けることなく、約2年半ぶりに通常開催させていただくことになりました。猛暑のなか、初日からたくさんのお客さまに足を運んでいただき、私たちとしてはうれしい限りです。

 もちろん、館内の換気などを含めて感染対策を徹底。力士をはじめ、関係スタッフ一同、十分に気を遣って運営していきますので、お近くの方はドルフィンズアリーナ(愛知県体育館)までお越しいただいて、ライブ観戦を楽しんでいただければと思っています。

 また、今場所前から日数を制限しての出稽古も解禁となりました。出稽古とは、稽古相手を求めて他の部屋に行くことですが、私の部屋の阿炎(小結)も、大関・正代らがいる時津風部屋や、春場所(3月場所)の覇者で関脇の若隆景がいる荒汐部屋に出稽古に行きました。本人から申し出があり、彼の"やる気"を感じた私はOKを出しました。出稽古に行く側、迎える側ともに感染対策をしっかりとっていれば、よいことではないかと思っています。

 さて、今場所序盤戦の土俵で目を引くのは、一山本(前頭13枚目)。身長188㎝、体重143kgという長身から繰り出す突き押し相撲が持ち味の力士です。その長いリーチを生かして、初日から4連勝。特に初日の翠富士戦、3日目の照強戦などは、「これぞ、一山本!」という相撲をとっての快勝でした。



先場所に続いて今場所も好スタートをきった一山本

 先場所も幕内力士で最速の10日目に勝ち越すなど、力をつけているところを見せていた一山本。それには、いくつか理由があります。

 まずは、突っ張りの手の回転数が増えたこと。次に立ち合い。頭から当たって突っ張っていくのが突き相撲の基本ですが、突っ張っていく途中でも頭で当たって、そこからまた突っ張って、というのを何度か繰り返してできるようになったことが大きいです。

 うちの阿炎と、一山本の体型、相撲のスタイルは「似ている」とよく言われます。リーチが長い力士が前傾姿勢で相撲をとったら、相手はまわしをとることができません。そうすることで相手への圧力も増し、リーチの長い力士は自分のペースで相撲をとることができるのです。

 一山本は大学卒業後、北海道の町役場で社会人を経験してから角界入りした、変わった経歴の持ち主でもあります。ヒザの負傷などで苦労した経験もあり、そうしたことも今の相撲に生かされているのかもしれません。

 他の力士に目を向ければ、琴ノ若(前頭2枚目)は今場所もいいですね。今年に入ってから、彼は場所ごとに力をつけていますが、どんどん腰が重くなっている印象です。初日から、正代、御嶽海と大関に真っ向勝負で臨んで、見事な勝利を飾りました。

 ただ3日目は、大関・貴景勝に張られて脳震盪気味になって敗れてしまいました。琴ノ若はまだ上体が高いところがあって、貴景勝にとって張りやすい形になってしまったことが敗因でしょう。もう少し前傾姿勢で相撲をとることが、今後の課題となるかもしれません。

 それでも、初場所(1月場所)11勝、春場所11勝、夏場所(5月場所)9勝と勝ち星を積み重ねてきた琴ノ若。にもかかわらず、いまだ三役昇進が叶っていないのは、現在の三役陣も奮闘を続けて番付に空きがないからです。そういう意味では、琴ノ若はすでに三役級の実力者であることは間違いないでしょう。

 翻(ひるがえて)って、心配なのは大関・正代です。カド番の今場所も、初日から黒星を重ねて元気がありません。

 ここ半年以上、彼を見ていて感じるのは"体に張りがない"ということ。さらに、実況アナウンサーは「正代の体重が5kg痩せている」と言っています。

 私も現役当時、初日に114kgあった体重が10日目には102kgに激減していた、ということがありました。詳しいことはわかりませんが、力士というのはちょっとしたことでペースを崩しがち。もしかすると、精神的な悩みを抱えているかもしれませんし、注意深く見守っていきたいと思います。

 ところで、この場所が始まる前に元小結の松鳳山が現役引退を発表しました。

 松鳳山は突き押し相撲が得意で、若い頃は「負けん気が強い力士だなぁ」という印象がありました。身長176㎝、体重133kgと決して大きな体ではありませんでしたが、38歳まで関取を務めたことは立派だと思います。

 聞いたところによると、本人は「40歳まで相撲をとりたい」という目標があったそうです。実は私も現役時代、心のなかで「40歳までとりたい」と思っていましたが、それを口に出してしまってから、「40歳」という数字がプレッシャーになってしまいました。目標の数字を設定することは一見いいように思われますが、一方で"守り"に入ってしまうこともあるのです。結局、私は39歳8カ月での引退となってしまいました。

 松鳳山も38歳で引退することになってしまいましたが、社会のなかでは38歳はまだ若手です。相撲界には残らずに別の道に進むようですが、自らが望む新たな世界で頑張ってほしいと思います。

錣山(しころやま)親方
元関脇・寺尾。1963年2月2日生まれ。鹿児島県出身。現役時代は得意の突っ張りなどで活躍。相撲界屈指の甘いマスクと引き締まった筋肉質の体つきで、女性ファンからの人気も高かった。2002年9月場所限りで引退。引退後は年寄・錣山を襲名し、井筒部屋の部屋付き親方を経て、2004年1月に錣山部屋を創設した。現在は後進の育成に日々力を注いでいる。