伊藤華英の For Your Smile ~ 女性アスリートの未来のために vol.4先生は任期を決めるとよいのでは 昨…

伊藤華英の For Your Smile ~ 女性アスリートの未来のために
vol.4
先生は任期を決めるとよいのでは
昨今、部活動での暴力が表面化しています。4月には熊本県八代市の私立秀岳館高サッカー部の30代男性コーチが3年生部員に暴行して書類送検されましたし、6月には千葉県立松戸高校の女子バレーボール部の顧問が、部員の顔面に至近距離から何度もボールを投げケガをさせたことで、逮捕されました。
それでも、日本スポーツ協会の「スポーツにおける暴力行為相談窓口」に寄せられる相談内容は、暴力の割合が少しずつ減少しているというデータがあります。2018年度に24%だった暴力の割合は、2021年度には13%に減少。しかし手は出さないまでも、暴言が28%、パワーハラスメントが26%と、行きすぎた指導があるのも事実です。

暴力事件で謝罪した秀岳館。そのほかの地域でも暴力行為はなくなっていない
photo by Kyodo News
最初は叱咤激励の意味で厳しい言葉を投げかけていたことが、それを繰り返すことによってデフォルトとなり、エスカレートしていった可能性があるのではないでしょうか。部活動の先生のなかには、結果を出さないといけないというプレッシャーのある人もいるかと思いますが、どんな理由があるにせよ、暴力は絶対に許されないことです。
長年同じ学校で指導していると、先生の指示が絶対という「帝国」になってしまいがちです。暴力を未然に防ぐひとつの方法として、部活動の先生は、数年指導したら学校を変更するというシステムにしたほうがいいのかもしれません。とくに優秀な先生であれば、さまざまな場所で必要とされますし、ひとつの場所に固執するのではなく、異なる環境であったり、人数が多かったり少なかったりと、いろんな学校の選手を見ることは、先生にとってもいいのではないでしょうか。
選手を一人前として扱う
また先生の指導方針も、根本から変える必要があるところも存在するでしょう。高校生は大人から見たら未熟に見えますので、一方的に指示を与えがちです。未熟だからこそ、指示を守らないと、それを正そうとして暴力にもつながる可能性が出てきます。
選手たちも「自分たちには決定権がないんだ」と感じるようになり、先生の指示に従うだけになってしまいます。選手たちの自立心を育てるためにも、一人前の大人として対応し、自らの頭で考えさせることが必要だと感じています。相手が一人前の大人であれば、暴力に頼る考えは、まず出てこないでしょう。
その意識をベースにすることが大切だと思いますが、先生も完璧な人間ばかりではありません。時には選手たちの態度や返答に、怒りが込み上げてくることもあるでしょう。今は先生に権限が集中してしまい、その分プレッシャーも相当なものだと想像できます。私の知る限りでも、悩みやストレスを抱えている先生は多いです。
先生による暴力を根絶するだけでなく、先生へのメンタルヘルスという観点からも、第三者の目が必要なのかもしれません。
「お腹が痛い」では伝わらない
そのひとつの例として挙げられるのが、女子選手の月経への対応です。ここから大会に向けて頑張らせなくてはいけない時期に、「(月経で)お腹が痛い」と言って休む選手がいるそうです。先生からしたら、「練習がきついから休みたいんじゃないのか」と疑ってしまうことがあると言います。
しっかりとした信頼関係が構築されていれば、ちゃんと理由を説明して双方納得のうえで休むのか、休まないのかを判断できると思いますが、中学3年間、高校3年間という短い期間のなかで、部員数がひとりやふたりではないので個別の信頼関係を構築するのには、時間が足りない印象があります。

選手たちは
「伝える力を身につけるべき」と語る伊藤華英さん
そこに第三者、トレーナーさんでも、メンタルトレーナーさんでも、栄養士さんでもいいので、先生と選手の橋渡しをする人、悩みを言いやすい人を配置しておくことがとても重要だと思います。
選手同士で悩みを話してしまうと、いつしかそれがグチや悪口に変わってしまいがちですので、私は現役時代、トレーナーの方やメンタルトレーナーの方に悩みを聞いてもらっていました。その悩みは生徒側からだけでなく、先生側からも話せる人がベストで、お互いにとってもメンタルヘルスにつながるのではないかと思います。
このような人材を増やすことは資金的にも難しい状況はあるでしょうが、暴力やパワハラをなくし、先生と選手たちが、健全に部活動に励むためにも検討すべきことなのかなと思います。それが、学校単位などの単一的なものではなく、地域や社会で解決していくというのが必要かと思います。
また、私はさまざまな教育現場で月経をテーマにして講義をすることがありますが、そんな時に生徒たちに伝えているのは、「『お腹が痛いから休みたい』では、誰も理解してくれない」ということです。
まずは、3カ月間で自分の月経周期とコンディションを理解して、そのうえで「私はこの月経周期で、このタイミングですごく体調が悪くなります。今はこの時期なので体調が優れません」と伝えれば、納得してもらえます。先生や他人に理解してもらうためには、まず自分を知り、伝える力を身につけないといけません。先生だけでなく、選手側にも改善する意識が必要でしょう。
単純な地域移行では解決しない
先日、スポーツ庁が公立中学校の運動部活動について、休日分から段階的に地域の民間団体に委ねることを発表し、来年度から3年間を「改革集中期間」に位置づけました。
この方針については、よりプロフェッショナルな指導を受けられるので、私はポジティブに捉えています。全国には約3600の総合型スポーツクラブがありますから、そんなところと連携して、校庭や体育館を開放し、地域全体で選手たちを育てていくことはとてもいいことだと思います。
ただ総合型スポーツクラブが身近にある学校はいいのでしょうが、そんな地域ばかりではありません。学校によっては部活動だから成り立っているスポーツもありますから、外部指導者をアサインするのが難しいところも出てくるはずです。実際に知り合いの先生に聞いたところ、部活動を地域移行にするために、相当な調整が必要になってくることから、今後について大きな不安を持っていました。
今後、部活動が地域に委ねられていくことにより、改善していく問題もあるかと思いますが、しっかりとしたルール、制度を作っていなければ、暴力やパワハラはなくならないかもしれません。日本では部活文化が完全に根づいてしまっていますので、部活動の地域移行が健全な形で根づいていくかどうが、これから先、注視していく必要があると思っています。
【Profile】
伊藤華英(いとう・はなえ)
1985年1月18日生まれ、埼玉県出身。元競泳選手。2000年、15歳で日本選手権に出場。2006年に200m背泳ぎで日本新、2008年に100m背泳ぎでも日本新を樹立した。同年の北京五輪に出場し、100m背泳ぎで8位入賞。続くロンドン五輪では自由形の選手として出場し、400mと800mのリレーでともに入賞した。2012年10月に現役を引退。その後、早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学研究科に通い、順天堂大学大学院スポーツ健康科学部博士号を取得した。現、全日本柔道連盟ブランディング戦略推進特別委員会副委員長、日本卓球協会理事。