「体力的にも精神的にもキツくて、辞めたいと1年目は常に思っていました」 3年ぶりに入場制限が撤廃され、スタンドには満員の…
「体力的にも精神的にもキツくて、辞めたいと1年目は常に思っていました」
3年ぶりに入場制限が撤廃され、スタンドには満員の観客が戻った2022年のプロ野球。かつての日常が徐々に戻ってきたスタジアムで“華”となっているのが、ビールの売り子たち。野球を見ながら、冷えたビールを飲むのを楽しみにしているファンも多いのではないだろうか。
ソフトバンクの本拠地PayPayドームでは、アサヒビール、キリンビールが販売されており、多くの売り子たちが働く。その中でも売り上げ上位に入る“トップ売り子”たちは、ファンが戻ってきたスタジアムで、どんな思いで働いているのか。トップ売り子たちの思考に迫る連載「福岡発 売り子名鑑2022」の第2回では、キリンビールで4月度、5月度売り上げNo1だった「あかり」さんに話を聞いた。
元々、野球観戦が好きだったという「あかり」さん。大学入学後、たまたま観戦に訪れていたPayPayドームで売り子として働く高校の同級生を見かけ「私もやりたいと思った」と、売り子に挑戦した。「お金を稼ぎながら野球も見られる」という“下心”もあったが、「実際は全然見られません」と、すぐさまその期待は打ち砕かれたという。
20キロ前後のタンクを背負って球場内を歩き回る売り子の仕事。「実際は泥臭い世界で本当にしんどかったです。体力的にも精神的にもキツくて、辞めたいと1年目は常に思っていました」と、今やトップに立つ「あかり」さんでさえ辛かった。それでも耐え続けたのは「負けず嫌いだった」から。「始めた人の半分は辞める、と聞いていたので、そこには入りたくないな、と。最初の1年は根性で続けました」と苦笑いで振り返る。
あかりさんの考え「売り上げた杯数とは、お客様を満足させた回数」
1年が経つと、すっかり売り子の魅力にどっぷりとハマった。「お客様を思う気持ちがしっかりと数字、杯数に表れるところです。私も始めた頃は(売れるのは)可愛い順、人気順だと思っていたんですけど、実際はそうじゃなかった。しっかりお客様のことを考えて動けば、数字が出る。そこが魅力だなと思いました」。キリンでトップの売り上げを叩き出すようになった「あかり」さんの売れる“秘訣”はどこにあるのか。
「自分なりの考え方なんですが、売る技術も必要ですが、何のためにそれをするのかを考えるようにしています。他の売り子がいない場所に行くというのは、売り子のテクニックとして有名なんですが、なぜそれをするのかを考える。『ビールを買えず、喉が渇いて仕方がない』お客様がいる、と、お客様主体に置き換えて考えることで、自分のための行動じゃなくてお客さんのための行動になることが、結果的に売り上げに繋がるのだと思います」
「あかり」さんには常連客が80人ほどおり、そのうち、1試合で観戦に訪れるのは多くて40人前後。「あかり」さんは全員のビールを飲むペースを全て頭の中に叩き込んでいるという。「Aさんは試合前に2杯、Bさんは3杯飲む、とか…。1杯飲むのに何分くらいかかるか、そういったことを把握した上で頭の中でルートを繋げていきます」。“トップ売り子”はただ闇雲に球場内を歩いていないということがよく分かる。
「売り上げた杯数とは、お客様を満足させた回数だと思っているんです。お客様のビール事情に徹する売り子になることで、売り上げも上がるんじゃないかなって思ってそうしました」。新型コロナも以前に比べれば落ち着きを取り戻し、球場でビールを楽しめるようになった。その喜びを感じているのは売り子たちも同じ。ビールを口にする時には、こうした売り子たちの“思い”も少しばかり感じてもらいたい。(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)