連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:バルサの育成責任者が語った言葉 スペインサッカーに精通し、数々のトップアスリー…
連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:バルサの育成責任者が語った言葉
スペインサッカーに精通し、数々のトップアスリートの生き様を描いてきたスポーツライターの小宮良之氏が、「育成論」をテーマにしたコラムを「THE ANSWER」に寄稿。世界で“差を生む”サッカー選手は、どんな指導環境や文化的背景から生まれてくるのか。今回は確固たる育成哲学を持つスペインの名門バルセロナを例に、有能な選手を発掘し、育てる上で重要な点について説いている。
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育成という分野は、紙一重である。
それだけに、チームスタイルに沿った指導というのは、間違いを回避する手段の一つだろう。指導者も選手も、道筋が分かりやすい。ただ、スタイルそのものに固執すると視野も狭くなって、個人としても組織としても本質的な弱さを抱える。
育成、もしくはアカデミーと呼ばれる組織はいかにマネジメントすべきなのか?
「世界のサッカーの流れはチェックしているよ。日本からも映像を取り寄せているし、毎日のように世界中からビデオが届く」
2007年当時、育成部門のディレクターだったホセ・ラモン・アレシャンコはそう説明していた。アレシャンコは、FCバルセロナが1992年にクラブ史上初の欧州王者になった時の主将で、当時は屈強なセンターバックとして名を馳せたレジェンドの1人である。ジョアン・ラポルタ会長が戻って復権を目指すなか、2021年3月には再び育成ディレクターに招聘されている。
「私たちがやるべき仕事は、トップでプレーするような選手を育てることにある。それに尽きるだろう。その際、国籍などは関係ない。確かにアカデミーの選手の半数はカタルーニャ人だが、バルサが求めているのはサッカーが上手い子と言える。大事なのはスカウティングのところで、常に多様な人材をチェックしている」
そして、アレシャンコは刮目すべき言葉を口にした。
「世間では、“バルサに合う選手、合わない選手でスカウティングしている”と考えているようだね。しかし、必ずしもそうではない。少なくとも、私はその件に関しては賛同しないよ」
闘将と言われたアレシャンコはそう断言した。
バルサで活躍する選手は「スピードが断然優れている」
「いい選手は世界共通だよ。本質的なところは大きく変わらない。何より選手としてのパーソナリティを持っているか。それが重要で、言うまでもなくスピード、テクニック、メンタル、そして秀でた何かは持っていなければならない。少しずつ、どこかで優れている選手を評価することになるだろう。例えば単純にドリブルで絶対的に1対1に強かったら、それは原石だと感じるはずだ」
アレシャンコはディレクターとして、選手を型にはめすぎることの弊害も感じていた。彼自身、技術的に上手かったとは言えず、ファイトするキャラクターだった。技術やスピードに特化したスカウティングでは、パワーや闘争心の必要なポジションが弱くなってしまう。スカウティングでは“余白”を残していないと、闘将と言われたカルレス・プジョルのような選手を輩出できなかったはずだ。
一方で興味深かったのは、現場のスカウトに話を聞いた時だ。
「他のチームはどうか分かりませんが、バルサが選手に求めるのはスピードです」
2021年までバルサのチームスカウトを務めたジョゼップ・ボアダは、明確に基準を語っていた。
「バルサのトップチームで活躍する選手は、スピードが断然優れています。状況判断、走力、俊敏性を合わせた“プレーの速さ”というんですかね。もちろん、技術があることは前提での話です。蹴って走るだけのプレーヤーはバルサで通用しません。現代サッカーでは、上手いだけでも強いだけでもダメで、スピードが求められ、そこでの技術の高さがバルサでは欠かせないのです」
プレースタイルに執着はしていないのだろうが、それは土台だ。
「現場では、やはりバルサのカラーに合った逸材を発掘する作業になります。その原石を下部組織で大事に磨いていく。その積み重ねがバルサと言えるでしょう」
ボアダの言葉も一つの真理だった。
画一化する現代サッカーで、バルサの薫陶を受けた少年たちは希少価値と言われる。ボールプレーに優れる上に、戦術理解力も高い。シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、リオネル・メッシはその育成によって生み出された英雄的選手だ。
積み上げてきた育成の歴史とサイクル
そうやって積み上げてきた歴史は今も健在と言える。セルヒオ・ブスケッツ、ジョルディ・アルバ、エリック・ガルシア、アンス・ファティ、アダマ・トラオレ、ガビ、ニコ・ゴンサレス、ダニ・オルモ……これだけのバルサ出身者がカタール・ワールドカップにも出場するスペイン代表に名を連ねている。
「ラ・マシア(バルサ下部組織の総称)での経験は今も、自分を支えていると思う」
ラ・マシア育ちでバルサの監督に就任したシャビはそう語っている。
「同世代の同じ夢を持った仲間たちと切磋琢磨し、いつかトップでプレーしようと誓い合った。毎日が必死だったけど、あの頃はとても楽しかった。あの経験をしたからこそ、今の自分がある。週末にカンプ・ノウで憧れの選手たちを見ると、次の週からの練習にまた打ち込めた。初めてトップの選手と練習した時のことは忘れられない。実際にカンプ・ノウのピッチに立った時の喜びは言葉にならなかった」
歓喜のカタルシスが、ラ・マシアの伝統を紡いでいくのだろう。
今も少年たちは夢を見る。いつかカンプ・ノウで青とえんじのユニフォームを身に纏うことを――。そのサイクルを作るのは、育成を司る人々だ。(小宮 良之 / Yoshiyuki Komiya)
小宮 良之
1972年生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。トリノ五輪、ドイツW杯を現地取材後、2006年から日本に拠点を移す。アスリートと心を通わすインタビューに定評があり、『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など多くの著書がある。2018年に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家としてもデビュー。少年少女の熱い生き方を描き、重松清氏の賞賛を受けた。2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を上梓。