6月7日、さいたまスーパーアリーナでWBAスーパー、WBC、IBF世界バンタム級王座を統一した井上尚弥(大橋)が見せた、圧巻の強さの余韻はまだ消えない。ノニト・ドネア(フィリピン)に2回TKO勝ちを飾った井上は、その後、『リングマガジン』…

 6月7日、さいたまスーパーアリーナでWBAスーパー、WBC、IBF世界バンタム級王座を統一した井上尚弥(大橋)が見せた、圧巻の強さの余韻はまだ消えない。ノニト・ドネア(フィリピン)に2回TKO勝ちを飾った井上は、その後、『リングマガジン』のパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングで日本人史上初となる1位をゲット。晴れて世界最高のボクサーと認められた"モンスター"は、今後、これまで以上に世界リングで注目されていきそうだ。

 ただ、世界リングで躍動を続ける日本人ボクサーは井上だけではない。井上vsドネアの3日後、ボクシング王国・メキシコのファンを興奮させた"Mad Boy(マッド・ボーイ)"ことWBA世界ライトフライ級スーパー王者・京口紘人(ワタナベ)。2022年は、京口が真の意味でワールドステージに飛躍していく年になるかもしれない。

「日本でも試合をしたいですけど、もう一度アメリカのリングでも、そしてこのメキシコのリングでも戦いたい。どこでも戦いたいです」



6月10日に敵地メキシコでKO勝利を飾った京口

 6月10日、メキシコでの初のリング登場を見事なKO勝利で飾ったあと、京口はあらためて"世界進出宣言"を行なった。正規王者エステバン・ベルムデス(メキシコ)と派手な打ち合いを演じた京口の戦いぶりは、実際に今後を楽しみにさせるのに十分だった。

 簡単な防衛戦だったわけではない。相手が攻勢に出た時だけ観衆は湧き上がり、6回にはバッティング、7回にはダウン後の後頭部への加撃で2度の減点を受ける厳しい展開。標高約1500マイルという高地での対戦に加え、3人のジャッジによる地元びいきの採点(京口が圧倒するも、7回まで3人すべて1点差の2-1と辛くもリード)など、「これぞ完全アウェー」という環境でのバトルだった。

 ベルムデスは序盤から激しく出血し、いつドクターストップがかかっても不思議はなかった。あと1点くらい京口が減点された上で試合が止められ、その時点での採点でベルムデスの勝ちとなっても、地元ファンは気にも留めなかったに違いない。「負傷判定で負けにされるのが心配だった」という京口の言葉は正直な思いの吐露だっただろう。

 そんな状況でも冷静さを保った京口に、チャンピオンらしい精神力とたくましさを感じたファンも多いはずだ。経験、技術、アッパーを軸にしたパンチの多彩さを武器に、最後まで相手に主導権を渡さなかった。

 7ラウンド終了間際、連打で奪ったダウンは減点と共に取り消されたものの、ここでベルムデスに深いダメージを与えると、「8回はチャンスと思ってすぐラッシュかけた」。観客席のメキシカンたちをも驚嘆させるほどの怒涛の連打、連打。ベルムデスは半ば戦意を喪失し、ついにレフェリーも試合をストップせざるを得なかった。

「ご覧の通り、タフな試合になってしまいました。ベルムデスもメキシコの地で声援を背に頑張る選手で、気持ちが強かった。下馬評は圧倒的有利だったのに、競った内容になったのは反省点です。最後、ストップ(KO)できたのはよかったなと思いますけどね」

 戦いを終え、京口はしきりに反省したが、実際は実力が上であることを印象づける明白な勝利に見えた。ファンをエキサイトさせる打撃戦で、敵地のさまざまな不利に見舞われながらKO勝利を飾ったことには大きな意味があったように思える。

 ここに辿り着くまで、リング外でも京口には試練があった。昨年3月、テキサスのリングで米国デビューを飾って以降、右手親指、左膝靭帯、左肘と度重なるケガを経験。デビュー以来無敗の快進撃を続けていた京口は、結果として約1年3カ月も試合から遠ざかった。

 ベルムデス戦後、苦しかった日々を思い返し、京口は控室で「周囲の皆さんに申し訳ない気持ちでいっぱいだった」と目を潤ませた。思い通りにならない時間を過ごす中で、あらためて感じることも多かったのだろう。

「今回、この6月10日のメキシコの地まで、周囲の人たちが全力でサポートしてくれたのはすごく力になった。自分の力以上に、周りのサポートの力が本当に一番。1対1の競技ですけど、チーム力というのが大きい。すごく感謝したいです」

 何度も感謝の言葉を述べていた28歳の王者。普段はヤンチャなイメージもあるが、リング外の試練を乗り越えることで精神的に成長した部分もあったのかもしれない。

 そんな京口に、ビッグチャンスが訪れようとしている。京口陣営はベルムデス戦後、メガイベントの舞台で統一戦に臨むビッグオファーが届いたことを明かしたのだ。

「ベルムデス戦の2日前くらいに、マネージャーのエディ・レイノソから『今戦の結果次第で9月のカネロの興行に出ないか』という話がきました。相手はWBO世界ライトフライ級王者ジョナサン・ゴンサレス(プエルトリコ)です」

 ワタナベジムの深町信治マネージャーが言及した"9月のカネロの興行"とは、スーパーミドル級の統一王者サウル・"カネロ"・アルバレス(メキシコ)が、日本で村田諒太(帝拳)を撃破したばかりのゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)とラバーマッチ(同一選手同士の3試合目)を行なう大イベントだ。カネロと同じレイノソをマネージャーに持つ京口は、ラスベガスでの開催が濃厚の興行のアンダーカードで、対立王者と統一戦を行なう方向だという。

 京口にはWBC王者・寺地拳四朗(BMB)からも統一戦の声がかかっていたが、ゴンサレス戦の条件はそれよりも数段よかったとのことだ。過去2戦はアメリカ、メキシコで連続KO防衛を果たした"Mad Boy"を、2020年12月に契約を結んだマッチルームスポーツとDAZNが高く評価したということだろう。

 京口は常にファンを沸かせるファイトができる上に、軽量級ゆえに報酬などの経費は比較的に安く済む。ビッグイベントのアンダーカードに起用するには理想的な人材であり、マッチルームが6月、9月という短いスパンでの京口のリング再登場を望んだのも理解できる。

 ゴンサレスはニューヨーク出身のプエルトリカンで、25勝(14KO)3敗1無効試合の戦績を誇るサウスポー。2018年以降は主にフロリダ州でキャリアを積み、昨年10月、エルウィン・ソト(メキシコ)に番狂わせの2-1判定勝ちで新王者となった。歯切れのいい攻防が売りで、一定のパワーもある。

 ただ、2019年8月の世界初挑戦時には当時のWBO世界フライ級王者・田中恒成(畑中)に7回TKOで敗れるなど、やや不安定なところもあり、16戦全勝11KOの京口が優位とみなされるはずだ。

 まずは6月24日に、フロリダでの興行でゴンサレスがマーク・アンソニー・バリガ(フィリピン)との防衛戦をクリアするのが必須条件。ここで王者が順当勝ちすれば、DAZNによって日本、アメリカをはじめとする世界各国で生配信される「統一戦プラン」が本格的に動き出す。

 カネロ対ゴロフキン戦のアンダーなら、アメリカ国内だけでも100万人以上の視聴者に見られる可能性が高い。この注目ファイトが実現すれば、京口のキャリアの中でも極めて重要な一戦になることは言うまでもない。

「(井上尚弥は)自分の中でも特別な選手ですし、本人からも『頑張って』ってゲキをもらいました。『お互いに勝って、一緒に祝勝会をしよう』と言ってくれたんです」

 ベルムデス戦前、同学年の井上とのやりとりを明かしていた京口は、世界のトップを走る"モンスター"に続けるか。マッチルームとのビジネスプランが加速しているが、この後しばらくが勝負。いつでもエキサイティングな"Mad Boy"の行く手にも、新しいビッグステージがはっきりと見えてきている。