18歳で世界最高峰の大会を制したShigekix(シゲキックス)パリ五輪金メダル候補 2024年のパリ五輪でブレイキン(ブレイクダンス)が初採用される。ブレイキンとは、音楽のリズムに乗りながら、体のあらゆるところを使って、回ったり、跳ねたり…



18歳で世界最高峰の大会を制したShigekix(シゲキックス)

パリ五輪金メダル候補

 2024年のパリ五輪でブレイキン(ブレイクダンス)が初採用される。ブレイキンとは、音楽のリズムに乗りながら、体のあらゆるところを使って、回ったり、跳ねたりとアクロバティックな動きを組み入れたダンスのことだ。よく知られているのが、背中や肩を使って床をくるくると回る「ウィンドミル」や、頭を軸に回転する「ヘッドスピン」。これらを踊るダンサーを、B-BOY(ビーボーイ)、B-GIRL(ビーガール)と呼ぶ。

 ブレイキンは、2018年にブエノスアイレスで開催されたユース五輪で初めて採用され、男子ではShigekix(シゲキックス、半井重幸)が銅メダルに輝いた。Shigekixは、2020年、18歳で全日本ブレイキン選手権を制し、さらに世界最高峰の戦い「Red Bull BC ONE World Final 2020」で世界チャンピオンに輝くなど、その名は世界に轟いている。パリ五輪でも金メダル有力候補だ。

 Shigekixがブレイキンを始めたのは、5~6歳の頃。「4つ上の姉(B-GIRLのAYANE)が先にブレイキンをやっていて、親が彼女の練習や大会に連れて行ってくれた」のがきっかけだ。最初はなかなか興味が湧かなかったというが、徐々にその魅力に惹かれていき、7歳の頃には見様見真似で踊っていたそうだ。「技の習得が楽しくてしかたなくて、次に何を練習すればいいか、先輩方に聞いていた」とShigekixは当時を振り返る。

 11歳の時にはすでにKIDS B-BOYシーンで名の知れた存在となり、世界大会で次々に優勝を手にする。年齢を重ねるごとに、その輝きは増し、弱冠20歳にしてなんと46度も世界の頂点に立っている。名実ともに唯一無二の存在となったShigekixだが、決しておごることはない。

「僕は世界一のタイトルを獲ってからも、それを嚙みしめることはあっても、一度も自分が世界一だと満足したことはありません。もっともっと自分の理想に近づきたいと思っていますし、もっとかっこいいB-BOYになりたいというピュアな気持ちがここ最近、とくに強くなりましたね」

 パリ五輪に向けても、慢心することはなく、「基本的に毎日踊っている」と練習に励む日々を過ごす。すでに大会への臨み方もイメージできている。

「五輪はすごく大事な大会だと思っています。最近では現役のアスリートの方との交流も増えてきて、そんな方々から、いつも通りの気持ちで、ありのままの自分で、等身大で挑むことが大切だという助言をいただいています。パリ五輪まで全力で駆け抜けて、最後の1日は楽しみたいです」

 ステージ上で見せる激しい動きとは対照的に、20歳とは思えない落ち着きと優しい笑顔を見せるShigekix。その瞳からは、パリ五輪金メダルに向けたブレることのない芯の強さが感じられた。



パワームーブを見せるShigekix

ブレイキンはアートに近い

 Shigekixが幼い頃から情熱を注いできたブレイキン。パリ五輪での採用で一気に注目を集める競技となったが、スポーツというフィルタで見た時、ある意味、特殊なカテゴリーに属する。

 ブレイキンはHIPHOPカルチャーのひとつで、試合を行なう場合は、1対1や2対2、あるいはチーム対チームのバトル方式となる。これはその起源が関係している。1970年代初頭のニューヨーク・サウスブロンクス。当時はストリートギャングたちが縄張り争いを行なっており、たくさんの命が奪われていた。そんなギャングたちが、殺し合いをせずに勝負する方法として、ブレイキンでバトルを繰り広げるようになったという。

 そのため体操やフィギュアスケートのような採点方式による順位付けのスポーツとは相いれない性質を持ち、どちらかというと東京五輪で実施されたサーフィンの対戦に近い。ただブレイキンはHIPHOPカルチャーをどう音楽に乗せて体で表現できるかというのが、大きなウェートを占める。

 スポーツ的な側面を数値で評価をすることはイメージできるが、カルチャーを数値化することは、容易ではなさそうだ。実際、ジャッジの面でまだ課題が存在している。日本独自の評価審査方式はあるものの、世界ダンススポーツ連盟(WDSF)としての明確なジャッジシステムはない。現在、その制度設計に取り組んでいるのが実情だ。

 Shigekixもユース五輪やパリ五輪での採用というこの時代の流れのなかで、感じていることがあった。

「実際、競技化されている部分があって、つい技術を磨こう磨こうとしていた時期がありました。それも必要なことではありますが、そればかりに気を取られすぎて、逆に自分のスタイルが見えなくなっている状況がありました」

 野球やサッカーなどのスポーツであれば、フィジカルを鍛え、技を習得することは、好成績につながる近道だろう。しかし、Shigekixはブレイキンを「アートに近い」と語るように、芸術性が求められることもあり、フィジカルや技術を上げるだけでは勝てないと感じている。そのために必要なことを今改めて問い直している。

「常に何かに興味を持つことと、インスピレーションを求めることを、大事にしていきたいなとすごく感じているところです。実はそれを忘れかけていたんですよ。自分の殻に閉じこもってしまうと、客観的に物事を見られなくなってしまいます。新しいところに足を運んだり、自分とまったく違うことをやっている人と話をしたりすることが、自分のスタイルにいい影響をもたらすと思っています」

 Shigekix は常々「僕は24時間、B-BOYとして生きている」という。その他競技のトップアスリートは、自身が取り組むスポーツで最高のパフォーマンスを発揮するために、24時間をデザインしている選手が多いだろう。ただB-BOYは、それにプラスして、ファッションやライフスタイルも含め、HIPHOPカルチャーを体現する生活を送っている。さらに、自分らしさを形づくるために、新しい何かを探し求めている。
 
 それがステージのうえで自身のスタイルとして表出される。Shigekixも「その都度、自分の内側から湧き出るものを表現するというところに、最終的には行きつく」と語る。その「湧き出るもの」を養えるのが、普段の生活や活動なのだろう。

ブレイキンという国

 ブレイキンという共通言語のなかで生きるB-BOY、B-GIRLの多くが、四六時中HIPHOPカルチャーにどっぷりと浸かっていることもあり、心の底からブレイキンを愛している。それはShigekixも認めている。

「僕の感覚で言うと、B-BOY、B-GIRLがいるブレイキンという国がある感じですね。ブレイキンが大好きという共通点があって、肌の色とか、性別とか、年齢とか、出身地とか、何も関係ないですね。ブレイキンという同じものを愛しているんですから、みんな仲間です」

 試合では対戦相手だが、同時に仲間でもある。ブレイキンの国に住み、ブレイキンのアイデンティティを持つB-BOY、B-GIRLは、仲間に恵まれたこのコミュニティが大好きだからこそ、その輪をもっと広げていきたいという思いが強い。

「(ブレイキンを広めたいという気持ちは)すごくあります。絶対にブレイキンをやったほうが幸せになると、ダンサーはみんな思っていると思います。世界中に友達ができます。ブレイキンに触れることで、すごく可能性が広がりますよということを、みんなに知ってほしいです。僕はどんな人でも絶対にブレイキンはマッチすると思います」

 ブレイキンを踊り、バトルをし、そして仲間になる。そんなコミュティを広めることが、Shigekixが踊る理由のひとつだ。そしてさらに彼は踊る理由をこう語る。

「僕のダンスや活動を見て、人に感動やエネルギーを与えていきたいですね。そして一瞬でもいいので、モチベーションをもらえたとか、頑張ろうと思えたとか、いろんな人の人生のほんの一部になれたとしたら、すごくうれしいなと思います」

 一つひとつ丁寧に言葉を選びながら、ブレイキンへの愛を語り、ブレイキンが広まることを望み、そしてブレイキンで人の心を動かしたいと願うその姿は、まるでベテラン選手のようだった。そんなShigekixは最後にこう言って無邪気に笑って見せた。

「僕はまだ20歳なので、こんなところで満足しても面白くないから」

 Shigekixが描く未来を、これからもワクワクしながら見守っていきたい。