女性アスリートや陸上界を取り巻く課題を発信している陸上の石塚晴子選手 photo by EKIDEN News"「女子選手は指導者に依存させないと伸びない」「女子選手は自分で考えられない」と複数の指導者から言われたことがあるのを、最近ふと思…



女性アスリートや陸上界を取り巻く課題を発信している陸上の石塚晴子選手 photo by EKIDEN News

"「女子選手は指導者に依存させないと伸びない」「女子選手は自分で考えられない」と複数の指導者から言われたことがあるのを、最近ふと思い出した。私、このことずーっと根に持って生きてきたんだなって思う。当時は「そうなんだ...」って思ってたけど、絶対そんな事ない。"(原文ママ)

 ひとりの女性アスリートがツイッターで胸の内をこう吐露した。インターハイ女子MVP、400mハードルの20歳以下の日本記録保持者である、石塚晴子選手(ローソン所属/25歳)が今年3月に投稿したこのツイートには、同じ陸上選手を含む多くの反響が寄せられた。日頃からSNSで陸上界の課題解決へ向けた発信を行なう石塚選手に、ツイートの経緯や込めた思いを聞いた。


石塚晴子選手のツイッターより

きっかけは

「5年越しの疑問」

 石塚選手は400mと400mハードルを専門とする陸上競技選手。2015年、高校3年時のインターハイでは3冠(400m、400mハードル、4×400mリレー)に輝き女子MVPを獲得、400mハードルの20歳以下の日本記録更新など数々の好成績を残してきた。2017年にローソンに入社し、現在は仕事と競技を両立しながら実業団で練習を続けている。

「女子選手は指導者に依存させないと伸びない」「女子選手は自分で考えられない」という言葉は、5年前、実際に石塚選手が複数の陸上競技の指導者から言われたものだ。当時20歳だった石塚選手は、トレーニングの方向性やコーチとの関係性に悩み、大学を退学して実業団に所属しようと考えていた。

「『どうしたら自分のやりたい陸上ができるか』と(指導者に)相談しました。すると、為末大さんのようにセルフコーチングで世界のトップに上り詰めた男子選手はいる一方で、今まで日本で結果を残してきた女子選手は軒並み指導者との関係が密接で、セルフコーチングをやってのけた女子選手はあまりいないという話をされました」

 男子選手はコーチに依存せず、自分で競技の方針やトレーニングメニューを考えることができるが、女子はできない。その言葉を言われた当時は「そういうものなんだ」と疑いもなかったという石塚選手。それから5年後の今年2月、石塚選手はコーチをつけずに自分で練習メニューやトレーニングの判断を行なう生活を始めた。そして、ふとこの言葉を思い出したのだ。

「自分の体や心の声を聞きながら、自分で納得したメニューを考える。『こんな陸上競技を私はずっとしたかったんだ』と実感したのと同時に、『なんであの時、あんなこと言われなきゃいけなかったんだろう』と5年越しの疑問が湧いてきたんです。自分でメニューを考えていくプロセスやそれを判断できるまでの経験を獲得するのに、男女の差はないはず。今のスタイルの競技の結果でもって『自分でもできる』ということを証明したいという気持ちからツイートをしました」



オンラインでの取材に応じる石塚選手

高校卒業後に伸び悩む選手を多く見てきた

 冒頭のツイートには約1000件の「いいね」が集まった。東大医学部(今春卒業)で女子3段跳び学生王者の内山咲良選手は、石塚選手の投稿にこうコメントした。

"大学に入ってから、指導者に毎練習見てもらえるような密な関係だったのがもっと薄い関係になったのもあって伸び悩んで、練習や競技に対する姿勢も自分で考えるようになってから記録が伸びた。競技も自分の人生の一部で、それにまつわる選択を自分のものとしてできると変わってくるのかもしれない。"(原文ママ)

 女子選手は指導者に依存させないと伸びないーー。このような「通説」について、石塚選手は「高校までの決まったメニューをやるという競技生活からステップアップしていった時に、自立して競技できる人が少ない(結果出した女子選手が少ない)という文脈で語られることが多いです」と語る。

 石塚選手は実際に、インターハイでトップレベルの記録を出していたにもかかわらず、卒業後に伸び悩む女子選手の姿を多く目にしていた。その要因として、高校までの部活動では、「コーチから与えられたメニューや目標をクリアするために走っていれば結果が出た」というケースが多いこと。

 また、教育活動の一環として厳しいルールで選手を管理した結果、自己管理能力を失ってしまった選手が多いこと。そして「ひとつの区切りとして卒業した時に、自分を保てなくなる選手がいるのではないか」と石塚選手は自身のnoteで分析している。

「高校卒業後に環境が変わって伸び悩む選手を多く見てきたので、『じゃあ環境を変えなければいいのでは』と考え、かつ当時の指導者からもそう言われて内部進学の道を選びました。高校時代の指導者も練習メニューも設備もすべてそのままで、高校4年目が始まるような感覚で進学できる環境でした」

 しかし、大学1年の5月には自己ベストを更新したものの、石塚選手自身も「伸び悩む女子選手」のひとりとなってしまう。その後、大学を離れるという決断を1年の冬に下す。決断をあと押ししたのは、大学1年の2月に訪れたドイツ・ベルリンでのトレーニングだった。指導者と選手が対等な関係でディスカッションをしながらメニューをこなす様子や考え方に衝撃を受けた。

「当時は、自分がやってみたいと思ったトレーニングにチャレンジしたくてもできない環境でした。競技で結果を出さなきゃいけないという焦りも相まって、今いる環境にフラストレーションがたまり始めていた時期でした。そこに(ドイツでの経験で)『こんなに選手主体で考えてくれるコーチがいるんだ』『自分もこんな陸上がしたい』と火がつき、大学を辞める決意をして帰国しました」

 大学退学後にローソンに入社し、実業団という形で練習を続けてきた。実業団に入りたいと思ったのは、ビジネスパートナーとしてコーチと契約することを望んだからだ。

「部活動や日本の指導現場の『学校の先生と生徒』という関係性は、社会人になっても地続きで、授業を持ちながらボランティアで指導しているケースも非常に多いです。無料でコーチングしてもらっている状態では、そこに恩が発生して『他の練習やコーチングを試したい』と思っても試しづらい。対等な関係として、指導者も指導への責任感を持ち、選手も自分の競技結果に直結する指導者選びに責任感を持つことが重要だと思っています」

発信するのは「自分がしてきた我慢を下の世代に受け継ぎたくないから」

 コーチという絶対的な立場でもって「選手を依存させる」ような関係性は、ハラスメントを生み出しやすい土壌にもなってしまう。

「たとえば、選手の進路選択を妨害するアカハラ(アカデミック・ハラスメント)として、『他の進路を選びたいけど先生が認めてくれない』と悩んでいた選手もいます。また、セクハラも、コーチとの関係から『ノー』を言えない状況があるのも事実です」

 このようなハラスメント対策として、日本スポーツ振興センター(JSC)は2014年に「第三者相談・調査委員会」を設置。石塚選手は、こういった環境の整備とともに、選手一人ひとりがどういう認識をもって競技と向き合っていくかを考えていかなければ根本的な問題は解決されない、と指摘する。

「私たちはまず『競技は人生のすべてではない、人生の一部である』という考えを持っておくべきだと思っています。競技や競技の結果だけがすべてになってしまうと、焦って不安になり、コーチに依存し、いろんなものを犠牲にして心身の健康を損なってしまうことにつながってしまう。スポーツは本来、自分の人生を豊かにするためにあるものなのに、スポーツを通して傷ついたり、不幸になったりすることはあってはいけないことです」

 石塚選手は、ツイッターやnoteで経験や選手たちはどういうスタンスで競技に向き合うべきかを発信している。指導者との関係や自分の意志が尊重されない競技環境に悩む学生からの感想も寄せられているという。

「陸上を通してきたよかったことはもちろん、次に受け継ぎたくないよくなかったことも、若い世代に向けてたくさん発信していきたいと考えています。自分がしてきた我慢を『そういうものだ』と思って下の世代に強いていくことがないように、そして誰もが当たり前に『陸上をしてきてよかった』『スポーツをしてきてよかった』と思える状態をつくれるまで、大人のアスリートとしての責務として声を上げ続けます。記録を出したり高いパフォーマンスを発揮したりしながら、かつ、『毎日すごくハッピーだったよ』と言える。それこそが競技者として最高の姿ではないでしょうか」

【プロフィール】
石塚晴子 いしづか・はるこ 
陸上選手。1997年、大阪府生まれ。東大阪大学敬愛高校3年時のインターハイでは3冠(400m、400mハードル、4×400mリレー)を獲得。東大阪大学進学後、2017年に退学し、ローソンに入社。実業団で競技を続けながら、女性アスリートや陸上界の課題についてSNSなど発信している。