昨年の東京五輪で出場した女子4×100mリレーは、すでに今年7月の世界選手権の出場権を獲得している。ただ、活躍に期待が膨らむなかで、春先は見通しの暗いスタートになっていた。左から2位の兒玉芽生、初優勝を果たした君嶋愛梨沙、3位の御家瀬緑 …

 昨年の東京五輪で出場した女子4×100mリレーは、すでに今年7月の世界選手権の出場権を獲得している。ただ、活躍に期待が膨らむなかで、春先は見通しの暗いスタートになっていた。



左から2位の兒玉芽生、初優勝を果たした君嶋愛梨沙、3位の御家瀬緑

 東京五輪1走の青山華依(甲南大)が4月の日本学生個人で11秒47の自己ベストを出したものの、日本選手権の2週前の関西インカレを、右膝裏に痛みが出たために欠場。また2走を走った兒玉芽生(ミズノ)は、オープン参加の学生個人が3位、4月29日の織田記念陸上大会は4位と予想外の結果に終わった。

 その織田では、御家瀬緑(住友電工)が優勝し、2位には後半伸びた君嶋愛梨沙(土木管理総合)が入ったが、記録は11秒79と11秒89と、悪条件とはいえ物足りないなど、明るい話題の少ない状況で日本選手権を迎えた。

 ただ、その日本選手権では、予選の第1組で兒玉が、追い風0.8mで11秒47を出して1位通過。向かい風0.7mだった夜の準決勝でも、後半ひとりだけ抜け出して11秒47と安定。「タイミングが崩れて自分の走りができていなかったですが、やっとここでできるようになった」と笑顔を見せた。

 さらに予選第3組では御家瀬が、低い姿勢で飛び出す形にやっと戻すことができて、向かい風0.8mのなか、最後は流して11秒54。第4組の君嶋も向かい風1.9mのなかで11秒58を出した。そして同走だった準決勝ではスタートをうまく決めた御家瀬が、追い風0.6のなかで、日本選手権優勝の2019年以来の11秒4台で自己ベストタイ(11秒46)を出すと、スタートで少し出遅れた君嶋も後半に伸びて11秒48で2位と、この3人の優勝争いが見えてきた。

 10日夜の決勝は追い風0.6mの条件。君嶋と兒玉がスタートをしっかり決めたのに対し、御家瀬は上体が少し立ってしまう悪い癖が出てしまった。

 兒玉と君嶋の競り合いになったが、70m過ぎに兒玉が少し前に出たところで、君嶋が抜き返して自己ベスト(11秒36)でゴールし、兒玉は自己サードベストの11秒40で2位に入った。

 予選より記録を落とす11秒55で3位だった御家瀬は、「昨日より状態がよかったので、記録も優勝も狙っていましたが、スタートで出力を出しきれなかったので、加速区間も伸びなかった。そこからは冷静にキープをして順位狙ったのですが、(伸びなかったのは)日本選手権で20年は準決勝敗退で、去年は予選落ちだったので、まだ完全に自信を持てていないのが原因だと思います」と自己評価した。

 またリレーに専念した昨シーズンを経て、自己ベストの11秒35から、次の段階の11秒2台を狙う取り組みを始めている兒玉は、この結果についてこう話す。

「学生個人やグランプリでは悔しい思いをしましたが、こうやってもう1回頑張ろうという気持ちになれたので、自分の競技人生においてはすごく大事なタイミングだったのではないかと感じています。調子が悪いなかでも1レース1レースをすごく大事にしていたし、前の形に戻すというよりも自分のやりたい動きを追求してきました。新しいものに挑戦することで11秒2台も見えてくると思うので、少しでも前進しようと思っています」

 今回の2位で11秒40というタイムは、彼女にとっては納得のできるものだった。

 そんな実績を持つふたりを破って初優勝を果たした君嶋は笑顔でこう振り返った。

「今日のテーマは『勝ち獲る』というのだったので、有言実行できてよかったです。予選、準決、決勝というそれぞれのレースでも、いいところが垣間見えたのでよかったと思います」

 26歳で初タイトルを獲得した君嶋は、中学2年で全日本中学の200mで日本中学新を出して優勝して注目さていた。そこからは伸び悩み、日体大時代には陸上との二刀流でボブスレーに挑戦。女子2人乗りのブレーカー(スタートでそりを押し、ゴール後にはブレーキを操作する役)としてワールドカップや世界選手権に出場。パイロットの押切麻季亜(スピードスケート、押切美沙紀の妹)と組んで2016年12月のヨーロッパカップ優勝や、2017年2月の世界選手権7位という成績を残して平昌五輪出場を目指した。

 だが平昌五輪は出場権を獲得できず、その翌シーズンには日本ボブスレー・リュージュ・スケルトン連盟が女子ボブスレーの海外派遣を取りやめた。そのため、北京五輪で正式種目になるモノボブ(女子1人乗り)挑戦を考えたが、連盟の方針で挑戦が無理になり、次はスケルトンに取り組もうと考えた。しかし、五輪出場権を獲得するために必要なワールドカップ遠征も困難になったため、冬季競技は一時断念せざるを得なかった。

「今の会社には2020年に『陸上とボブスレー、スケルトンの三刀流で頑張ります』と入社したけど、いろいろ考えて今は陸上に専念する形のほうがいいと思いました」と、東京五輪を目標として、陸上に専念した。

「ボブスレーをやっていたのは大学院時代でしたが、その頃、自分の100mの記録向上につながるコンディショニングの論文を書いていました。毎日練習内容や体重、体脂肪率を計測していたけど、当時は(168cmで)体脂肪率は28%で体重も最高で72㎏でした。今は体重が55~56㎏くらいで体脂肪率も10~12%なので、陸上競技に適した体になっていると思います」

 大学院で学んだことも生かし、3年計画ではじめた試みのなかで体も陸上競技仕様になってきたことが、今の結果につながったのだ。

 それでも今回、試合前は不安もあった。

「前日、調整の時に左内転筋が内出血していたので不安だったんです。でもコーチやトレーナーさんとも話して、去年たくさん試合に出たなかでも、いい走りができたあとには内出血して、調子がよくなるという繰り返しだったので、プラス要因だと受け取ろうと思って。この段階で内出血するというのは、足がさらに強くなろうとしているのだと考えたのも、強みになったと思います」

 そんな前向きな気持ちがレースにそのまま表われ、優勝につながった。この結果で世界選手権のリレー代表へ向けて大きく前進したが、優勝とともに大会出場への思いも強かった。

「(世界選手権の開催地である)アメリカに父がいるので、そこで走りを見てもらいたいなというのと、祖母が他界をしてしまったので、優勝を空の上に捧げたいと思いました」

「将来的には10秒台を目指したいですが、まずは11秒3台を出せたので、ここから11秒2台にいくには何か必要かということをトレーニングで考えていきたい」という君嶋。現時点での女子短距離の主軸といえる兒玉が、最終日の200mで23秒34の好記録で優勝。短期間で不調から復調してきたことは大きい。さらに3年前の日本選手権女王の御家瀬も復活してきた上に、君嶋というベテランがここにきて台頭してきた。

 男子短距離陣は、東京五輪まで牽引してきた選手たちが思うような結果を出せていないが、女子の場合は、200mと3位になった東京五輪出場の鶴田玲美(南九州ファミリーマート)や、今回は故障で力を出しきれなかった青山の存在を含め、これからが楽しみな状況になってきている。