昨シーズン、ヤクルトの宮本丈は、自身の実力とチーム状況を鑑み"ユーティリティプレーヤー"に自分の立ち位置を見つけた。「…

 昨シーズン、ヤクルトの宮本丈は、自身の実力とチーム状況を鑑み"ユーティリティプレーヤー"に自分の立ち位置を見つけた。

「いまヤクルトは本当にいい選手が多い。そのなかで自分が生き残っていくにはどうすればいいのか。僕が感じたのは、チームに流れを引き寄せられるような仕事ができれば、戦力になるんじゃないかと考えたんです」



ユーティリティプレーヤーしてヤクルトに欠かせない戦力となっている宮本丈

 ユーティリティのポジションをつかむため、そのことを重点的に意識しながら練習を積み重ねた。

「一番は送りバントです。そして代打で出た時には出塁すること。ヒットを打つだけじゃなく、つないだり、1球でも多く投げさせて、粘って四球をとったり......というところです。それが自分の持ち味だと思っています」

高津監督も絶賛の便利屋

 昨年は出場こそ62試合と前年の94試合を下回ったが、代打では阪神の絶対的守護神だったロベルト・スアレスに唯一の黒星をつけるタイムリーヒット。オリックスとの日本シリーズ第6戦ではライトで先発出場し、山本由伸からライト前ヒットと2つの送りバントをきっちり決めるなど、じつに宮本らしい仕事を果たした。

「代打での打席はクローザークラスとの対戦が多くなるので、ウイニングショットがくるまでに勝負にいきたいと思う時もありますし、ボールが見えていると感じた時は焦らずに......と、アプローチはその時々で変えています」

 そのしぶとい打席は「よしいける!」とチームを勇気づけ、スワローズに浸透する「絶対にあきらめない」というファイティングスピリットを体現している。

「打った時にベンチを見ると、盛り上がりがすごいですよね。そのいい雰囲気に背中を押されて、結果を出せているところもあります。ありがたいですし、本当に家族のようなチームだと思います」

 プロ5年目の今シーズン、5月17日の神宮球場での阪神戦は宮本の立ち位置を鮮明にした試合だった。0対1で迎えた8回無死一塁の場面に代打で出た宮本は、送りバントを決めた。最終的に得点には結びつかなかったが、チームは9回裏にオスナの犠牲フライで劇的勝利を挙げた。

 試合後、高津臣吾監督は宮本を代打起用した場面について「先頭打者が塁に出ようが出まいが、あそこは丈と決めていました」と話し、こう続けた。

「丈はチームで1、2位のバント上手な選手で、いろんな作戦が立てられる。言葉はよくないですけど、本当に便利な選手です」

 宮本は高津監督が何を求めているのかについて、「結構考えています」と言った。

「監督が求めていることは、なんとなくですがわかっているつもりです」

プロ入り後、バント失敗はゼロ

 今の宮本に求められるレベルは高い。つなぎの代打、走者を還す代打、バントなど作戦を遂行する代打。前述の阪神戦にしてもいろいろな場面を想定し、準備に迫られた。

「気持ちの切り替えで難しいところはあります。以前、最初は作戦のケースだったのですが、ヒッティングに変わったことがありました。その時に気持ちの切り替えがうまくできなくて......。ズルズルと引きずったままヒッティングして、変な凡打になってしまったんです」

 その試合後、松元ユウイチコーチからすぐに助言をもらったという。

「『そういう時は一度、間(ま)を置き、頭を整理して打席に入る。そのやり方を自分で見つけなさい』と。今の立ち位置はそういう場面でいくことが多いので、それに対応できる準備の仕方を考えているところです」

 バントへの準備は入念だ。神宮球場のクラブハウス前で三輪正義広報をつかまえ、バントについて教えを請うている光景を見たことがある。三輪広報は現役時代、バントの名手として名を馳せた。

「バントは地味で簡単そうですけど、本当に難しいじゃないですか。試合の後半になるほどピッチャーの球もよくなるし、相手の守備の動きも変わってきます。そういうところで決められるように、毎日の積み重ねじゃないですけど妥協せずに練習しています」

 ここまでプロ入りしてから送りバントの失敗がなく(17回成功)、そのことについて聞くと「そうですね」と誇らしげな表情を見せた。「ファウルなどのあとにヒッティングに切り替わったことは?」と聞くと、「いや、ないですね」と即答した。

「1球目を失敗しても、2球目で決めています。でも一度だけ、ナゴヤドームでスクイズのサインが出たことがあったのですが、外されて空振りしてしまい、三塁ランナーがアウトになったことがありました。記録上は失敗にならなかったんですけど、あの時はメンタル的に結構きました(笑)」

 バントを決めた時、ヒットを打った時、喜びが大きいのはどっちなのだろうか。

「それぞれ違ううれしさがあるんですけど......打つのって難しいことですし、バントは決めなければいけないことですし。自分の立ち位置もあるので、ホッとするというか、バントのほうがうれしいですね」

 ちなみに、宮本の先発出場時、打順は1番、2番、5番、6番、7番、8番を経験。守備でも一塁、二塁、三塁、ライト、レフトを守り、試合前練習ではグラブをいくつも抱え、忙しく動き回っている。

「打順はどこに入ってもやることはあまり変わらないのですが、守備はまた別物で、自分は器用なほうじゃないので難しいです。どこを重点的にやればいいのか、どう練習していけばいいのか、今はまだ探している最中です」

 多くの役割を求められることで、野球の引き出しも増えた。

「ヒットを打つことも奥が深いんですけど、チームプレーは求めれば求めるほど奥深いというか......自分の野球人生において、どうやったら打てるのかを学んでいるんですけど、小技も知っておくことで、今後いいことにつながると思っています」

荒木貴裕の偉大さ

 チームには荒木貴裕というユーティリティのお手本がいる。

「荒木さんは、見れば見るほど細かいところがすごいです。走塁だったら、打球判断や一歩目の動き出しが速い。ギリギリのところを攻めているのですが、そこに根拠があるから好結果が出るんだろうなと思います。それに加えて、打ったり守ったりもできる。ずっと一軍でやれている理由はそこなんだろうなと」

 また、履正社高校の大先輩・山田哲人という心強い存在もいて、試合前練習では並んでノックを受ける日も多い。

「哲人さんは意外と人のことをよく見ているんです。『あいつ、今はこういう気持ちなんや』とか。勘が鋭く、そういうのがわかるみたいなんですよ」

 今年に入って、宮本も山田から声をかけられたことがあった。

「『いろんな技術とか意識も大事だけど、最終的には強い気持ちが一番大事だよ。それがあっての技術や意識だから。今の感じだとよくないよ』と。ちょうど打てない時で、そういう雰囲気が出ていたんだと思います。哲人さんは村上とかとよく野球の話をしているんですけど、ふたりの話を聞くとちょっと別次元の考えというか、感覚というか。僕にもたまにそういう話をしてくれるんですけど、まだ早いということなのかなと(笑)。哲人さんと野球の話ができるようになるのも目指すところです」

 最後に、いま目指すこと、その先に見据えているものについて聞いた。

「レギュラーはもちろん目指しているのですが、まずは1年間、一軍の戦力として戦えるようになること。今の自分はバントと打つことなのですが、荒木さんのように細かいところを詰めていければ、もっと信頼してもらえて、野球選手としてのレベルも上がるんじゃないかと思っています。今のヤクルトは本当に強いので、そういう強いチームのなかでも欠かすことのできない、チームにいないと困る選手になりたいです」

 取材が終わると、宮本は早出練習のために室内練習場へ向かい、試合での出番をいろいろと想定しながらバットを振り込んでいた。宮本の姿を見ると、「努力と積み重ねの人」という印象が強く残る。キャンプ中も、居残り練習で室内練習場の明かりが落ちるまで黙々とバットを振り続け、試合でエラーをした翌日はノックに時間をかける。

「自分は本当に凡人で、練習してきたからここまでこられたのかなと......。一軍の戦力として、今ここにいられるのは、練習の積み重ねがあったからだと信じてやっています。練習がしんどくないことはないです。でも、試合で結果が出た時の喜びを知っているので、頑張れるかもしれないですね」

 たゆまぬ努力は、バントやバッティングだけでなく、守備や走塁でも実るはずだ。ハイパー・ユーティリティプレーヤーへの期待は高まるばかりだ。