並木月海インタビュー(後編) 東京五輪ボクシング女子フライ級で銅メダルを獲得した並木月海。インタビュー前編では、幼馴染である那須川天心について聞いたが、後編では自身のボクシング人生を中心に語ってもらった。パリ五輪での金メダルはもちろんだが、…

並木月海インタビュー(後編)

 東京五輪ボクシング女子フライ級で銅メダルを獲得した並木月海。インタビュー前編では、幼馴染である那須川天心について聞いたが、後編では自身のボクシング人生を中心に語ってもらった。パリ五輪での金メダルはもちろんだが、いま並木が本気で目指しているものとは──。



2024年のパリ五輪での金メダルを目指している並木月海

オリンピックの影響力

── オリンピックで銅メダルを獲得して、なにか環境の変化などありましたか。

「私自身、なにか特別に変わったということはないのですが、オリンピックをきっかけに講演やイベントに呼んでいただくことが増えて、試合とは別にボクシングを知ってもらえる機会が増えましたね。女子ボクシングの普及や知名度アップが私のやりたいことのひとつなので、ありがたいことだと思いますし、オリンピックの影響力はやっぱすごいなって」

── あらためて銅メダルという結果を振り返って、思うことはありますか。

「すごく誇りに思っていますし、悔しいという気持ちになれたのはよかったと感じています。正直、負けた直後は『メダルはいらない』という思いになったんです。けどその後、普段応援してくださる方々はもちろん、試合を見てくれたたくさんの方がSNSを通し『誇りに思う』と言ってくださり、表彰台には笑顔と感謝の気持ちを込めて上がりたいと思えるようになりました。もちろん勝ち負けにこだわる勝負師ではあるのですが、オリンピックを通して、それ以外に得るものがあるということを知れたのは成長できた部分だと思います」

── なるほど。ではオリンピックで感じたご自身の反省点や課題はどこになりますか。

「戦っているフライ級は一番軽い階級なのですが、私の身長は153センチで、海外勢は160センチ台が当たり前になります。小柄なのでやはりフィジカル負けという面は大きかったと思います。ただ技術面に関しては準決勝に至るまで5−0の判定勝ちをしてきたことで通用すると感じましたし、次につながると考えています」

── 珍しい右利きのサウスポー。ご自身のファイトスタイルをどのように捉えていますか。

「回転の速さやステップワークが持ち味ですね。基本的に相手のほうが身長は高いので、細かく動いて相手に判断をさせないボクシングを心がけています。もともとカラテをやっていたのでパワーはあるとは思うのですが、やはり先ほど言ったフィジカル面での課題があるので、今は土台からつくり直しているといった感じですね」

── 昨年の暮には全日本選手権を初制覇。成果は出ていると感じていますか。

「国内であれば十分通用するとは思うのですが、やっぱり私が目指している場所を考えると、まだまだ成長が必要だと思っています」

「倒し屋」と呼ばれた過去

── 並木選手にとって、ボクシングの魅力とは何でしょうか。

「普段の私は、人前に出たり、話をすることがあまり得意ではないんです。だけど、リングの上は別の自分を出すことができる。ボクシングは違った自分を表現できる場所なので、そういうところが好きですね」

── 日常と非日常ですね。恐怖心みたいなものはないんですか?

「それが幼稚園の時からカラテをやっていたおかげで、殴られる怖さとかそういったものはまったくないですよね(笑)。それが当たり前の環境で育ってきたんで」

── じゃあ格闘技を辞めたいと思ったことはないのですか?

「中学校1年生の時、普通の女の子の生活がしたいって、格闘技を辞めて陸上部に入ったことがあったんです。普段は学校と道場の往復でしたから、学校終わりに友だちと遊ぶというのに憧れて......。けど、なんか物足りないなって思って、結局1年後にフィットネス感覚でボクシングを始めたんですけど、いつの間にかこんなことになってしまって(笑)」

── ハハハ。その後、ボクシングの名門である花咲徳栄高校に進学し、高校時代は27戦無敗で"倒し屋"と呼ばれていました。

「うーん、もっとかわいいのがよかったんですけどね(笑)」

── 無敗となると相手がいない。どうやってモチベーションを保っていたんですか。

「もちろん試合があれば、それをモチベーションにするんですけど、女子はそれほど試合が多いわけではないんです。ただ、私は"できない"というのが嫌いで、とにかくできるようになりたい。だから練習が好きで、それがモチベーションになっていました。できなかったことが練習でできるようになる。そんな小さな積み重ねに喜びを感じながらここまで続けてきた感じですね」

理想の選手はいない

── コツコツと練習を続けられるのも才能ですね。強さの源はそこにある、と。目指しているボクサー像はありますか?

「ボクシングの試合はよく見るのですが、ただ正直、誰かみたいに戦いたいなって思うことはないんです。やっぱり戦い方って人それぞれ違うじゃないですか。強い選手を見て『これいいな』ってものを試したりもしますが、合うか合わないかは別問題ですし、だから『この選手みたいになりたい』というのはないんです。私は身長も低いし、リーチも短いので、自分なりのスタイルを見つけていかなければいけないと思うんです」

── 唯一無二のオリジナルの並木スタイルで頂点を目指す。今後は2024年のパリ五輪が目標ということになりますか?

「そうですね。選手として今後のことを考えていくうえで、じつは私自身、まだ一度も満足した試合をしたことがないんです。だから今は優勝とか勝ち負けというよりは......」

── 燃え尽きるような満足のいく戦いがしたいと?

「はい。納得のできる試合を一度でもいいからしてみたいというのが正直なところなんです。それが世界選手権なのかオリンピックなのかわかりませんが、レベルの高い場所ならそれができる可能性がありますよね。こんなことを言ったら語弊があるかもしれませんが、オリンピックで金メダルを獲ったからといって、それが満足できる試合になるのかはわかりません。どういう試合ができたら満足するのかも、まだ想像がつかないんです。だから今は、一戦一戦、必死に頑張れたらなと思っているんです。毎日の練習でやりがいも感じていますし、まだまだ多くの方に女子ボクシングのことを知ってもらいたいので、次をしっかり目指していきたいと思います」

── 相手がある競技、好敵手と巡り合い、最高の試合ができること、そしてそれが最良の結果になることを願っています。

「ありがとうございます。試合後『やりきったな』『満足できたな』と思えるような戦いができるよう、これからもいい練習をしていきたいと思います」

並木月海(なみき・つきみ)
1998年9月17日生まれ、千葉県成田市出身。153㎝・フライ級。自衛隊体育学校所属。家族の影響で4歳から極真カラテ、小学4年から幼馴染である那須川天心の誘いでキックボクシングを始め、中学2年から本格的にボクシングに取り組む。花咲徳栄高校時代に全日本女子選手権ジュニアの部、全国高校選抜で優勝。2018年の世界選手権では銅メダルを獲得。昨夏の東京五輪で銅メダルに輝く。