井上尚弥(大橋)がノニト・ドネア(フィリピン)を衝撃のKO劇で沈めた余韻が残るなか、WBA世界ライトフライ級スーパー王者・京口紘人(ワタナベ)が"完全アウェー"での危険な防衛戦へ――。 2018年の大みそかに25歳で2階級制覇を果たし、プ…

 井上尚弥(大橋)がノニト・ドネア(フィリピン)を衝撃のKO劇で沈めた余韻が残るなか、WBA世界ライトフライ級スーパー王者・京口紘人(ワタナベ)が"完全アウェー"での危険な防衛戦へ――。

 2018年の大みそかに25歳で2階級制覇を果たし、プロデビュー以来15戦全勝(10KO)と快進撃を続ける京口が、現地時間6月10日、同級正規王者エステバン・ベルムデス(メキシコ)と対戦する。このWBAの団体内統一戦で特筆すべきは、開催地がベルムデスの母国であるメキシコのグアダラハラであることだ。



敵地メキシコで防衛戦を行なう京口

 京口は2020年12月、近年はアメリカ進出も盛んな、イギリスに本拠を置くマッチルームスポーツと契約。サウル・"カネロ"・アルバレス(メキシコ)の名参謀として知られるエディ・レイノソをマネージャーに迎えたため、いずれメキシコで戦うことは既定路線ではあった。試合が間近に迫った京口へのインタビューでも、敵地での戦いに対して心の準備ができていたことを明かした。

「アメリカかメキシコのどちらか、という感じで言われていました。こちらの陣営の意向ではないです。どちらかといえばアメリカでやりたかったですけど、『メキシコならメキシコでもいいかな』とは思っていました」

 京口にとっては1年3カ月ぶりのリングになるが、コンディションさえ整っていれば、実績でも上回るスーパー王者の京口が優位と目されて然るべきである。

 昨年5月、かつて京口のジムの先輩だった田口良一と引き分けたこともあるカルロス・カニサレス(ベネズエラ)を、番狂わせの6回KOで下して王座についたベルムデス。直近の4勝はすべてKO勝ちと、パワーもある。

「一発があるし、日本人にない独特のリズムを持っている選手。当て勘もありますね。スピードがあるわけではないのにパンチを当てているというのは、独特のタイミングなどがあるということだと思うので、警戒しています」

 京口もそう認めるとおり、ベルムデスは14勝(10KO)3敗2分という戦績以上の底力を備えた実践派ではあるだろう。とはいえ、トップレベルの選手相手の勝利はカニザレス戦の1勝のみ。2020年以降の4戦も1勝1敗2分。2階級にわたって7度の世界戦を経験し、昨年3月にはアメリカでの防衛戦もクリアした京口とは"格が違う"ように思える。

未知数のメキシコでの戦い

 京口の不安材料は、度重なる故障で2019年10月以降にわずか1戦しかこなしていないこと。それでも、武器の左拳がケガで使えない間に右パンチが向上するという"ケガの功名"もあったという。ベルムデスのほうも試合は1年以上ぶりであるため、前戦から間が空いたという点ではそれほど変わらない。

 全体の技術、大舞台での経験では京口が上回っており、スーパー王者は「(レベルの)差を見せたい」と断言している。相手の不用意な一発を浴びない限り、引き出しの多さで上回る京口が差をつけての判定か、終盤のストップ勝ちを飾るといった結果が妥当だろう。

 もっとも、これまで述べてきたのはすべて『順調にいけば』『通常どおりなら』の話であり、敵地での戦いはさまざまな意味で勝手が違うものだ。とりわけ今回の決戦の場は、多くの日本人選手が進出するようになったアメリカではなく、日本人世界王者が戦う上でのノウハウが豊富とはいえないメキシコだ。

 当初は標高約2200mのメキシコシティでの開催だったのが、約1500mのグアダラハラに変更になったのは好材料だが、ふだんよりも高地で戦うことに変わりはない。対策として京口は、低酸素状態を作り出すテントや高地トレーニングが可能な施設での練習をこなしているものの、実際にリング上でどう感じるかは未知数だろう。

 水、食事、練習場所などの準備が難しいことに加え、当日の会場はベルムデスに対する応援一色のはず。京口を抱えるマッチルーム傘下の興行とはいえ、完全アウェーの雰囲気のなかで適切な判定が下るかにも不安は残る。

「それは心配な部分ではあるんですが、自分のボクシングができれば大丈夫かな。(よりはっきりした差を見せる必要性は)感じています」

 京口自身は常に前向きだが、ふだんとは違う気遣いが必要な時点でやはり厳しい条件ではある。母国で戦えるベルムデスが想定以上の力を出す可能性も考慮すると、今回の試合が"試練の一戦"であることは間違いない。

パッキャオのようなスターになるために

 しかし――。このような戦いも、京口はある意味で歓迎しているのかもしれない。メキシコでの防衛に成功すれば、日本人世界王者としては2009年5月、ジョニー・ゴンサレスを3回で沈めた西岡利晃(帝拳)以来。それほどレアなことをやり遂げることへの野心が、京口のなかにあるに違いない。

「そうじゃないと評価されない、というわけじゃないけど、より評価を得るには海外での試合が一番の近道だと思っています。(ただ勝つだけではなく、)内容も問われると思っているので、圧倒して勝ちたいですね」

 2階級王者で、歴史ある『リングマガジン』からも"ライトフライ級最強の男"として認められている京口だが、軽量級選手ゆえに世界的な知名度は高いとは言えない。今後、このまま連勝街道を突っ走ったとしても、欧米でスターダムに到達するのは容易ではないだろう。そんななかで、「世界的にも注目されるようなボクサーになりたい」と公言する京口は、何を目標にし、何にトライするべきなのか。

 昨年3月、アメリカで行なわれたアクセル・アラゴン・ベガ(メキシコ)戦の後、プロモーターのエディ・ハーン氏は「まずはライトフライ級を統一し、その後にフライ級に上げてほしい」と希望を述べた。

また、『リングマガジン』のダグラス・フィッシャー編集長は、京口が同誌のパウンド・フォー・パウンド・ランキングに入る条件を聞かれ、「ライトフライ級の4団体統一王者になるか、フライ級に上げて印象的な形で3階級制覇を果たすか。その2つの条件のうちのひとつをクリアすること」と話していた。

 今回の試合はハーン氏、フィッシャー氏が望んでいた「他団体王者との統一戦」でも「3階級制覇挑戦」でもないが、それにつながる試合と考えることはできる。

 京口が「ボクシング王国」と呼ぶメキシコに乗り込み、同国のタイトルホルダーに勝てば必然的にインパクトは大きくなる。相手を圧倒する内容なら、統一戦をはじめ、さらなるビッグファイトを期待する声は大きくなるに違いない。そう考えると、格上のスーパー王者でありながら、あえて正規王者の母国に乗り込んでいく今戦は、京口にとって真の意味での"世界進出の第1歩"と捉えることもできる。

「マニー・パッキャオは格好いいですよね、(敵地で強豪を)"喰って"いってスターになったんですから」

 ベガ戦後、目を輝かせてそう述べた京口は、かつてそのパッキャオが成し遂げたように敵地で強烈な輝きを放てるか。待望のスターダムに向けて、ここで重要な足跡を残せるか。

 DAZNで全米に配信される注目の一戦で、負けは論外、苦戦もダメ。明白な力を見せつけ、メキシコ、日本、そしてアメリカのファンにアピールする形で勝ち抜くことが、京口に課せられた使命になる。条件的には簡単な仕事ではないが、難しいからこそ、やり遂げた時に得られるものも大きくなるはずだ。