2020年シーズンを最後に、実家の寺を継ぐためにNPBの審判を引退した佐々木昌信氏。公式戦通算2414試合に出場し、日…

 2020年シーズンを最後に、実家の寺を継ぐためにNPBの審判を引退した佐々木昌信氏。公式戦通算2414試合に出場し、日本シリーズも6度出場。そのほか日米野球でも球審を務めるなど、名審判として鳴らした。これまで、印象に残った投手や捕手、外野手について語ってもらったが、今回は佐々木氏が「選手としても監督としてもすごかった」と語る落合博満氏について話を聞かせてもらった。


2009年のヤクルト戦で猛抗議をする中日時代の落合博満監督(写真中央)

落合監督の

「男気」退場劇

 私は29年の審判生活のなかで、3回退場宣告をしたことがあります。そのなかのひとりが中日の落合博満監督(当時)です。忘れもしない2009年10月11日の神宮球場でのヤクルト戦のことです。

 中日が3対2とリードの7回裏、一死一塁からヤクルトのジェイミー・デントナ選手がレフトポール際に大飛球を飛ばしました。私はレフトポールの真上を打球が通過したと判断し、本塁打とジャッジしました。打ったデントナ選手はダイヤモンドを悠々と1周してホームイン。

 ところが、その直後に問題が起きたのです。球場の電光掲示板にリプレー映像が流れたのですが、それを見る限り、明らかにファウルに見えると、落合監督が抗議してきました。守っていた野手を全員ベンチに引き揚げさせるなど、徹底抗戦の構えを見せたかに思ったのですが......実情は少し違っていたのです。落合監督は私にこう言いました。

「打ったバッターがうまかったから黙っていようと思ったが、あの映像を見せられたら、悪いけど監督の立場として出ていかないわけにはいかない。かといって、判定をくつがえすわけにもいかないだろう。いいよ、オレが退場になるから。退場のルールって5分だったよな。5分測ってくれ。代理監督はシゲ(森繁和)だ」

 落合監督は抗議というより、場を丸く収めるために"男気"を見せてくれたのです。あの時は、落合監督に救われました。

 退場処分にさせてもらい、私はファンに事の成り行きを場内放送で説明させてもらいました。

「ただいまのヤクルトの"ブランコ"選手の打球に対して、中日の落合監督が5分以上の抗議をしましたので、遅延行為により退場とさせていただきます」

 2日後、事務所に呼び出され上司と映像を確認しました。

「これが問題の映像だ」
「でも、映像の角度が......」
「君がそう見えたなら仕方ない。だけど場内放送の時、選手の名前、間違ってないか?」

 結局、始末書を書くことになりました。

ベンチから投手の調子を完全掌握

 2010年前後、セ・リーグを代表する投手に中日の吉見一起投手がいました。08年から5年連続2ケタ勝利。09年と11年には最多勝のタイトルを獲得しました。

 吉見投手はすべての球種でストライクがとれました。とくに、右バッターのインコースのボールゾーンからストライクになるスライダーは抜群でした。曲がりが遅いので、バッターはボール球だと判断して必ず見送ります。バットを出してもファウルにしかなりません。

 そのボールのキレがいいということは、当然、左バッターに対してはアウトコースの外から入ってきてストライクになる、いわゆる"ハチマキ"も絶品で、まさに無敵でした。

 9イニング平均与四球率1.57個という抜群のコントロールが武器だけに、球審として困ることもありました。

 それだけ制球力抜群の吉見投手ですが、人間ですから年に数回は微妙にコントロールを乱すことがあります。さすがにボール1個分外れると、プロの球審として「ストライク!」とは言えません。

 ただ、誰もが「吉見投手はコントロールが抜群」という大前提で見ているため、際どいコースを「ボール」と判定すると、「見極めができない球審」というレッテルを貼られてしまうんです。

「佐々木球審、今日はアウトコース、ちょっと辛くねえか?」

 ダグアウトからはボールの高さはわかっても、コースまでは判断できません。でも、落合監督はちゃんと見ていてくれていました。その試合、早い段階で吉見投手を降板させることになるのですが、交代を告げる際、落合監督はこう言ってきました。

「外、全然外れているのか?」
「はい、全然です。今日は早く曲がりすぎます」
「だろうな。おまえのせいじゃないから、気にしないでやれ」

 早い段階でボールが変化するより、バッターの直前で変化するほうが威力はあります。「今日は曲がりが早いので、打者を打ちとれず交代させる」という落合監督の見立てと、球審の目が同じだったかの確認だったのです。

 打ちとる打球から、投手の調子を判断する。落合監督のすごさを再認識させられました。

正真正銘のアーチスト

 また私は日米野球の球審を務めた経験があり、日本人選手と外国人選手のスイングの違いを見せつけられました。最も大きな違いは、投球を見逃すタイミングでバットが出てくるのがメジャーリーガーで、「1・2・3」とタイミングをとってスイングするのが日本人選手。だから、メジャーリーガーはバットを振るのか振らないのかがまったくわかりません。

 ただ、日本人選手のなかでもメジャーリーガーのように、スイングするのかどうかわからない選手がいました。それが現役時代のイチロー選手と落合さんでした。

 イチロー選手は、アウトコースのボール球を見逃すかと思った瞬間、いきなりバットが出てきてレフト線へ二塁打。メジャーリーガーのようなスイングをする日本人選手がいるんだと......その後、メジャーでも大活躍するわけですが、あの頃からメジャーリーガーと遜色ないスイングをしていたのが今も印象に残っています。

 一方、落合さんは左投手のインコースに入ってくる変化球を「見逃すかな」と思ったタイミングで振り出して、ライト方向にホームランしたバッティングが記憶に残っています。

 落合さんは現役引退後、「オレが本当に苦手なのはアウトコースだが、インコースをライト方向にうまく打てたから、アウトコースはもっとうまく打つんだろうと思ったのか、ほとんど投げてこなかった(笑)」と述懐していたそうですが、技術力が突出していました。

 スイングスピードに関しては、落合さんはそれほど速いとは感じませんでしたが、打球に勢いがあってスタンドインしていましたね。ミート力はもちろん、ボールに力を伝えるのがうまかったのでしょう。打球が大きな弧を描いてスタンドインする。文字どおり「ホームランアーチスト」という表現がピッタリの選手でした。