昨年の晩秋に「Sakura Rolling Hills」と名付けられた福島県の石川町と古殿町に延びる桜の美しい40kmほどのコースを走った。里山の風景がとても美しく、グルメも含め、魅力的だったこともあり、ルートのシンボルでもある桜の開花時期…

昨年の晩秋に「Sakura Rolling Hills」と名付けられた福島県の石川町と古殿町に延びる桜の美しい40kmほどのコースを走った。里山の風景がとても美しく、グルメも含め、魅力的だったこともあり、ルートのシンボルでもある桜の開花時期に走りたいという思いを強くした。その思いを共感したメンバーが再集結し、早くもこの春に「リベンジ」を叶えることになったのだ。

前回のライドの様子はこちら

少し説明すると、このコースは、福島(F)・茨城(I)・栃木(T)3県の那須岳・八溝山を中心とした県際地域と、阿武隈山系と八溝山系からなる阿武隈地域を合わせた「FIT阿武隈地域」が提案するモデルコースのひとつ。丘陵地帯を縫って走る形にはなるのだが、勾配がなだらかで、交通量も少なく、走りやすい。この土地特有のどこか懐かしさが漂う里山に加え、田園風景や森など心安らぐ景観の中を走るルートは、日本人のこころに響く。それだけに留まらず、海外のサイクリストたちの多くも、この「ニッポンの美しい田舎風景」に出合い、感動するそうだ。

「Sakura Rolling Hills」は母畑温泉の「八幡屋」というホテルからスタートする。コース沿線の地域には桜の名所が多く、一本桜から桜並木まで、さまざまな桜を愛でられるようにコースが設計されている。どの季節でも、四季折々の里山の美景を楽しめるのだが、やっぱり一度は、桜に染まったコースを見てみたいもの。今回は、この地域でツアーを行う「ライドエクスペリエンス」の山本徹也さんも加わって、春ライドが決行されることになった。
計画された日程は、4月9日。想定していたより早かったが、昨年は4月11日のライドで満開の桜に出合えたという。桜の開花日は早まっており「桜開花予想」の難しさは承知の上で、9日早朝、日帰り桜ライドに繰り出した。

集合時刻に「八幡屋」に到着すると、もう他のメンバーは着替えも終え、自転車をセットして談笑しながら待機していた。大慌てでライドの準備を進める。天気は最高で、気温はこの時期としてはやや高めだが、快適だ。まさに、自転車日和。



やる気に満ちたメンバーは八幡屋で準備を済ませ、すでに待機していた

山本さんが、この日はボランティア参加ながらもガイドの役割を果たし、ルートを説明してくれて、スタート。



桜に彩られた川沿いを走る

まずは、石川町の中心街方面に向かう。北須川沿いに自転車を走らせると、さっそくピンク色の花をつけた桜並木が現れた。川岸や道路沿いは黄緑色の若草で覆われており、走るとピンクと黄緑の春の色彩が目に飛び込んで来る。心が躍る眺めだ。このエリアでは桜の開花時期は「いしかわ桜谷スプリングフェスタ」と題し、桜のライトアップが施されているようだ。今目の前にある風景は鮮やかだが、ライトに照らされた幻想的な夜桜も美しいに違いない。

町役場を越え、先導していた山本さんが止まり、右手に視線を向ける。視線の先にある坂の上には、大きな風格のある桜が、満開の枝を広げ、やさしく立っていた。
あった! 高田桜だ。
皆、いっせいに自転車を押して急坂を上って行った。



美しい高田桜を前に、坂を駆け上がる



樹齢500年の高田桜。大きさも、美しさも、圧巻だ。フレームに入りきらない!

この桜は樹齢500年とも言われる巨樹で、高さは17m、幹の周りはなんと6m20cmにも達する名木だ。写真を撮ろうとしても、近くからではフレームに全体を収めることができないほど大きい。すぐ近くに民家もあり、地域の方々の生活の中に、この大きさの桜がしっくりと入り込んでいることが不思議に思えるが、今ここに生きているどの人間より、昔からここに立っていることを考えれば、しごく当たり前なのかもしれない。



少し濃いピンク色の「エドヒガン」。色味が濃いため、花ひとつひとつが際立って、華やかだ



展望スペースより。町内を一望することができる

高台に立つ高田桜のさらに上に展望スペースが設けられており、ここからは高田桜越しに町内の景観を楽しむことができる。圧巻の眺めだ。石川町には2000本もの桜があると言われており、開花する桜の品種の移り変わりも楽しめることだろう。ちなみに高田桜は「エドヒガン」という彼岸時期に咲く早咲きの桜。ソメイヨシノより少し濃いピンク色の花をつける。
名残惜しくも高田桜を後にし、石川町の中心街へ。ここで立ち寄るのは、今回も「お菓子のさかい」だ。

※スイーツでも、探し求めるのは「桜」!?
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前回は悪天候で、大急ぎの立ち寄りになったが、今回は好天につき、かなり余裕がある。パン、和菓子、洋菓子、生ケーキとラインナップが豊富なのだが、春らしい色味や、桜をかたどったパンなど、季節の商品が多く、前回の来訪時と比べ、ラインナップがほぼ入れ替わっていた。時間は前回よりあれど、見て回るほどにどれも欲しくなって「買うものを絞り込めない事件」が発生する。



桜をかたどったパン



スイーツも豊富

悩み抜いた結果、「お菓子のさかいが創業108年目に見つけた、卵と牛乳の黄金比」というポップに惹かれ、ふわふわのパンケーキサンド「うふれっと」に決めた。フランス語の卵「うふ」と牛乳「れ」から名付けられているそうだ。フレーバーは、さくらもちが挟まれているという季節限定のものをチョイス。今回の走行メンバー中、3名がこれを選んでいた。さすが、桜がテーマのライド。



ふわふわのパンケーキサンド「うふれっと」。季節限定のさくらもち風味は春らしいルックスも、味も◎

外に出て、さっそくいただくと、通常のパンケーキともシフォンケーキと異なる食感で、ふわふわながらも、キメの詰まった極上の生地。この間に桜の香りのクリームと、ぎゅうひが挟まれ、和風のテイストも醸し出している。あっという間に食べてしまった。もう2つくらいイケる軽さ!
このままここにいると買い物が止まらない危険があるため、出発することにした。美しい川沿いを行く。桜の種類や日当たりなどの条件により、咲き始めたばかりの桜もあれば、満開の桜もあり、走っていてもとても楽しい。



黄緑色の川岸とピンクの桜。春満開だ



橋の上から春の景観を楽しむ一行

桜並木を抜け、川と並木を見晴らせる橋の上で小休止。若草に覆われた川岸と桜の木々が並ぶ様子が、のどやかで、美しい。



桜のトンネルを潜り抜ける

写真撮影などを楽しんだ後は、桜のトンネルを抜けたり、美しい並木を愛でたりと、自転車散策をたっぷりと楽しんだ。
ここから、ヒルクライムパートが始まる。この土地で開催が続いているロードレースのコースとしても有名な上りに差し掛かる。前回走った時に比べると、圧倒的に緑の量が増えていた。まだ葉をつけていない木々も当然多いのだが、ここから新芽が生まれてくるという息吹のようなものが感じ取れる春の景観には、見ているだけで元気をもらえるようなパワーがある。



ヒルクライムがスタート



美しい田園風景の間を抜けていく

里山を越え、古殿町へ。ここも桜で有名な町である。
前回訪れたときは、霧が漂い神秘的だったが、今回は晴天に恵まれ、山々と林、田園風景とが織りなす昔話のような光景も陽の光に輝いていた__。

鮫川沿いには1000本を超える桜が並ぶ。この桜並木がピンクに染まるさまを見にきたのだが、残念ながら、桜の花は、まだ開いていなかった。各所に黄色いスイセンが咲いていたのだが、今年は花の季節がずれたのかもしれない。少し残念には思ったが、桜のつぼみはいまにも開きそうなくらい膨らんでいる。こういう「希望いっぱい」のオーラを味わうことも、価値があるかもしれない。



桜の季節には少し早かった、残念!

※ランチは郷土食の農家レストランへ!
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さて、ランチにしよう! 今回もこだわりの郷土食を提供する農家レストラン「小澤ファーム」を伺った。時期が早く、期待していた「桜の花の天ぷら」は叶わなかったが、今回も土地のものを生かした料理がたくさん並んでいた。



小澤ファームに到着!



地域の素材を生かし、手をかけた料理が並ぶ特製ランチ

「このあたりには山菜が豊富だから、今回は山菜をふんだんに使いましたよ」と、笑顔で語る女将の啓子さん。おにぎりは、「イラクサ」を混ぜ込んだものと、ふき味噌の焼きおにぎりの2つ。ウドなど春の香りの山菜や、鮮やかな黄緑に茹で上げられた野菜も添えられ、春の香りがいっぱいだ。噛み締めると野菜はシャクシャクと音がする絶妙なゆで加減。素材の味、香りが生きている。

天ぷらの盛り合わせには、山菜や野菜とともに「凍み餅」も入っていた。「凍み餅」とは、餅を作り、硬くなってから水につけ、冬の夜に屋外で凍らせ、さらに乾燥させて仕上げる地域に伝わる保存食。この「凍み餅」は、地元に語り継がれるレシピをもとに、啓子さんが仕込んでいる。啓子さんが「ごんぼっぱ」と呼ばれる「ヤマゴボウ」の葉を見せてくれた。この葉の繊維が入ることで、乾燥した「凍み餅」を水につけ、再度ふやかしても崩れなくなるという。独特の食感を生み出すために、あえて米粉で作っているとの秘密も教えてくれた。



山菜や凍み餅の天ぷら。食感も香りもひとつひとつ異なり、食べるのが楽しかった



寒天や焼き凍み餅、干し芋などが並ぶデザート



この「凍み餅」の隠れた主役「ごんぼっぱ」

水で戻した「凍み餅」自体は、ゆべしに近い、ねっちょりとした食感なのだが、さっくりした天ぷらの衣に包まれることで新たなアクセントが加わり、抹茶塩でいただくことでさらなる風味がプラスされる。これだけの食物繊維が加わっていれば、餅といえど、血糖コントロールが必要な方でも食べられるのではないだろうか。
季節を感じ、目でも、食感でも、味でも楽しめるランチだった。ごちそうさまでした!
ほぼ全員が土産に「凍み餅」を買い、「小澤ファーム」を出た。「今年は花が遅くて」と、庭のこぶしの木を見て啓子さんが語る。「どの花も、開花が遅れているんですよ」。



女将啓子さん、お孫さんを交えて記念撮影

ライドはこのあたりが中間地点となる。古殿町の中心街に向けて出発した。
鮫川沿いでは、行きよりも、開花した花が増えているように見えた。この日は晴れて気温も高く、この小一時間の間にも、開花した桜があるようだ。「満開になったら、きれいなんだろうな」と、思わず呟くと、山本さんが昨年同時期のライドの動画を見せてくれた。自転車が満開の桜を抜ける光景に、声が上がる。「今年は開花がずれましたね」と、山本さん。難しいからこそ、日本人は桜へ特別な思いを抱くのだろう。
ちなみに、数日後にはこのルートも満開を迎えたようだ。古殿町役場に、満開時の画像を提供してもらった。



1000本もの桜が花を咲かせる鮫川沿い。この田園風景だけでも、心を和ませ、幸せな気持ちにしてくれる特別な空間ではあるが、桜の霞の中を走り抜けるのは最高の経験になるだろう。

豊国酒造が立つメインの通りを抜け、一行は「古殿八幡神社」へ。1064年に建立されたという由緒ある神社で、流鏑馬が行われることで有名だ。前回訪問時は、イチョウの巨木から舞い落ちたイチョウの葉で敷地内黄色く染まり、まばゆいほどだったのだが、この日は歴史の重みを感じさせる厳かな神社が、その姿のままで我々を出迎えてくれた。



「古殿八幡神社」へ

「あれ? この狛犬、子どもがいる!」
鳥居の前に据えられた狛犬を見ていたメンバーから声が上がった。近くに行ってよく見ると、向かって左側の狛犬のお腹の下に、ちいさな子ども狛犬が手足を懸命に突っ張って立っているのだ。かわいい! 思わず釘付けになった。前回のライドでは、まったく気がつかなかった。



腹部の下に守られるような形で子狛犬が彫り込まれた古殿八幡神社の狛犬

この狛犬は福島県で活躍した石像彫刻家、小林和平が手掛けたものだった。建立は昭和7年とのこと。小林和平には子どもが3人いたが、3人とも成人することなく他界している。そんな子供たちへの想いが彫り込まれた狛犬なのかもしれないと思うと、とても切ない思いになった。後からわかったことだが、石川町の「石都都古別神社」には、3頭の子狛犬が精緻に彫り込まれた狛犬が据えられているそうだ。いつか、その3頭の子狛犬たちにも会いに行かなくてはいけない。細部まで精巧に彫り込まれた子狛犬を前に、強くそう思った。

※いよいよライドも終盤へ。いざ、幸右衛門櫻へ!
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ここからこのルート内最大のヒルクライムパートが始まる。とはいえ、ペースを守れば、ビギナーでも上れる勾配だ。



ルート内最後のヒルクライムパートへ



勾配がややきついところもあるが「がんばる区間」があるからこそ達成感も大きい

穏やかに春を迎えた里山の中を走る。まだ枯れ木も残り、冬の景観に近い印象もあったが、通り過ぎる田園風景の中の土の色や、草の色、芽吹き始めた小さな新芽などから、冬が終わり、あたらしい生命が生まれる季節を迎えたことも感じられた。これから、日に日に春の色に彩られていくのだろう。



随所に「春の景色」を見つけて楽しむ



地域の集落に入り、軒先を走る。どこか懐かしさを感じる風景が広がる

「幸右衛門櫻」に向かう登坂がこのルートの最後の難所。ここが最後!と、渾身の力で坂を上る。峠では満開の桜が、皆を迎えてくれるはず、だったが、今回は膨らんだつぼみを付けた「幸右衛門櫻」が穏やかに我々を迎えてくれた。
「幸右衛門櫻」は、かつて狼に襲われた幸右衛門が、ふんどしに火を点けて狼を追い払い、この木の上に逃れ、一夜を過ごし、助かった、という伝説のある名木。ツッコミどころの多い伝説だが、この木が満開を迎えた姿の美しさは、疑う余地もない。
一緒に走ってくれた山本さんが前年のライドで撮影したという写真を見せてくれた。



2021年4月のライドの「幸右衛門櫻」。※ライドエクスペリエンス提供

満開ではないが、花を咲かせた桜の様子を思い計ることができた。



満開の「幸右衛門櫻」 ※石川町役場提供

実は石川町の町役場にも聞いたのだが、「幸右衛門櫻」の満開の写真は、過去のデータベースにもほぼなく、かなり昔のものしかないとのこと。ようやく1枚見つかったとのことで、譲り受けることができたが、今年も「幸右衛門櫻」は花を咲かせた期間があまりに短く、誰も撮れなかったと語ってくれた。幻の桜なのかもしれない。いつかこの目で、満開の桜を見てみたい。
休憩がてら、幸右衛門の伝説について語り合い、そして母畑温泉に向けて出発した。
道中も、春を迎えようとしている田園風景や集落の様子が美しく、ときどき自転車を止めて写真に収めた。まだ記憶に残る前回の景観と比べ、確実に季節が変わっているのが、なんとも感慨深かった。

下り切ると、母畑温泉の街に入る。山道と比べると、気温も少し違うようで、街の空気を暖かく感じる。



母畑温泉に帰着! 楽しかった

スタートした「八幡屋」に到着し、ライドはここで終了。人気の風呂に日帰り入浴をして、帰路に就いた。
一部の桜には出合えなかったが、そこかしこに春の訪れを感じ取ることができ、なんともいえないワクワク感を抱きながら走ることができた。「四季」のある日本ならではの楽しみだろう。
同じコースを晩秋と春に走ったことになるが、それぞれの魅力があった。田んぼに青々と稲が育ち、草木に緑の葉が茂り、すべてに勢いがある盛夏の光景も、美しいだろう。季節ごとの細やかな変化を楽しめて、どの季節も美しい景観が望めるコースは「定番コース」になりうると思う。
石川町、古殿町、どちらにもまだまだ魅力が詰まっていそうで、探索する価値がありそうだ!
FIT阿武隈地域は県境をもまたいでおり、楽しみ方にも多様な選択肢がある。すでにたくさんのコースが提案されており、それぞれの脚力や趣向に合ったルートを探すことができるだろう。さて、次は、どこに行ってみようかな。

画像協力:古殿町役場、石川町役場、ライドエクスペリエンス、編集部