プライム・ビデオ ジャパンカントリーマネージャー児玉隆志氏インタビュー第1回 ボクシングのWBAスーパー&IBF世界バンタム級王者・井上尚弥(大橋)とWBC世界同級王者ノニト・ドネア(フィリピン)の3団体統一戦が7日にさいたまスーパーアリー…

プライム・ビデオ ジャパンカントリーマネージャー児玉隆志氏インタビュー第1回

 ボクシングのWBAスーパー&IBF世界バンタム級王者・井上尚弥(大橋)とWBC世界同級王者ノニト・ドネア(フィリピン)の3団体統一戦が7日にさいたまスーパーアリーナで行われる。「モンスター」の異名を取り、世界のボクシングシーンで注目される井上の試合を独占ライブ配信するのが、動画配信サービス大手「Amazon Prime Video(アマゾン・プライム・ビデオ」だ。4月に「日本ボクシング史上最大のビッグマッチ」と謳われた村田諒太(帝拳)とゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)のWBAスーパー&IBF世界ミドル級王座統一戦でスポーツのライブ配信に初参戦。独占配信し、スポーツビジネスの世界で強いインパクトを残した。

 映画、ドラマ、バラエティ、アニメなどを視聴できるサービスとして国内で圧倒的会員数を誇る同社。なぜ、「スポーツのライブ配信」という新たな領域に打って出たのか。そして、近年加速する「スポーツの有料配信」の未来はどうなるのか。日本における映像コンテンツ製作と買い付けの責任者を務めるプライム・ビデオのジャパンカントリーマネージャー児玉隆志氏が「THE ANSWER」に語った。全3回で掲載するインタビュー第1回は「Amazon プライム・ビデオ」がスポーツ界に参入した理由について。なかでも、数ある競技からボクシングを選び、配信するまで、実に2年に及んだ舞台裏を明かした。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 世代を問わず、認知される「Amazon プライム・ビデオ」がついにスポーツ界に参入した。

 4月9日、さいたまスーパーアリーナで行われたボクシングの村田―ゴロフキン戦。五輪金メダリストとなった王者が、世界的にスター選手が揃うミドル級戦線で、21世紀のボクシング界レジェンドと日本のリングで激突――。報道によれば、推定20億円という前例のない興行で、村田は中盤まで善戦。9回2分11秒TKOで敗れたものの、ボクシングの魅力が凝縮された試合は観る者の心を揺さぶった。そして、この夢舞台を日本国内で中継したのが「Amazon プライム・ビデオ」である。

 試合後、サービス内のカスタマーレビューで500件近い反応あり、5段階で「3.9」の高い評価がつけられた。

「やはり、お客様が喜んでいただけるかどうかが一番ですから。村田選手をはじめ(当日の興行の)試合が素晴らしかったという評価はもちろん、我々としては動画配信のわりには映像が滑らかに動いていたという評価を得られたことは大きかった。加えて、サービスサイドの立場からしても、つま先立ちの高い目標を設定するAmazonのカルチャーの中で、目標以上の視聴者数、新規加入者という成果を出せた。これから、スポーツを手掛けていく上で凄く意味のある第1回でした」

 ビジネス領域の責任者として奔走した児玉氏は、そう振り返る。

 興行が発表されたのは、昨年11月12日。当初12月29日に予定されていた試合は、オミクロン株の感染拡大の時期と重なり延期に。その期間も含めた5か月、PRに社を挙げて力を注いできたが、想定以上だった成功の理由は、それだけではないと感じている。

「村田選手とゴロフキン選手、2人のこの試合に懸ける想いが伝わったのではないでしょうか。ボクシング界はコロナで長らく試合が組めず、村田選手は2年以上も空いた。今回の試合も4か月ずれ込みながら、2人はつらいトレーニング、体調管理を続け、ゴロフキン選手は日本にいつ入ってこられるか分からないにも関わらず、待って試合をやろうと思ってくれた。そういう選手の心理は観る人に伝わるもの。我々もゴロフキン選手が待ってくれたことは、心から嬉しかったです」

 相手は試合ごとに数十億円の金額が動くメガスター。本場・米国を中心に、ビジネスのターゲットにされるのは当然のこと。「試合がこのまま流れてしまうのではないか」という不安もあった。しかし、多くの情熱によって、26分11秒のドラマが生まれた。

 では、なぜ「Amazon プライム・ビデオ」のスポーツライブ配信第1弾として、あまたある競技からボクシングを選んだのか。

国内で圧倒的シェア獲得も、未開拓だったスポーツ領域

「Amazon プライム・ビデオ」は日本では2015年9月に定額制動画配信サービスを開始。全世界2億人以上の会員数を誇り、月会費500円、年会費4900円で1万以上の作品を視聴できる。

 2021年にメディア・パートナーズ・アジア(MPA)が2021年10月に公表した調査によれば、同年8月末時点での日本の定額制動画配信の有料会員数は4400万人。シェアはAmazon プライム・ビデオ33%(Netflix14%、Hulu6%)だったという。

 これまでは映画、ドラマ、バラエティ、アニメなどエンタメコンテンツが中心。スポーツは未開拓の領域だった。

「我々も海外では先行して、スポーツを配信していました。米国ではアメリカンフットボール、フランスではテニスの全仏オープン、英国ではサッカーのプレミアリーグなど。その国の皆さんが観たい最大公約に優先順位をつけ、ニーズにお応えしていくべき。ただ、映画、ドラマ、バラエティなどがありながら、スポーツという凄く大きな領域がすっぽりと抜けていた。本当はあって当たり前のものですが、日本でもやりたかったけど、なかなかコンテンツが見つからない、そういう状態でした」

 日本では野球・サッカーの2大スポーツが定着し、次いで季節性のある競技が普及している。その領域はすでに権利も押さえられ、“大衆向けのコンテンツ”はすなわち“地上波向けのコンテンツ”という見立てがあった。その中で、狙いを定めた競技の一つがボクシングだった。

「第1回をやるのであれば、中途半端なものはできない」という覚悟の下、目玉コンテンツとして水面下でさまざまな交渉を繰り返した。打診しては断られ、逆にもらったオファーを心苦しくも断ったこともある。本気だったから、妥協を避けた。スポーツ参入を画策してから2年以上が経過した。

 なかでも、ボクシングにはある魅力を感じた。

「日本ではメジャースポーツではないかもしれない。人気投票で『どのスポーツが好きか?』と聞けば、トップ10に入らないかもしれない。しかし、ボクシングが素晴らしいのは『村田―ゴロフキン』ならトップ10の上位に来るかもしれないこと。試合ごとにパワーが全く変わってくる。コンテンツとして凄くクリエイティビティが発揮できる。季節性が少なく、瞬発力あるイベントとして成立する。配信向けであり、我々のような後発の新しいメディアにもチャンスがある、と」

 村田―ゴロフキン戦は喉から手が出るほど欲しいコンテンツ。数か月にわたる交渉の末に契約をまとめた。

 先行してライブ配信事業を手掛けていた海外チームの知見、協力もあって、無事に成功。中継にとって、最も重大なインシデントである配信事故もなく、「映像が滑らかだった」という評価の裏には、多くの努力もあった。

「マストウォッチです。必ず観なければならないコンテンツだと言われていましたし、我々もそう信じて全力でやらせていただきました」

 信じた想いは、予想以上の成果で実を結んだ。

 一方で、スポーツの有料配信を巡っては、一部から「新規ファンの獲得チャンスを狭めるのではないか」という指摘もある。ただ、「Amazon プライム・ビデオ」は決して、その限りではない。村田―ゴロフキン戦の試合後、ある興味深いデータが得られたという。

(5日掲載の第2回に続く)

■Amazon プライム・ビデオ

 2015年9月に開始した定額制動画配信サービス。会員数は全世界2億人以上。月会費500円、年会費4900円(サービス開始日、会員費は日本のもの)。プライム会員は「プライム・ビデオ」のほか、Eコマースの配送特典、音楽配信などのサービスが利用できる。プライム・ビデオ ジャパンカントリーマネージャーの児玉隆志氏は慶大卒業後、ニューヨーク大でMBAを取得。地上波放送業界、ウォルト・ディズニー・ジャパンなどを経て、2017年10月にアマゾンジャパンに入社。日本における映像コンテンツ製作および買い付けの責任者を務める。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)