柳田殖生ファーム守備走塁コーチは現役時代は内野手としてプレー DeNAが球界に新しい風を吹き込んでいる。2018年からフ…
柳田殖生ファーム守備走塁コーチは現役時代は内野手としてプレー
DeNAが球界に新しい風を吹き込んでいる。2018年からファームで打撃コーチ、内野守備走塁コーチを務めてきた柳田殖生氏が、外野“未経験”ながら、外野守備コーチの役割を担っている。現役時代は内野を全て守ることができる万能選手が、なぜ“外野守備コーチ”になったのか。起用を決めた三原一晃球団代表は手応えを感じ、仁志敏久ファーム監督はその指導ぶりに「名コーチの域に入ろうとしている」と高く評価している。【楢崎豊】
驚きと戸惑いが体中を支配していた。柳田コーチは2020年、秋のフェニックスリーグを終えた頃、萩原龍大チーム統括本部長から「来季は外野手(のコーチ)でお願いします」と伝えられた。肩書きは『ファーム守備走塁コーチ』。だが、教える相手はベイスターズの未来を担う外野手たちだ。
柳田コーチ 「毎年、コーチのオファーを単年で頂くのですが(外野指導は)やったことがないので、不安しかなかったですね。自分ができるのだろうかと思いましたし、『僕でいいんですか?』とまずお聞きしました。とりあえず、『1日、待ってください』と返答しました」
候補者は他にも数名いたが、三原球団代表は柳田コーチのこれまでの指導ぶりを高く評価していた。月に1回ある育成会議での発言や、グラウンドで選手たちと向き合う姿を見て、「新しいジャンルではあるけれど、彼ならばやってもらえるだろうという期待を込めた」。球団としても、新たな挑戦をすることにした。
柳田コーチはプロ入り前、NOMOベースボールクラブで中堅手の経験が2か月程度あるだけで、そこは未知の領域だった。予期せぬ打診に悩み、先輩の小池正晃1軍外野守備走塁コーチに相談もした。どのポジションのコーチに就いたとしても、選手の未来を預かる身。中途半端な気持ちで引き受けることはできなかった。
柳田コーチ 「覚悟を決めないといけないですからね。やると決めたら、もう戻れない。本当にできるのかを1日半考えて、お受けする連絡をしました。球団や小池さんから『自分の色を出していってほしい』と言っていただけました。自分が培ってきた内野の動きが、外野手に通じるものがあるのではないかと思いましたし、野球指導の引き出しも増えるのではないかと。良いチャンスをいただいたと前向きに捉えました」
投手から外野コンバートした勝又温史選手の成長を実感
ゼロからのスタートだった。柳田コーチはまずは選手の「体の動き」に着目した。ボールの追い方、切り返し、スローイング……トレーナーと話をして、スムーズな動作を手に入れるための練習メニューを決めて、取り組んだ。
自分が“外野未経験”であることを隠すことはしなかった。入団間もない若い選手にもこれまでどのように守備を教わってきたのか、考え方を聞いた。“外野コーチ”1年目は、高校(福知山成美)の後輩でもある桑原将志外野手がファームキャンプスタートになったため、若手の手本になってもらうことを依頼した。コーチとしても、勉強させてもらった。
その学びの姿勢に仁志ファーム監督も感じるものがあった。現役時代から引退後も多くのコーチを見てきたが、柳田コーチのきめ細かい指導はこれまでのコーチに引けを取らなかった。
仁志ファーム監督 「元々、“わからない”という所からスタートをしているので、いいと思えることを何でも吸収しようとしている。専門のコーチにも疑問があれば、素直に聞くことができるし、適正な動作というものが何かを聞き、練習に取り入れる。何と言うか、“つまらないプライド”が(柳田コーチには)なかったですね」
足元を見つめ、偉ぶらない。そして選手との対話を大事にしていた。練習メニューにフリスビーを取り入れ、目で目標物を捉えるトレーニングをした。他にも新しい発想はいくつも出てきた。仁志ファーム監督は柳田コーチの指導について「単なる技術練習ではなく、トレーニングを入れながら、その動きをきちんと獲得できるかという考え方で指導をしている」と絶賛。スポーツ科学の観点で、理に適ったものを導入していることにも目を細めていた。
試行錯誤しながらも、柳田コーチは手応えをつかんできた。選手が試合でファインプレーを見せてくれた時よりも「選手の口から『こういうことができるようになりました』『少しずつ(いい方向に)変わってきた気がします』という声を聞くことができた時が嬉しいです」と充実感が湧くという。
今年、投手から外野にコンバートした育成の勝又温史外野手も指導をする一人。打撃ではイースタンリーグで5本塁打(6月1日時点)を放つなど好成績を残しているが、守備も着実に上達している。ゼロから外野手として作り上げる選手の活躍は、柳田コーチにとっても非常にいいモデルケースとなっている。
「最初は“素人”でも、送球も良くなりましたし、打者を見ながら一歩目を切れるとか、考えながらプレーができるようになりましたね。意見を交換したり、教えたことへのフィードバックがあったり……僕らは同じような(新たな挑戦という)境遇にあるので、お互いにプラスしかないですよね」
仁志ファーム監督は柳田コーチの指導ぶりに「個人的には想像以上だった」
次第に自信もついてきた。練習メニューを決める時も、試合中に外野手へ指示を出す時も、柳田コーチからの言葉には迷いや戸惑いがないのも印象的だ。
仁志ファーム監督 「今日はこういう練習をしますと報告を受ける時も、内容、目的が明確です。(球団から)難しいお願いをされたわけなのですが、個人的には(出来は)想像以上です。外野守備コーチとして“名コーチ”の域に向かっているのではないかと思います」
球団としても不慣れなポジション、それもファームという大事な育成機関に内野手の外野コーチを置くことに“リスク”があることを認識していた。だが、それ以上に柳田コーチの指導能力、勤勉さの方が上回ると判断した。2年が経過しようとしている今、それが間違いではなかったと実感している。
三原球団代表 「情報収集、研究熱心なところに期待を込めました。『前例がないからやめておこう』というのではなく、新しいことにチャレンジして得られる方が大きいだろうというベイスターズの基本的な考え方があります。そういう部分はこれからもずっと続いていければと思います」
球団も柳田コーチも“固定観念”を捨てて、新たな試みに挑んだ。肩書きなんて関係ない。指導者と選手の新たな関係がDeNAのファームから生まれた。
柳田コーチ 「今のところは何とか、やれていると思います(笑)。最初は外野手を外野手ではない人が教えていたら、やり残してしまうことや、気がつかない部分も多いのではないのかなと思っていましたが、それが古い考えであることがわかりました。体の作り、動きをしっかりと把握し、コミュニケーションをしっかりとることができれば、自然とその技術が身についていくと思っています」
なぜ、自分がその役割を任されたのかを考え、己にできることは何かと学んだ。余計なプライドは捨て、一方で持ち続けていたのは「いかに選手を導いてあげられるか」という情熱だった。DeNAのファームから吹きまれた風は、球界に新たな導きを運んできた。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)