伊藤華英の For Your Smile ~ 女性アスリートの未来のために vol.3池江選手は「毎回ベストパフォーマンス」 競泳界では、今年3月の国際大会日本代表選手選考会、4月末からの日本選手権、そして6月17日からのブタペストでの世界…


伊藤華英の For Your Smile ~ 女性アスリートの未来のために

 vol.3

池江選手は「毎回ベストパフォーマンス」

 競泳界では、今年3月の国際大会日本代表選手選考会、4月末からの日本選手権、そして6月17日からのブタペストでの世界選手権と、主要な大会が次々と開催され、少しずつ盛り上がりを見せています。

 女子選手のなかでは東京五輪2冠(女子200m・400m個人メドレー)の大橋悠依選手に注目が集まっていますが、やはり池江璃花子選手への関心はとても高いなと感じています。世界選手権には残念ながら出場できませんが、日本選手権では5種目で3つの優勝と、タイムも泳ぎも進化してきた印象です。

 この日本選手権での泳ぎには、センスを感じました。池江選手の泳ぎはダイナミックで、ひとかきが長いのが特徴。肩の柔らかさを生かして体をローリングさせながらも、軸のブレない泳ぎができ、水をつかむ感覚もとても素晴らしいと思いました。水のなかを滑らかに進む泳ぎを見ていると、「なんで速いのかな」と不思議に思うくらいです。



伊藤華英さんが絶賛する池江璃花子選手の泳ぎ

 ただ、大病を患い筋力が落ちてしまったために、彼女の大きな長所でもあったスタートの速さが、まだありません。今後、筋力が以前の状態に戻れば、スタートがもっと速くなり、さらにタイムを伸ばせるのかなと思います。

 それでも完全に病気前の泳ぎに戻るかというと、そうではないかもしれません。復帰した時には「ゼロからのスタート」とおっしゃっていたので、以前の泳ぎを追い求めるのではなく、今の体の状態のなかで最高の泳ぎを作り上げている感覚なのかなと思います。

 また、彼女の素晴らしいところは、その思考法にもあります。基本的にとても明るい性格で、それが競泳にポジティブに働いていると思います。一つひとつのレースにしっかりと向き合い、そこで出た課題を次のレースに生かす能力があります。

 多くの方々は、池江選手のひとつ前のレースのタイムと比較して、調子がいい悪いを判断しがちですが、結果が出なかったとしても、着実に前進している姿を見ることができているので、毎回ベストパフォーマンスだと私は思っています。今、そのくらい彼女はよくなってきているし、パリ五輪を見据えたトレーニングを積んでいけているんだなと感じます。

成田実生選手には「未来を感じる」

 そのほかの女子選手のなかで、注目を集めているのが、高校1年生(15歳)の成田実生選手です。先の日本選手権で、200m背泳ぎで2分10秒45の自己ベストで初優勝しました。まだタイム的には遅くて、2分5秒台や6秒台を出していかないと世界では戦っていけませんが、彼女が優勝したことについては未来を感じました。

 本来彼女は個人メドレーの選手で、日本選手権では200m個人メドレーで大橋悠依選手に次ぐ2位となり、400m個人メドレーでも決勝に進んで3位に入っています。背泳ぎはもちろん、平泳ぎもすごく速いので、ここから来年にかけてどのくらいタイムが伸びるのか楽しみです。

 今後、彼女が順調に成長していけるように、コーチ陣も慎重にサポートをしていて、取材を制限したりするなど、メンタル面での配慮も行なっています。15~16歳になると、自分で考えてトレーニングを行なう年齢になってくるので、コーチとの関係性も重要になってくるでしょう。個人的な印象にはなりますが、成田選手は度胸のありそうな顔つきですし、練習に真面目に取り組めるタイプだと感じていますので、コンディションをしっかり整えていけば、間違いなく伸びてくると思いますね。



女性アスリートが直面する問題を語る伊藤華英さん

月経周期はチェックしよう

 それから、成田選手のような年齢は成長期にあたります。この期間の女性には、とくに知っておいてほしいことなのですが、月経の課題が出てくるかもしれません。一般的に、日本人の初経の平均年齢は12歳です。初経がきて2~3年は月経周期が安定しないと言われていて、それ以降、年齢とともに悩みが高まってくる傾向にあります。

 これは成長期のアスリートだけでなく、スポーツをするすべての女性アスリートに伝えたいことなのですが、月経の周期はできる限りチェックしてほしいと思っています。先日、大学で講義を行なった際に、約半分の生徒が月経の周期について「何もチェックしていない」と言っていました。理由は「面倒くさい」「だいたいわかる」というものでした。

 チェックをすることによって、周期がわかるのはもちろん、人によってコンディションの波もわかるようになります。今後も自分の体とともに競技生活を歩んでいくわけですから、自分のコンディションを知る、最高のパフォーマンスを発揮するという意味でも、月経周期をチェックしておくことは、アスリートにとって大切なコンディションを整えることにつながると思います。

 また、小さい頃から体重管理をしなくてはいけない競技の選手に気を付けてほしいのが、無月経(視床下部性無月経=エネルギー不足によるもの)です。万が一、15歳になっても初経がきていない選手がいるなら、すぐに産婦人科に行ったほうがいいです。初経がこない選手や無月経になった選手は、骨の成長、内臓の成長に影響が出てきてしまいます。だから、いくら頑張っても筋肉がつかないとか、疲れがとれないなどの症状が表れたりします。なかには、何度も疲労骨折をしてしまい、引退を余儀なくされる選手もいます。

「月経がこなくてラッキー!」「止まって楽!」などの考えは捨て、月経が健康的にくることを前提とし、競技をするうえで適切な対処をしていく方法をとってほしいですね。

【Profile】
伊藤華英(いとう・はなえ)
1985年1月18日生まれ、埼玉県出身。元競泳選手。2000年、15歳で日本選手権に出場。2006年に200m背泳ぎで日本新、2008年に100m背泳ぎでも日本新を樹立した。同年の北京五輪に出場し、100m背泳ぎで8位入賞。続くロンドン五輪では自由形の選手として出場し、400mと800mのリレーでともに入賞した。2012年10月に現役を引退。その後、早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学研究科に通い、順天堂大学大学院スポーツ健康科学部 博士号を取得した。