プロ野球東京ヤクルトスワローズなどで活躍し、引退後は楽天、巨人などでコーチを務めた現・新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ監督の橋上秀樹氏と、元福岡ソフトバンクホークスで沢村賞投手の攝津正氏によるYouTubeコラボ対談。
現在おこなわれているプロ野球交流戦と同じくらい熱い内容となっている両者の交流。
今回は、橋上氏のチャンネルで公開された動画から、プロ入りにあたって攝津氏の気持ちを変化させたある上司の言葉についてお届けする。
【動画】攝津正氏が語る、本当はプロには行かずにJRで社員になるはずだった気持ちを変えた上司の一言とは?
「自分の中に余裕が生まれた」
2008年、社会人野球・JR東日本からドラフト5位指名にて福岡ソフトバンクホークスに入団した攝津氏。
入団当時、攝津氏は既に26歳。年齢的にもこのようなことを感じていたという。
「かなり遅咲きということもあって、正直もう(プロ入りは)いいやという時期でもありました。当時、社会人野球での大会でもある程度抑えられる感じではありましたし、もう辞めようかな、くらいの感覚ではありました」
プロ入りしても数年で切られるリスクがあることや、所属していた企業が大手ということもあり、30歳ごろまで野球を続けたあとは、引退しそのまま社会人として仕事に専念することも視野に入れていたという攝津氏。
だが、そんな同氏に、当時の上司からこんな言葉をかけられたという。
「(プロに入って)やめるなら、もう30歳くらいで辞めてこいと。そしたらなんとか企業に引っ張ってやるからって言われましたね。そういう風にいってもらえたことで、自分の中に余裕が生まれましたね」
そんな上司の言葉もあり、活躍できるのは一握りと言われるほど厳しいプロ野球という世界で10年にも渡り現役として活躍。加えて、投手最高峰のタイトルでもある沢村賞をはじめ、最優秀投手、最優秀中継ぎ投手など数多くのタイトルを獲得した攝津氏。
攝津氏がチームでそれほどの成績を残せた裏には、少なからずその背中を押してくれた上司の存在があると言えるだろう。
なお、動画内では、「チーム事情」と語る、中継ぎからプロ3年目に先発へ転向したきっかけについても明かされている。
[文/構成:ココカラネクスト編集部]
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