大阪桐蔭・西谷浩一監督のマジック(前編)「背番号をつけた大事な大会を最後まで勝ち抜けたことと、今年は近畿大会が大阪で…
大阪桐蔭・西谷浩一監督のマジック(前編)
「背番号をつけた大事な大会を最後まで勝ち抜けたことと、今年は近畿大会が大阪で開催されるため3位に入れば出場できますが、勝っていくのと、負けていくのとではやはり違います。近畿大会でまたしっかり勉強して、すべてを夏につなげていきたいと思います」
5月14日に舞洲(まいしま)ベースボールスタジアムで行なわれた春季大阪大会決勝戦。大体大浪商を5対3で下した直後、大阪桐蔭の西谷浩一監督は淀みない口調でそう語った。
センバツで履正社を破り、自身5度目の全国制覇を達成した大阪桐蔭・西谷監督 センバツ優勝に続き、春の大阪も制し、5月27日から近畿大会が始まる。そして6月は強豪校との練習試合を重ね、7月8日からはいよいよ春夏連覇をかけた戦いが始まる。さらにその先には、最強世代とささやかれる現2年生のさらなる成長を見越し、3連覇、4連覇といった声も聞こえてくる。
「周りの方は簡単に言ってくれますけど……」
西谷監督は苦笑いを浮かべるが、決して荒唐無稽な夢とも思えない。
大阪桐蔭の強さについては、これまで様々な角度から語られてきた。ただ野球がうまい選手を集めるのではなく、野球好きにこだわった選手補強。基礎と実戦を徹底的に繰り返す日々の練習。そしてチーム一丸の空気を育(はぐく)む寮生活……。それらが組み合わさり、最近は強さのなかに粘りが出るようになった。追い込まれた状況でもそこから踏ん張り、勝機を呼び込む。
たとえば、センバツ2回戦の静岡高との試合は、まさにそんな試合だった。
初回に好投手・池谷蒼大から鮮やかな速攻で6点を先制。ところがその裏、6点を許すなど、あっという間に振り出しに戻された。「6点取れるなんて思っていなかったし、一気に6点を取られるとも思っていませんでした」と西谷監督にとっても想定外の展開になった。
この試合、勝ち上がった際の過密日程に備え、西谷監督は2年生左腕の横川凱を先発させた。「少しでも楽に投げさせてやろう」と主将の福井章吾には「じゃんけんに勝ったら、今日は先攻」と伝えており、まさに理想の展開となった。
「あれで油断はしなかったですが、計算はしました。これで横川が5回ぐらいまで投げてくれて、あとをつないでいけば」
横川には「5点まではOK」と送り出したが、ワンアウトを取っただけでまさかの5失点KO。ベンチに戻ってきた横川に西谷監督は「誰がいっぺんに取られてええなんて言うたんや!」とひと言。ただその口調は、怒鳴ったり、突き放したりするのではなく、関西風に意訳するなら「なにしとんねん。しっかりせんかい!」といった調子。そして選手たちにはこう言った。
「オレらの日頃の行ないが悪いんかなぁ。しゃあない、0対0からもう1回や!」
どんな状況下でも悲壮感は漂わせない。いい意味での明るさと緩さで、選手たちの力を引き出させる。このあたりは目立たないが、西谷監督の選手操縦法における大きな特長だ。
6点のリードを追いつかれ、2回には勝ち越された。なにより相手エースは初回とは見違えるようなボールを投げ始めた。2回から5回までヒットはわずか1本と、完全に流れは静岡に傾いていた。
ただ、西谷監督には確信があった。気迫を前面に出して投げる相手エースの姿に、「これだと9回まで持たない」と。そこで選手たちに得意のたとえ話を交えながら、こう言ったという。
「絶対に落ちてくる。だから今はボディやぞ、ボディ。アッパーはいらんから、ひたすらボディや」
さらに試合が膠着すると、綱引きにもたとえた。
「今は引っ張られへんからしゃがめ。耐えて、耐えて……そうすれば相手もバテてくる。バテてきたら一気に引っ張るからな。それまではベンチのみんなもしゃがんどいてくれ」
チャンスを待つ間、西谷監督は選手たちにこうも伝えている。
「流れが来るように、ボール回しでも走塁でも、普段やっていることをきっちりやってくれ。下を向かずにやることやっていたら、必ず自分たちのペースになってくるから」
もちろん、普段の信頼があってこそだが、特有の言い回しがいつもの空気を生み、選手の焦りや力みを見事に取り除く。5年前に甲子園で春夏連覇を達成したときの選手が”西谷語録”を競って語っていたことがあった。
「まわしを取ったら絶対に離すな。それで最後にうっちゃるんや」
「前半はしっかり組んでいこう。スクラムと一緒や。組んだら相手の力がわかる」
藤浪晋太郎(阪神)は、こんなたとえ話を言われたという。
「ケンカで殴られるのは当然。2、3発殴られてからが勝負や。そこでどうするのか。絶対に倒れたらアカン」
楽しげに”西谷語録”を語っていたある選手は、こうまとめた。
「同じ話でも言い方が面白いから耳にも残るし、忘れたとしてもまた言ってくれるから、次第に忘れなくなる。そのうち僕ら選手たちが、西谷先生と同じようなことを言うようになっているんです」
話をセンバツの静岡戦に戻す。
中盤になり、ある選手が「(相手投手の球威が)落ちてきました」と言った。これには「打ってから言わんかい!」と返したそうだが、8回、ついにそのときが来た。
ヒット2本と相手のミスも絡み同点に追いつくと、「一気に行くぞ!」と代打・西嶋一波のタイムリーで逆転。9回にも追加点を挙げ、結局、11対8で乱戦を制した。
3番手で登板したエース・徳山壮磨の踏ん張りは見事だったが、劣勢のなか、チーム全員で踏みとどまり、終盤の逆転劇へとつなげた。まさに近年の大阪桐蔭の強さを象徴するゲームだった。
そして、史上初の大阪対決となった履正社との決勝戦。ポイントとなった投手起用にも、西谷監督の読みと言葉があった。エースの徳山は決勝まで4試合、31イニングを投げており、相応の疲れが考えられた。そこで西谷監督は試合前に選手たちを集め、こう言った。
「今日の徳山は打たれるからな」
一瞬、選手たちは「えっ!?」という表情になったが、それまで好投を続けてきたエースが打たれたときに慌てさせないための予防線でもあった。
一方、徳山には「飛ばしていけ。ひとりで投げんとあかんという圧迫感は持たんでいいから」と伝えていた。
また、準決勝までは野手として先発出場し、リリーフも担う根尾昂(ねお・あきら)をベンチ待機させた。根尾には「苦しい場面でいける準備をしておいてくれ」と言い、選手たちにはこう告げた。
「今日は総力戦で、後半勝負になる。その後半に、サッカーで言えば”本田投入”の準備はしているから、思い切りいってくれ」
いろんな言葉で選手たちにイメージを持たせるのが西谷流であり、そのタイミングも絶妙なのだ。
8回に3点差を追いつかれるも、9回に5点を勝ち越し、最後は「ああいう厳しい場面でメンタル的にも任せられるのが根尾」と、満を持して”本田を投入”した。根尾は履正社の粘りに苦しんだが、無失点に抑え、優勝を飾った。
あらためてセンバツでの戦いを振り返ると、節目、節目で西谷監督の言葉が光って見えた。選手たちを振り向かせ、その気にさせる。今回のセンバツ制覇は、西谷監督の”言葉学”の勝利だと言っても過言ではない。
最近は、大阪桐蔭の選手たちに話を聞くと、その内容や言葉使いが西谷監督と似てきていると実感することが多い。言い換えれば、自然と口に出るほど、西谷監督の考えや野球観が選手のなかに浸透している証拠なのだろう。
大阪桐蔭の強さを語る理由のひとつに、西谷監督の”言葉学”を忘れてはならない。
センバツ決勝直後、優勝監督インタビューのなかで西谷監督はこんな言葉を残した。
「今日は勝たせてもらいましたけど、夏はまた履正社に勝たないといけませんし、大阪にはたくさんいい学校があります。明日からまた夏の山に登りたいと思います」
キーワードは「夏の山」。問題はその登り方にある。果たして、選手たちにどんな言葉をかけ、再び大阪の頂点を目指すのか。西谷監督が発するひと言に、ユーモアと確かな戦術が詰まっている。
(後編に続く)