「長岡はいいところですよ。交通の便はいいし、いろんなものがそろっていて生活しやすい。食べ物もよくて、とくにお米がおいしいです。僕はお酒を飲まないんですけど、みんなが『うまい、うまい』と言っているのを聞いているだけでもおいしく感じますよ」 ぎ…

「長岡はいいところですよ。交通の便はいいし、いろんなものがそろっていて生活しやすい。食べ物もよくて、とくにお米がおいしいです。僕はお酒を飲まないんですけど、みんなが『うまい、うまい』と言っているのを聞いているだけでもおいしく感じますよ」

 ぎょろりと大きく印象的な瞳には、やさしい光が宿っている。監督就任3年目を迎えた帝京長岡の芝草宇宙(ひろし)は、新潟・長岡での生活について明るく語った。



2020年から帝京長岡の指揮をとる元日本ハムの芝草宇宙監督

 現役時代はプロの世界で先発にリリーフにとフル回転した投手だった。日本ハム、ソフトバンクとNPBで19年プレーし、通算430試合に登板。日本ハムに入団したばかりのダルビッシュ有(パドレス)に、"プロのボール"を見せつけたのも芝草だった。

<1年目のキャンプ初日、東風平にある球場ブルペンで芝草さんの球をピッチャー側から見て衝撃を受けた>(@faridyu/2019年2月1日のツイート)

 現役引退後は日本ハムの投手コーチ、スカウトを務めた。日本ハム退団後は母校の帝京や、帝京長岡の外部コーチとして投手を指導。2020年4月から帝京長岡の監督に就任した。

芝草宇宙が惚れ込んだ逸材

 帝京長岡はまだ甲子園出場経験がない。だが、芝草監督の就任とともに強化への機運が高まっている。地元・新潟だけでなく東日本を中心に選手が集まり、台湾からの留学生も5人いる。「現役最後に台湾でお世話になった恩返しの意味でも、台湾からチャンスを求める子を引き受けています」と芝草監督は説明する。

 高校生指導の醍醐味を聞くと、芝草監督はこう答えた。

「どんな選手でも可能性を秘めています。自分も『この選手がここまで成長するんだ』と感じたことが何度もありました。すごくやりがいを感じます」

 そんな帝京長岡には、プロスカウトも注目する好投手がいる。

 3年生右腕の茨木秀俊。身長182センチ、体重85キロの本格派で、そのしなかやな腕の振りを見れば、ひと目で逸材とわかる。かつて日本ハムでプレーした芝草監督にとって地縁のある、北海道札幌市の出身だ。



帝京長岡のプロ注目右腕・茨城秀俊

「北海道で野球教室をやっていたこともあって、『素材のいいピッチャーがいる』と聞いて見に行ったんです。『こういう子を育ててみたいな』と感じました」

 将来はプロ野球選手になりたいという希望を持っていた茨木にとっても、帝京長岡は魅力的な高校だった。「芝草監督の指導を受けたい」と茨木は新潟へとやってきた。

 投手として最大の長所は、回転のいいストレートだろう。指にかかったストレートは打者に向かって加速するような体感スピードがあり、捕手のミットを突き上げる。茨木には強いこだわりがある。

「シュート回転するのが嫌いなんです。シュートが強くなると、自分のなかで悪いフォームの印象がついてしまう感覚があって。リリースでしっかりと体の力をボールに伝えて、きれいな回転で強いボールを投げることを意識しています」

 投げていてもっとも快感を覚える瞬間を聞くと、「アウトローのストレートで見逃し三振をとるのが一番気持ちいいです」と即答だった。現時点では最速145キロと突出した数字ではないものの、その価値は数字だけでは計れない。

プロ注目の強打者を無安打

 2年秋には新潟大会3位に食い込み、北信越大会でも好投してスカウト陣の注目を集めた。念願のプロ入りへ大事なアピールの場になるはずだった春の新潟大会は、一転して試練を味わった。

 4回戦の新潟明訓戦で、茨木は序盤から大量失点を重ねる。

「ボールがバッターのベルト付近の高さばかりに集まって、修正できないままズルズルいってしまいました」

 茨木は早々にノックアウトされ、チームは4対14の6回コールド負け。茨木にとっては「自信があったのに、ガクッときた」敗戦だった。

 ショックは大きかったが、課題ははっきりした。茨木は芝草監督からこんなアドバイスを受けている。

「低めがあるから、高めが生きてくるんだ。低めに集められるようになれば、必ず違った世界が見えるようになるから」

 春の敗戦からわずか2週間。5月14日の帝京長岡の野球部グラウンドには、10人近いスカウトが集まった。この日は日本航空石川との練習試合が組まれており、日本航空石川のスラッガー・内藤鵬と茨木の直接対決が実現したのだ。

 先発マウンドに上がった茨木は、立ち上がりから快調な投球を見せる。ボールが低めに集まり、春の石川大会を制した日本航空石川の強打線を封じていく。試合中盤には、強烈なスピンのかかった低めの快速球で見逃し三振を奪うシーンも見られた。茨木は試合後、このボールを含めて「2〜3球、自分のなかで納得のいく球があった」と振り返っている。

 注目の内藤に対しても厳しいコースを突いてフルスイングさせず、3つのフライアウトと1つの見逃し三振でノーヒットに抑えた。

「内と外をきっちり攻められて、同じような抑えられ方をして悔しいです」

 試合後、内藤は茨木との対決について悔しそうな表情で語っている。

 ただし、茨木はソロホームランを2本浴び、内藤の外野フライの1つは犠牲フライになったため、3失点を喫している。試合は1対3で帝京長岡が敗れた。

甲子園は人生が変わる場所

 試合中、とくに印象的だったのは、茨木がまったくと言っていいほど喜怒哀楽を表に出さなかったことだ。無死一、三塁のピンチで難しいバウンドの投手ゴロが飛んでも難なく捕球し、落ち着いた足取りで飛び出した三塁走者を追い込みタッチアウトに。迅速に処理して、後続の走者の進塁も許さなかった。ピンチを脱出してもガッツポーズを繰り出すどころか声をあげることもなく、当然のような顔でベンチに帰ってくる。

 取材にも無表情のまま淡々と答える茨木に、「普段も喜怒哀楽を出さないのですか?」と聞くと、こんな答えが返ってきた。

「面白いことがあれば笑いますよ。でも、『怒』と『哀』はあまりないですね。試合に勝ってうれしかったら楽しいし、喜びます」

 一方で、芝草監督は元プロ投手ならではの厳しい注文をつけた。

「変化球が外れたあと、まだ顔に出ています。その仕草がクセになると、公式戦でも出て相手にスキを見せることにつながります。1球、2球外れたくらいで顔に出していてはダメ。ピッチャーは常に堂々としていないと」

 細かな課題は残っているとはいえ、スカウト陣の前で見せた好投は茨木に自信を取り戻すきっかけになったようだ。茨木は「ボールが低めに集まれば打たれないと自信になりました」と語った。

 日本ハムで関西地区担当スカウトを務めた芝草監督に、聞いてみたかったことがある。「スカウト・芝草宇宙なら茨木くんを獲りますか?」と。芝草監督は笑みを浮かべ、こう答えた。

「手足が長くて、身体能力が高い。何をやらせても一級品ですから。僕がスカウトなら、素材を評価して獲りたいですね。大きく化ける可能性は十分にありますから」

 そして、芝草監督はこう続けた。

「ドラフトにかかる選手になるには、甲子園に出ることが近道になる。だから必ず行かせてやりたいんですよ」

 芝草監督自身、1987年夏の甲子園でノーヒット・ノーランを達成している。甲子園で自分の野球人生が拓けた実感がある。

「甲子園が僕を育ててくれたと言っても過言ではありません。選手たちにもよく言うんです。『甲子園に行くと別の力が出るぞ。最高の場所だから目指そう』って。人生が変わる経験をさせてやりたいんです」

 高校時代の恩師である前田三夫さんからは、「戦う意志」を学んできた。やり方は違えど、選手に叩き込む魂は変わらない。

「闘争心がなければ、勝つための行動に移せません。今の3年生にはずっと言ってきていますが、彼らが後輩たちに伝える姿を見て、だいぶ成長してきたなと感じますね」

 近年の新潟の高校野球は群雄割拠を極めている。ドラフト上位候補の田中晴也を擁する日本文理だけでなく、甲子園に出ても不思議ではない強豪がひしめく。帝京長岡にもチャンスは十分にある。

 茨木の胸のすくストレートが1球でも多く低めに突き刺されば、歴史は動く。今年の新潟は面白いことが起きそうだ。