ダービージョッキー大西直宏が読む「3連単のヒモ穴」 さあ、いよいよGI日本ダービー(5月29日/東京・芝2400m)です…

ダービージョッキー
大西直宏が読む「3連単のヒモ穴」

 さあ、いよいよGI日本ダービー(5月29日/東京・芝2400m)ですね! みなさんも早くから多くの情報を収集し、どんなレースになるのか想像を膨らませて、ワクワクしながら馬券検討を進めているところでしょう。

 それは、僕も同じです。現役を引退した今でもダービーウィークになると、特別な胸の高鳴りを覚えます。すべての競馬関係者が目標とする一戦ゆえ、やはりこのレースは他のGIとは違う、格別なものを感じますね。

 少し話が逸れてしまいますが、今年のクラシック競走はすでに3戦が終了。実はその結果を受けて、僕のなかでは少しモヤモヤした思いがあります。

 その理由は、桜花賞(スターズオンアース&川田将雅騎手)、皐月賞(ジオグリフ&福永祐一騎手)、オークス(スターズオンアース&クリストフ・ルメール騎手)と、すべてジョッキーが初騎乗だった馬が勝っているからです。3戦ともテン乗りで優勝というのは、かなり異例なことだと思います。

 僕の考えが古いのかもしれませんが、自分はクラシック競走というのは、馬だけでなく、パートナーとなる騎手と一緒にさまざまな経験を積んでともに成長し、人馬の信頼関係を最大限まで高めて臨む大一番、という側面があると考えています。

 それだけに、テン乗りでの勝利ではややドラマ性が欠け、感動味が薄れてしまうことは否めません。これまでのクラシック3戦に対して、僕のなかで強烈なインパクトが残っていないのは、そのせいかもしれませんね。

 ところで、昔の話になりますが、柴田政人さんは「ダービーを勝ったら、騎手をやめてもいい」と公言するほど、ダービーへの本気度を示していました。そのことは広く知られていて、だからこそ、1993年にウイニングチケットで初めて勝利を飾ったシーンはとても感動的でした。

 また、かつて大先輩の嶋田功さん、加藤和宏さん、小島太さんらダービージョッキーと対談させていただいたことがあるのですが、みなさんもそろって「ダービーっていいよな、格別だよ」と口をそろえていました。

 あの頃は誰もが「ダービーを勝つために!」という気持ちが前面に表れていて、真剣勝負そのものでした。当日のピリピリとした張り詰めた空気には、足が震えるほどの怖さすら感じましたね。

 時代が変わった今、賞金の高いレースは他にもたくさんあって、海外のビッグレースも身近になってきたため、当時よりも各ジョッキーが抱くダービーへの思いは薄れているかもしれません。もちろん、すべての騎手がそうとは限りませんが、僕としてはいつまでも、ダービーは"騎手人生をかけて勝ちにいく"くらいの気概で挑む、特別なレースであってほしいと思っています。

 手前味噌で恐縮ですが、僕もラッキーなことに1997年にサニーブライアンの鞍上を務めさせていただいて、ダービーを勝つというすばらしい経験をさせてもらいました。

 レースでは、心身ともに大きなプレッシャーで圧し潰されそうになっていた僕を馬が助けてくれました。一方で、馬が苦しくなったところでは僕が叱咤して気合いを注入。まさしく人馬が支え合い、一体となってつかんだダービー制覇でした。

 やはりダービーというレースは、単純に戦績比較だけでなく、目に見えない人馬それぞれの"信頼度"という要素が絶対に不可欠です。そこが未熟では、なかなか勝利することは難しいと考えています。

 実際に2000年以降、ダービーで騎手が初騎乗となる馬が勝利したことは一度もありません。2019年には、ダミアン・レーン騎手と初コンビを組んだサートゥルナーリアが単勝1.6倍という圧倒的な支持を得ましたが、4着に敗れています。

 前置きが長くなりましたが、今回のダービーではここまでの人馬の歩み、そしてこの中間でどんなコンタクトをとってきたのか。予想に際しては、そのあたりに重きを置いて考えたいと思っています。

 結論から言えば、GI皐月賞(4月17日/中山・芝2000m)の上位4頭がレベル的には抜けた存在と見ています。これらに騎乗するのは、福永騎手=ジオグリフ(牡3歳)、ルメール騎手=イクイノックス(牡3歳)、武豊騎手=ドウデュース(牡3歳)、川田騎手=ダノンベルーガ(牡3歳)。いずれもダービージョッキーというのも、強調材料となります。

 さらに、それぞれ皐月賞であれだけの競馬を見せたのですから、鞍上の4人は「ダービーは絶対に譲れない」といった強い気持ちを持って臨むことでしょう。勝ち馬は、この4頭から出る可能性はかなり高いと踏んでいます。

 これら4頭は、展開次第、乗り方ひとつで着順が入れ替わる、紙一重の力関係と見ています。どの馬を軸として選ぶかは、人それぞれの好みとなるのではないでしょうか。

 個人的には、イクイノックスが最も軸馬向きと思っています。



「4強」のなかでも最も軸馬向きなイクイノックス

 2歳戦を2戦で切り上げ、およそ5カ月ぶりという異例のローテーションで皐月賞に臨んだのも、最初からダービーを意識していたからでしょう。キャリアはわずか3戦ですが、ルメール騎手とのレースにおけるコミュニケーションは非常に濃密で、ダービーを勝つだけの準備はできていると思います。

 東京・芝2400mという舞台においても、気性面、操縦性、馬体、持続力などを鑑みて、上位4頭のなかで最も適性が高いのは、この馬だと見ています。そのうえで、鞍上のルメール騎手が先週、同じ舞台のGIオークスを制覇。今年のJRAの重賞未勝利という状況を脱したことも、追い風になりそうです。

 人馬のコンタクトという点では、武豊騎手とドウデュースのコンビに一日の長があります。鞍上はこれまでに一度も勝ったことのなかったGI朝日杯フューチュリティS(阪神・芝1600m)を優勝したことで、この馬に対する思い入れがますます強くなっていることでしょうし、「ダービーを勝って凱旋門賞へ向かう」という大きな夢もありますからね。

 加えて、武豊騎手はすでにダービー5勝。それ自体がとんでもないことですし、このレースの勝ち方を知っているという点でも、相当な強みがあると思います。

 いずれにしても、有力4頭のゴール前の叩き合いは本当に見応えがあると思います。最後は「ダービーを勝ちたい!」という思いが一番強い騎手が、わずかハナ差でも前に出るはず。ゴール目前からその瞬間までは、一瞬たりとも目が離せませんね。

 実力的には有力4頭とは差があるものの、馬券圏内(3着以内)に滑り込める穴馬として注目したいのは、菅原明良騎手が騎乗するオニャンコポン(牡3歳)です。

 21歳の若武者にとって、ダービー初騎乗は余りにも大きな重圧だと思いますが、ここまでの人馬の履歴に穴馬の可能性を見出せます。

 デビュー戦からここまで全5戦、オニャンコポンの手綱をとってきた菅原騎手。連勝したデビュー2戦は先行策をとっていましたが、3戦目のGIホープフルS(11着。中山・芝2000m)ではそれが通用しませんでした。そこで、続くGIII京成杯(1月16日/中山・芝2000m)では控える競馬を選択。見事に結果を出しました。

 その後、前走の皐月賞でも同様に控える競馬をしましたが、今度は展開が向きませんでした。その結果、6着に終わってしまいましたが、同じく後方から追い込んだドウデュースと差のない競馬を見せています。

 こうして、菅原騎手はオニャンコポンとともにいろいろな経験を積んできました。そして着実に力をつけてきた今、今度は思いきった先行策をとるようなら面白いところがあるのではないかと踏んでいます。ダービー初騎乗で後方から参加するのもどうかと思いますし、若者らしく思いきって積極的な競馬をしてほしいところです。

 僕はサニーブライアンで勝つ10年前に、サニースワローという馬でダービーに参戦。2着になったことがあるのですが、24頭中22番人気というまったくの人気薄でした。「負けてもともとなんだから、思いきって乗ろう」という気持ちで積極的な競馬を仕掛けたら、活路が開けました。

 ダービーという大舞台で「直線、自分が先頭に立ってる!」という信じられないくらいの興奮を、ぜひ菅原騎手にも味わってもらいたいものです。きっと、その後の騎手人生が変わるはずですから。

 前途洋々の若武者へのエールも込めて、今回の「ヒモ穴馬」にオニャンコポンを指名したいと思います。