史上初の珍事だ。25日、ジャイアンツ球場で行われたプロアマ交流戦の巨人3軍戦(対テイ・エステック)で「坂本勇人の代打に坂本勇人」という同姓同名での選手交代が行われた。
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巨人には「坂本勇人(さかもと・はやと)」が2人いる。有名なのは、2000本安打を放った球界を代表する遊撃手の33歳スーパースター。もう1人は、20年育成ドラフト6位で唐津商(佐賀)から入団したときに話題となった20歳捕手だ。
故障離脱中の33歳坂本が「3番・DH」で実戦復帰した一戦。2打席で凡退後、5回に出番が回ってきたのが20歳坂本だった。場内アナウンスでは「バッター坂本に代わりまして坂本勇人」とコールされ、スコアボードは「坂本」から「坂本勇」と表示が変更された。
交代を告げたのは、駒田徳広3軍監督。現役時代「満塁男」として知られた同監督の粋な計らいにこたえ、代打起用された20歳坂本が適時打を放ってアピールした。背番号6の大先輩に続けとばかり、 育成から支配下登録を目指す背番号「006」の高卒2年目が躍動した。
そもそも同姓同名自体が珍しいが、同じチームに同時期に所属となるとかなりのレアケースだ。1軍でそろって活躍した例は、日本ハムの田中幸雄(たなか・ゆきお)。1986~89年の4年間、同じチームでプレーした。2000安打を放った「ミスターファイターズ」こと内野手の田中幸雄氏が有名だが、投手の田中も1985年6月9日の近鉄戦(後楽園)でノーヒットノーランを達成するなどプロ通算25勝を挙げている。
先輩の投手田中が190センチの長身から「オオユキ」の愛称で呼ばれ、内野手田中は184センチもあるのに「コユキ」と呼ばれた。場内アナウンスでは投手が「背番号12田中幸雄」、内野手が「背番号37田中幸雄」とコールされた。スコアボードの表記はそれぞれ「田中幸」と「田中雄」と区別された。
2人の「田中幸雄」は1軍の試合でともに出場する機会もあったが、DH制で当時はセパ交流戦もないため、投手と内野手が交代する場面はなかった。同じチームでの同姓同名選手は、他に1971~72年西鉄の「高橋明」(投手と外野手)、82年阪神の「佐藤文男」(ともに投手)がいるが、同じ試合には出場していない。
今回の「坂本勇人」共演は、育成や調整が目的の3軍だから実現できた部分はある。育成から1軍への道のりは簡単ではないが、いつの日か東京ドームで2人の坂本勇人が「まぎらわしい」と大騒ぎになる日を心待ちにしたい。
[文/構成:ココカラネクスト編集部]
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