あるテレビ番組で「スーパー中学生」として取り上げられてから、はや6年。日本海オセアンリーグ(以下、NOL)の福井ネクサ…
あるテレビ番組で「スーパー中学生」として取り上げられてから、はや6年。日本海オセアンリーグ(以下、NOL)の福井ネクサスエレファンツに所属する濱将乃介は、「今年こそ」という思いでNPBスカウトに懸命のアピールを続けている。

今季から福井ネクサスエレファンツでプレーする濱将乃介
元チームメイトは次々とNPBへ
濱は身長181センチ、体重81キロの均整のとれた体格で、走攻守三拍子揃う右投左打の外野手である。大阪出身で、中学時代は増田陸(明秀日立→巨人)、野村大樹(早稲田実業→ソフトバンク)、中川卓也(大阪桐蔭→早稲田大)らとともに大阪福島リトルシニアでプレー。投打の中心選手として、彼らに負けず劣らずの才能を発揮していた。
高校は「甲子園に行きたい」と、東海大甲府へ進学。参加校が30ほどで強豪校も限られている山梨への野球留学は、自身の目標を叶え、夢を広げる近道に思えた。だが、「1回も行けませんでした」と振り返るように、甲子園出場は果たせず、能力をアピールしきれないまま3年間を終えた。
とはいえ、強豪校の主力選手。大学進学も可能だったが、濱が選んだのは独立リーグだった。増田と野村はそれぞれチームの中心選手として甲子園でも活躍し、高卒でNPB入りを果たした。濱はそんな元チームメイトの活躍に「1年でも早く自分も同じステージに行きたい」と、あえてイバラの道を選んだ。
高校卒業後に入団したのは、四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグス。2019年は駒田徳広監督(現・巨人三軍監督)のもと、開幕戦から3番を任されるなど期待され、公式戦62試合に出場。実戦経験を積むとともに、名球会メンバーでもある駒田監督から「打席のなかでの考え方、狙い球の待ち方を学びました」と、一流のエキスを吸収した。
2年目、3年目は、NPB通算619試合に登板した吉田豊彦監督からシーズンを通して戦い抜ける体づくりの重要性を説かれ、全体練習後、自主練習後にポール間走を10本行なうことを日課にした。
すると、以前は「しんどくて食事も喉が通らないほどでした」という夏場も成績が落ちることがなくなり、昨年は67試合に出場して73安打、40打点とそれぞれリーグ2位の成績を挙げるまで成長を遂げた。
だが3年目も、濱の名前がドラフト会議で呼ばれることはなかった。「ドラフト候補」までは挙がるが、もう一歩壁を突き破れなかった。
走塁の名手から極意を伝授
大学に進んだ同期は4年生となり、ドラフトの対象になった。高知の環境や指導には感謝していたが、「同い年の選手には負けたくない。何かを変えなければ」と移籍を決断。ルートインBCリーグから分離独立したNOLの福井に活動の場を移した。
移籍後、劇的な変化を感じとっているのは、昨年までDeNAのスカウトとして活動し、今季からNOLのスカウト統括部長を務める武居邦生(たけすえ・くにお)氏だ。
「昨年までも、打撃はヘッドを走らせる強いスイングができていて、リストには入れていたのですが、盗塁が少なかった。でも、今年の彼を見ると『なんだ、走れるじゃん』って思いますよ(笑)」
濱が新天地で薫陶を受けているのは、ロッテ、オリックスで監督を務めた西村徳文球団会長兼GMだ。現役時代は俊足を生かして4年連続盗塁王など、NPB通算363盗塁を果たした"走塁の名手"から極意を伝授されている。濱はこのチャンスを逃すまいと、必死に食らいついている。
「走塁面に関しては、西村さんにめちゃくちゃ聞きにいっています。盗塁については、とくにスタートの仕方ですね。去年までの僕は、ちょっと打撃がよくて、肩も強い選手。でもNPBに行くには、走攻守で絶対的なものを身につけないといけません」
西村も貪欲に指導を請いにくる濱に惜しげもなく技術を伝えるとともに、大きな期待をかけている。
「彼のポテンシャルと取り組む姿勢は、NPBに行ってもおかしくないものを持っていると思います。あとは、何かひとつ絶対的なものをつくること。肩も強いし、打撃もいいですが、走力も高いものがあるので、私の経験を伝えています」
積極果敢な姿勢の重要性も説き「失敗しても構わない。失敗して足りない部分を徹底的に鍛えていく。失敗しないと足りないところも見えてきませんから」と、公式戦の多さを生かした"トライ&エラー"で、濱をさらなる高みに誘おうとしている。
走攻守で猛アピール
その成果はシーズン序盤から発揮された。開幕8試合で6盗塁。昨年は67試合で10盗塁だったことを考えれば格段の進歩だ。
5月11日に行なわれたNOL選抜とDeNA二軍との交流試合では、濱口遥大らの前に無安打だったものの、次打者が出塁した際に牽制球が頭に当たると、すぐに体をほぐし臨時代走へ。ここで二盗を試みて間一髪セーフとなると、すぐさま今度はモーションを完璧に盗んで三盗。これが相手捕手の悪送球を誘いホームを踏んだ。
「打撃でいいところを見せられなかったので、なんとか足でアピールしようと思いました。牽制が頭に当たった瞬間、もう準備していました」
大学に進んだ同期たちのなかには、東京六大学に進んだ中川のように華やかな世界でプレーする選手もいるが、濱は独立リーグで泥にまみれたからこそ得たものがあると自負している。
「プロ野球で活躍された指導者の方から多くのことを学んできましたし、200試合を超える公式戦を重ねてきました。オフもみっちりトレーニングをして、1年間を通して活躍できる体になりました。誰にも負けたくないという気持ちですし、誰にも負けていないと思っています」
真っ黒に日焼けした顔からは、自信がみなぎっていた。かつての"スーパー中学生"は、エリート街道ではない道のりだからこそ身につけた武器を備え、再び脚光を浴びようとしている。