17年ぶり甲子園への期待 千葉県立銚子商業高校は先に行なわれた千葉県春季大会で、習志野高校、木更津総合高校といった強豪校…

17年ぶり甲子園への期待

 千葉県立銚子商業高校は先に行なわれた千葉県春季大会で、習志野高校、木更津総合高校といった強豪校を撃破。決勝こそ市立船橋に0対3で敗れたが、堂々の準優勝を果たし、5月21日から始まる関東大会への出場を決めた。

 このニュースに、人口約5万人の銚子市民は熱狂した。高齢化、過疎化、財政難、若者離れ......それに加え、コロナ禍が追い打ちをかけ、漁港の町は沈んでいた。それが銚子商野球部の大躍進で一変した。

「夏は(甲子園の)アルプスで大漁旗を振るぞ!」「応援しに行くからな。野球部頑張れよ!」と、すでに甲子園行きを決めたかのように、地元の熱狂的なファンは盛り上がりを見せている。



春の千葉県大会で好投した銚子商のエース・飯島聖矢

 久しぶりの快進撃に、45年もの間、銚子商野球部OB会長、後援会会長としてチームを支え続け、通学不可能な選手たちのために自腹で選手寮を建てるなどサポートしてきた阿天坊俊明氏(74歳)は語る。

「なかなか勝てない時期が続き、ここ5、6年は夏ベスト16が最高。昨年は32でした。3年前に春秋ベスト4まで行ったことがありますが、その年も夏はベスト16で負けてしまい、甲子園には届きませんでした。そんな状況のなかで、今回まさか関東大会まで行ってくれるとは......正直、私たちでさえビックリしています。なんとか夏の千葉大会を制して、甲子園に行ってほしいです」

 阿天坊氏は銚子商OBで、立教大、新日鐵室蘭でもプレーした筋金入りの名プレーヤーで、毎日のようにグラウンドに出て、選手たちに黒潮打線の極意を伝えている。

「最近は若いOB たちが仕事の合間をぬって、手弁当で練習の手伝いに駆けつけてくれます。当然、私より年齢が選手たちに近いので、いい相談相手にもなってくれています。本当にありがたいことです」

春季大会、快進撃の理由

 オールドファンの方ならご存知だろうが、銚子商と言えば春夏合わせて20回の甲子園出場を誇る古豪だ。1953年春に初出場でベスト8の快挙を達成すると、74年夏には篠塚利夫(元巨人)、土屋正勝(元中日、ロッテ)などを擁し、悲願の全国制覇を達成。1995年春のセンバツ大会でも強打者・澤井良輔(元ロッテ)を中心に準優勝を果たすなど、全国屈指の強豪校だった。

 だが近年は、木更津総合や専大松戸といった私学が台頭し、銚子商は2005年夏を最後に甲子園から遠ざかっている。「もう二度と行けないのではないか......」と語る町民もいたが、今春はあれよあれよと勝ち上がり「古豪復活」を強烈に印象づけた。

 監督就任6年目を迎えた澤田洋一監督は、この春の結果についてこう語る。

「昨年秋の大会で負けてから、選手たちが悔しさを糧に努力しました。冬は失敗を恐れずに個人個人が目標を立てたことで、昨年秋にはできなかったことができるようになりました」

 なかでも大きく成長を遂げたのが、エース右腕の飯島聖矢だ。澤田監督が言う。

「飯島には、とにかくスピードにこだわらせました。その結果、140キロを投げられるようになり、加えて変化球も打たれづらくなりました。とくにスライダーがよくなりました」

 左腕の関根大翔もこの春、飛躍したひとりだ。

「コントロールで悩んでいて、昨年秋まではとても投げさせる状態ではなかった。本人の悔しさもあり、いろいろ試しながら取り組んできた結果、春になって急に制球力がついてきました。ストレート以外にカーブ、スライダー、チェンジアップ、フォークもあるので、夏のためにと思い使ってみたらいい結果を出してくれました」(澤田監督)

 澤田監督は自身の経験をもとに、投球術も伝授している。

「現役の時は捕手だったので、投手の通用するボール、配球について、捕手目線で話し合っています。あの手この手で、いろいろと試してみたのが好結果につながったと思います」

 夏の千葉を制するためにも、関東大会の戦いは重要になる。攻守の要であるキャプテン・久保形怜司に抱負を聞いた。

「他校も各県を代表して勝ち上がってきている強いチームなので、怯むことなく、今まで自分たちがやってきたこがどこまで通用するのか試したい。勝つことで夏へ向けて弾みをつけたいし、関東大会で自信をつけたいです」

 17年ぶりの甲子園へ向けて、銚子商の戦いは続く。