現役時代は東京ヤクルトスワローズで活躍し、現在は野球評論家として活躍している川崎憲次郎氏をゲストに迎え、同じくヤクルトなどで活躍し、引退後は楽天、巨人、西武、ヤクルトさらには侍ジャパンでコーチを務めたBCリーグ新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ監督の橋上秀樹氏が橋上氏のYouTubeチャンネル「橋上秀樹アナライズTV」で語り合った。
【動画】川崎憲次郎氏が語る、中日での地獄の日々を告白。救ってくれた星野監督、落合監督への想い
ヤクルトで活躍した後、2000年オフにFAで4年契約を中日と結び移籍した川崎氏。しかし、悪夢が待っていた。移籍1年目となる01年のオープン戦で肩を痛めてしまった当時の心情を「一杯お金をもらって期待されて中日に行ったから、言われるのはしょうがないです。でも僕は投げるのが大好きだったから。自分から投げるのをとったら何もなくなってしまうんですよ」と川崎氏は語った。
「好んでケガしたやつなんていない。(巨人に)勝ちたいっていう思いに共感して中日に行ったわけだしね」と橋上氏は川崎氏に同情した。
肩の故障のせいで2年目も全く投げることができなかった川崎氏。
中日のファーム施設があるナゴヤ球場に行っても走るか、ウエイトするかしかなかったという。
「2年も投げれらないとやっぱ言われるじゃないですか。しょうがないのだけど本当につらくなっちゃって」
橋上氏は「一人じゃなくてよかった。家族も大変だっただろうけど、一人だったらきつかっただろうね」と川崎氏をねぎらった。
4年目の開幕投手
4年目に開幕投手を任された当時について、ケガの様子を橋上氏が聞くと川崎氏は
「一応ゲームでは投げることができるぐらい。痛いですよ、痛みなんか治まらないけど」と明かした。3年目でようやく試合で投げられるようになったころだった。
開幕投手に指名を受けた状況について川崎氏は
「1月の2日か3日に落合さんから電話がかかってきて何だろうと思って。監督になられてから落合さんと会ったことなかったんですよ。監督から新年のあいさつかなって思っちゃって」と話す。この年から中日の監督に就任することが決まっていた落合氏からの電話に驚きつつ、まさか開幕投手に指名されるとは思っていなかったという。
その後落合監督から「2004年の開幕投手はお前で行くからな」と言われたが
川崎氏は「別に断る理由も全くなかったのでわかりました、やりますっていっちゃったんですよ」と話した。
その他にも動画では肩を痛めた経緯や落合監督の情報統制について話している。
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