現役時代は東京ヤクルトスワローズで活躍し、現在は野球評論家として活躍する川崎憲次郎氏をゲストに迎え、同じくヤクルトなどで活躍し、引退後は楽天、巨人、西武、ヤクルトさらには侍ジャパンでコーチを務めたBCリーグ新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ監督の橋上秀樹氏が橋上氏のYouTubeチャンネル「橋上秀樹アナライズTV」でFAについて語り合った。
【動画】中日vsMLB!川崎憲次郎FA争奪戦!ヤクルトは〇〇でした!
FA(フリーエージェント)とはいずれの球団とも選手契約を締結できる権利である。
東京ヤクルトスワローズから2000年オフに権利を行使し、中日ドラゴンズにFA移籍した川崎氏に橋上氏は当時の経緯を聞いた。
川崎氏は
「メジャーに興味があったし、あのステージでやってみたいなっていうのはありました」
とメジャー挑戦も視野に入っていたことを明かした。
また、他の球団からの評価も聞きたかったという。
最終的には中日に入った川崎氏。
橋上氏が当時の星野監督とどのような会話をしたのか聞くと川崎氏は
「その時、巨人戦に勝っていたんで、名古屋っていうのはそういう土地なんだよという話はよく覚えています」と語った。当時の川崎氏は巨人キラーとして知られただけに、そこが強みとしてアピールポイントになったようだ。
また条件提示については
「話してないのに僕がこれだけ要求しているみたいなのが新聞にでたんですよ。そしたらドラゴンズはじゃあそれ出すから来てよって言われたんですよ」と川崎氏は話し、その金額は年間2億円だったという。
「巨人だけには勝ってくれ」
当時メジャーのボストン・レッドソックスから2年で6億円、ファーストクラスの飛行機やスイートルームのホテルなど中日よりも良い条件提示をもらっていたという川崎氏。
オーナーから手書きの手紙をもらったり、言った条件は全て飲んでもらうなど熱烈なオファーを受けてた。そんな中でも中日を選んだ理由は星野氏の言葉だったという。
「星野さんから巨人だけには勝ってくれって言われたんですよ。わかりましたって最後には言いました」
ボストンで活躍する川崎氏を見てみたかったと話す橋上氏に対し、川崎氏は
「ボストンに行っていたらまた違う人生もあったんだろうけど全然悔いはないです。僕は一週間寝ずに考えて、考え抜いていったんで」と後悔はないと言い切った。
他にも動画内ではヤクルトの反応やFAの交渉方法について話している。
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