等々力スタジアム(川崎市)で行なわれた東都大学2部リーグ戦の東洋大と国士舘大戦。 先発・細野晴希(3年)から始まって、中継ぎの河北将太(4年)、一条力真(2年)と、150キロ前後の快腕、剛腕が続く東洋大投手に対して、国士舘大の1番を打つ左バ…

等々力スタジアム(川崎市)で行なわれた東都大学2部リーグ戦の東洋大と国士舘大戦。

 先発・細野晴希(3年)から始まって、中継ぎの河北将太(4年)、一条力真(2年)と、150キロ前後の快腕、剛腕が続く東洋大投手に対して、国士舘大の1番を打つ左バッターが一歩も退かないバッティングで奮闘していた。



今春、大阪桐蔭から国士舘大に入学した山下来球

高校時代は控えの外野手

「大阪桐蔭から入った1年生ですよ。今日がリーグ戦デビューだそうです」

 記者席に居合わせた関係者の方が教えてくださった。

 その1年生の左バッターの名は山下来球(ききゅう)。

 最初の打席こそ、来年のドラフト上位候補・細野の150キロ前後の速球と曲がりの違う2種類のスライダーに戸惑って空振り三振となったが、2打席目ではもうその速球に食らいついて一、二塁間を破ると、次の3打席目が驚いた。

 二死一塁、長打がほしい場面で、細野からレフト後方にタイムリー三塁打を放ち、試合をひっくり返してみせた。

「やっぱりすごいな、大阪桐蔭......」と思わずつぶやいたあとで、アレッと思った。

 昨年の大阪桐蔭に「山下」という選手の記憶がなかったからだ。大阪桐蔭の外野は、オリックスに進んだ池田陵真がセンターで、快足・野間翔一郎(現・近畿大)がレフト、そしてライトにはプロ志望届を出していれば上位指名もあったと言われる花田旭が守っていて、この花田はこの日の相手である東洋大に進んでいる。

 この3人が鉄壁の外野陣だったから、山下はレギュラーではない。調べてみたら、センバツは背番号15、夏の甲子園は背番号17の控え外野手としてベンチ入りしていた。

 そんなことをしているうちに、試合は同点のまま、延長10回のタイブレークに入っていた。

 一死二、三塁で迎えた山下の5打席目。こういう打者には、いい打面で打席が回ってくるから野球は面白い。

 一条の初球が高く抜けたスライダーだったので、ストレート一本狙いだったのだろう。そのとおり147キロの速球を、山下はひと振りのジャストミートで右中間後方まで運んだ。

 勝利には届かなかったが、間違いなくこの先の「野球人生」につながる犠牲フライとなった。

 バットだけじゃない。ライトを守って、右打者のスイングが弱いと感じると、大胆にライト線沿いに浅くポジションをとり、案の定、詰まった打球がそこへ吸い込まれていったシーンが何度かあった。

"野球勘"のすばらしい選手だと思った。私は「実戦力」という言葉をよく使う。日頃の練習で磨いてきた野球の腕を、実戦の場でどれだけ発揮できるか......その推進力になるのが野球勘だ。

 この春は、コロナ禍の影響で1年生の入寮が遅れたり、リーグ戦前のオープン戦が予定どおり消化できなかったり、ルーキーにとってはいきなり試練となった。にもかかわらず、この実戦力の高さはなんだ! しかも大学の公式デビュー戦で、申し訳ないが、4年生よりもハツラツと自信に満ちたプレーを見せている。

「しかし待てよ......」。そうは言ってみたが、山下の大阪桐蔭時代は控えで、さしたる経験を積んでいないはず。それが、レベルが上がったはずの大学野球で、これだけのプレーができる実戦力の高さはなんなんだ。

大阪桐蔭の控え選手の矜持

思い出したことがあった。

根尾昂(現・中日)や藤原恭大(現・ロッテ)がいた頃の大阪桐蔭も強かった。取材に訪れた生駒のグラウンドで、ある選手が話してくれた記憶がよみがえった。彼はレギュラー選手ではなかったが、大阪桐蔭の強さについて2つの理由があると教えてくれた。

「なんで強いんだって、よく聞かれるんですけど、第一には、もともとすごい選手が集まっているからですね。自分だって中学の時は、ちょっとは名の知れた選手でしたから」

 では、2つ目の理由はなんだろう?

「毎日、"大阪桐蔭"と戦っているからですね、きっと。ウチは試合形式の練習や紅白戦をたくさんやるんです。そうすると、投げてくるのは大阪桐蔭のすごいピッチャーたちだし、打つのも、守っているのも、みんな大阪桐蔭のすごい選手たちですから。いつの間にか選手個々のレベルが上がっている。だから、大阪桐蔭にレギュラーも控えもないんです。毎日、大阪桐蔭と試合できるチームなんて、日本中でウチだけですから。ほかとやったって、怖いチームなんてありませんよ」

"控え"というのは対外試合での立場であって、大阪桐蔭の選手たちは、毎日のように日本屈指の強豪校との実戦と重ねている"レギュラー"たちばかりなのだ。

 ならば、甲子園で2ケタの背番号でも、腕利き揃いなわけだ。

じつは、昨秋の明治神宮大会の時から、私は大阪桐蔭の背番号12の捕手・工藤翔斗が気になってしかたなかった。

背番号2・松尾汐恩とともにシートノックで動く姿に見ながら、ほかのチームならバリバリのレギュラーだろうな......と思った。

レガース、プロテクターを身につけたユニフォーム姿に、腰を割った姿勢からコンパクトな腕の振りで二塁ベースに糸をひくスローイング。ブルペンで受ける姿も「捕手」そのものだった。

その工藤がこの春のセンバツ、市立和歌山戦に出場して、当たり前のような落ち着きでマスクをかぶり、ホームランまで打ったから驚いた。

そりゃ、本人はうれしかったはずだが「オレだって、普通にこれくらいやりますよ......」みたいなフラットな抑えた感じの表情と雰囲気が、「大阪桐蔭の控え選手の矜恃」のように見えていた。

 工藤だって、きっと愛知の中学時代は、ちょっとは知られた捕手だったのだろう。いま、そんな「大阪桐蔭の控え捕手」という存在がすごく気になっている。