WBCが終わり、息つく間もなくプロ野球が開幕した。開幕当初、WBCに参加した選手の不調が話題となった。いや、公式戦がスタートして1カ月半以上経った今でも、その影響から抜け切れず、本来の調子に戻っていない選手もいる。 ヤクルトの山田哲人…

 WBCが終わり、息つく間もなくプロ野球が開幕した。開幕当初、WBCに参加した選手の不調が話題となった。いや、公式戦がスタートして1カ月半以上経った今でも、その影響から抜け切れず、本来の調子に戻っていない選手もいる。

 ヤクルトの山田哲人やDeNAの筒香嘉智も、そんな選手といえる。5月15日現在、山田は打率.240、4本塁打、14打点と本来の数字にはほど遠い。筒香も打率こそ.284と上向いてきたが、肝心の本塁打は3本で、その1本目も開幕から21試合目の4月27日の阪神戦でようやく飛び出したものだった。



一時は打率が1割台に落ち込むなど、不振を極めた山田哲人「たしかにWBCの影響はあるでしょう。しかし、選手により不振の原因は様々です。それを見極めて対処法を考えないと、復調できるものもできなくなってしまう」

 そう指摘するのは、野球解説者の伊勢孝夫氏。ヤクルト、近鉄、巨人などで打撃コーチやヘッドコーチを歴任し、中村紀洋や坂本勇人、山田哲人らを育て上げた球界屈指の指導者だ。

 伊勢氏はまず山田の不振について触れた。

「哲人の場合は、バレンティンが60本塁打を打った翌年(2014年)とよく似た状態に陥っていました。それは下半身の粘り不足。打者は打つときに、投手側の足を大なり小なり上げますが、いい打者というのは軸足に粘りがあり、概してステップ幅は小さく、極端にいえば構えたときの位置に戻すくらいで、そこから回転して打ちます。逆に調子の悪い打者は、ステップの幅が広くなり、軸足の粘りも利かなくなっている場合が多いんです」

 バレンティンが60本塁打を記録した年は、ステップしてもキッチリ鋭い軸回転でボールを飛ばせていた。だが翌年は、疲労などから、ステップ幅がやや広くなり、軸もぶれていたというのだ。今シーズンの開幕後の山田が、まさにその状態だったと解説する。

「歩幅でいえば一足半程度かな。目測に過ぎませんが、哲人のいい状態のときに比べれば、明らかに広かった。打てていないときは歩幅が広く、軸足の粘りもない。だから体が前(投手側)に飛び出してしまい、ボールを引きつけられなかった。最近はよくなってきたけど、とにかく哲人は、ステップした足が構えたときの位置にそのまま下りてくるかどうか。そこが彼の好不調を極めるポイントと言っていいんです」

 軸足の粘りがない状態が長引いていたのは、伊勢氏によれば、やはりWBCの影響によるトレーニング不足、走り込み不足が原因だと指摘する。

「代表チームでも下半身強化の走り込みなどは、気をつけてしていたと思います。でも、所属チームとの練習量と比べれば、やはり足りないことは否めない。それに哲人は指名打者での出場が多く、野手としてグラウンドに出る機会はほとんどなかった。その影響も少なくないと思いますね。イニングごとにダッシュして守備位置につく。あれだって、下半身には十分なトレーニングになっていますから」

 そしてこう続けた。

「哲人も帰国してから必死に走り込んで、間に合わせようと頑張ったと思いますが、やはり2月下旬から3月中旬まで試合中心だった影響は残っていたのではないかな……」

 一方、筒香についてはこう言及した。

「筒香の不振は、WBCそのものの影響というより、セ・リーグの投手の攻め方が変わったからだと見ています。今シーズンは内角への攻めが厳しくなっているのですが、筒香のスイングがまだそれに対応しきれていません。本来これは、キャンプやオープン戦の時期にすべきことなのですが、それができなかった。そのしわ寄せだと思います」

 セ・リーグの他チームは、昨年、筒香に40本塁打を許した反省から、オフにデータを徹底して見直し、”筒香対策”を練っていた。当然、筒香もそれを想定して準備すべきだったのだが、WBCに出場したため”対応策の準備”まで手が回らなかったというわけだ。

「相手の配球パターンの変化も、本来ならオープン戦のときから意識するものなのですが、筒香の場合、開幕後にようやく把握できたのではないかな。それから対処法を考え始めるのだから、時間もかかるわけです。ヒットは打てても本塁打が出なかったのは、技術の問題ではなく、相手バッテリーの変化に対応できていなかったからだと見ています」

 参考までに、直近である5月14日の阪神戦での筒香に対する攻めを振り返ってみると、全11球中7球がインコースだった。たしかに、わかりやすいほど内角を攻めているのが見てとれる。

 さらに伊勢氏は、こんな指摘をした。

「プロ野球界には”右投左打の死角”という言葉があるんです」

 それは、打席での内角ヒザ元を意味するのだという。右投左打の選手は、ほとんどが幼少期につくられた打撃フォームで、そんな打者ほど内角のヒザ元の攻略は難しいというのだ。

「根拠は定かではありませんし、そもそもただでさえ攻略が難しいコースです。しかし、実際に右投左打の打者は、この内角ヒザ元は死角といえるほど見えにくく、捉えづらい。去年の筒香はそのコースをうまく捌けていたけど、今年はちょっと苦しんでいる気がします。それもフォームの問題というよりは、配球の変化で惑わされているように思えます」

 では今後、ふたりは復調していくのだろうか。

「哲人はあれだけの選手ですから、そろそろエンジンもかかってくるでしょう。とはいえ、トリプルスリーは厳しいかな。打てなかった時期の数字を取り戻すためには、相当の爆発を見せないと……。筒香は哲人と違い、いわば”駆け引き”の対応ですから、攻略したとしても、去年並みの40本を打てるかどうかはわかりません。球界を代表する打者ですので、まったくダメということはないでしょうが、ドツボにはまる可能性がないわけじゃない。そうなると、シーズンを通して20本程度で終わることも……ないとは言い切れません」

 山田のステップ幅と筒香の内角ヒザ元への対応。今季のふたりの行く末は、これらのポイントに集約されると言ってもいいだろう。