あのヒロインがついにターフに帰ってくる。 一昨年、驚異の末脚を武器にして、無敗のまま牝馬三冠を達成したデアリングタクト…
あのヒロインがついにターフに帰ってくる。
一昨年、驚異の末脚を武器にして、無敗のまま牝馬三冠を達成したデアリングタクト(牝5歳)だ。昨春の海外GIクイーンエリザベスII世C(3着。香港・芝2000m)のあと、1年以上にも及ぶ休養を経て、5月15日のGIヴィクトリアマイル(東京・芝1600m)で戦列復帰を果たす。

ヴィクトリアマイルでおよそ1年ぶりの実戦復帰を果たすデアリングタクト
牝馬三冠もさることながら、アーモンドアイ、コントレイルとの三冠馬対決となった一昨年のジャパンC(東京・芝2400m)は「歴史的な一戦」と称された。そこでデアリングタクトは、2頭の三冠馬にこそ先着を許したものの、それ以外の馬には先着を許さず、三冠馬としてのプライドを示した。
ただその後は、やや精彩を欠いた。
「歴史的な一戦」のあと、年明け初戦となった昨春のGII金鯱賞(中京・芝2000m)では、逃げ馬を捕えきれずに2着となった。続いて、冒頭でも触れた海外GIのクイーンエリザベスII世Cでは、断然の1番人気に支持されながら日本馬2頭の後塵を拝して3着に終わった。
「こんなはずではない」――多くのファンが何かモヤモヤッとした心境を抱いたはずである。そしてその矢先、陣営からデアリングタクトが「右前肢繋靭帯炎を発症した」と発表された。
繋靭帯炎とは、馬の蹄付近の「つなぎ」と呼ばれる部分にある靭帯が炎症を起こすもの。屈腱炎と並んで、サラブレットには「不治の病」とされている。
事実、シーザリオ、ハープスターなど歴代の名馬たちが何頭も、この病が原因で引退に追い込まれている。デアリングタクトの父エピファネイアも、引退の理由は繋靭帯炎を発症したことだった。
だが、デアリングタクトは幸いなことに、陣営のスタッフによる懸命な治療とリハビリのサポートによって、戦列復帰までこぎつけた。
レースからおよそ1カ月前の4月13日に帰厩。以降、順調に乗り込まれ、4月末からは実戦モードに突入し、栗東トレセンのCWコースで終(しま)い11秒台の好時計まで出している。
この動きに対して「いい頃と比べると、動きはもうひとつ」と、同馬を管理する杉山晴紀調教師は辛口だったが、5月に入ると、ひと追いごとに素軽さを増していったデアリングタクト。その愛馬の動きには、「徐々にこの馬らしさを取り戻しつつある」と好感触を口にするようになっている。
主戦の松山弘平騎手も、当初は「歩幅が小さくなっている」と不満げだったが、直近では「よくここまで(戻った)」と、デアリングタクトが復調急であることを証言している。
ただ、その前途は必ずしも"視界良好"というわけではない。関西の競馬専門紙記者はこんな見解を示す。
「デアリングタクトのような一線級のオープン馬は、稽古をすれば時計は出るんです。ですから、いい時計だからといって、それを鵜呑みにすることはできません。大事なことは、動き自体が戻っているか、戦う体になっているか、です。
特にポイントとなるのは、筋肉。1年もの休養明けですからね。一見、馬体はもとに戻っているように見えても、筋肉は稽古だけでは戻せませんから。実戦を経ることで少しずつ筋肉がついていって、戦う体になっていくんです。
その視点で見ると、デアリングタクトはまだまだ、です。今回のヴィクトリアマイルでは、勝ち負けは厳しいでしょう」
実は繋靭帯炎には、そこから立ち直ろうとする時にも厄介なことがある。それは、調教の強度をそう簡単には上げられないことだ。
調教を無理に強くしようとすれば、それだけ患部に負担がかかり、再発の危険が増す。つまり、最初から目いっぱいには仕上げられない、ということ。その分、復帰初戦のヴィクトリアマイルでの好走は厳しい、という見立てになる。
繋靭帯炎から復活した馬と言えば、フェノーメノがいる。同馬は2013年の天皇賞・春を制覇し、その年の秋に繋靭帯炎を発症。およそ5カ月間の休養を余儀なくされたが、翌年の天皇賞・春で連覇を遂げた。ただし、復帰初戦のGII日経賞では5着に敗れている。
先述の競馬専門紙記者が再び語る。
「デアリングタクトには、ヴィクトリアマイルのあと、GI宝塚記念(6月26日/阪神・芝2200m)出走の予定があると聞いています。そして、もしそこで好走して馬体に問題がなければ、秋にはGIジャパンCに出走する計画もあるようです。
とにかく休養が長かったですからね。いきなりメイチの勝負というのではなく、本当の勝負は、次か、その次になると見ています。
そういう意味でもヴィクトリアマイルは、いわば"脚慣らし"の一戦。馬券に絡めなくとも、レースでデアリングタクトらしさを見せてほしい。この一戦に関しては、それが陣営の望んでいることではないでしょうか」
勝ち負けよりも、いかに"らしさ"を見せられるか。
デアリングタクトにとって、復帰初戦のヴィクトリアマイルはその点が最大のテーマと言えそうだ。