連載「スポーツと睡眠」第3回、全寮制で睡眠時間は確保も“いびき”にストレス「睡眠」は人間が生きていく上で、切っても切れな…
連載「スポーツと睡眠」第3回、全寮制で睡眠時間は確保も“いびき”にストレス
「睡眠」は人間が生きていく上で、切っても切れない関係にある。しっかりと体を休めて熟睡し、気持ちの良い目覚めを迎えて心身ともにリフレッシュするためにはどうすればいいのか。そんな“理想の睡眠”を追求しているのが、アスリートスリープコーチとして活動する矢野達人氏だ。「スポーツと睡眠」をテーマにした連載の第3回は、矢野氏が指導を始めた相生学院高校サッカー部で気づかされた、4人部屋などで生活する全寮制の部活ならではの問題に注目。安眠を妨げる「いびき」への対策を進めるとともに、選手に伝えた体内時計を整える「8つのルーティーン」を紹介する。(取材・文=加部 究)
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矢野達人はアスリートスリープコーチとして、この春から兵庫県相生学院高校サッカー部の指導を始めた。矢野にとってチーム単位の指導は初の試みだが、おそらくプロも含めてスリープコーチをつけるチームも国内では相生学院が初めてだろう。
同校を訪れた矢野は、まず選手たちに全50問近い質問を配り、それを参考にして個別の面談を進めていくことにした。個々の選手たちの背景を把握した上で、より良い睡眠ができる環境を整え、ルーティーンを組み立てていこうと考えたのだった。
プロサッカー選手の育成を目指す相生学院高校のプロジェクトがスタートしたのは4年前のことだった。当然1期生として集まってきたのは、大きな肩書を持たない中学生ばかりだったが、彼らが最上級生になった2021年度には全国高校サッカー選手権の県予選で決勝まで進み、日高光輝がJ1のヴィッセル神戸、福井悠人がJ3のカマタマーレ讃岐と契約を交わし2人のプロ選手を輩出した。
通信制の相生学院では、基本的に全体練習が午前中に終わるので、リカバリーの時間は十分に確保されている。一方、全寮制で新入生を迎えたばかりだったこともあり、睡眠環境は十全というわけではなかった。睡眠そのものは8時間以上取れている選手もいたので、総じて家庭から通学している一般の高校生よりも長かった。しかし反面「うるさい」という項目へのチェックが目立ち、少なからず安眠を妨げるストレスを抱えた選手がいることも判明した。夜更かしなら睡眠に対する理解を求め意識改革を促すことで取り除けるが、難題なのがいびきをかく選手への対策だった。
「いびきには様々な要因があります。慢性鼻炎、骨格、舌の筋力低下、喉周りの脂肪、枕が高過ぎるなど多岐に渡るので、いびきが気になる選手やいびきがうるさいと言われる選手を集めて話を聞いていく段取りを考えています。単純性のいびきなら対策グッズなどで解決できるし、就寝時間が近い選手を同部屋に集めるなどの工夫を進めていこうと考えています」
サーカディアンリズムを整える8つのルーティーン
これまで寮生活や部活の合宿はもちろん、競技によっては日本代表レベルでも「いびき被害」は笑い話で済まされてきた。しかし、いびきが恒常的に安眠を妨げていたとしたら、パフォーマンスや成長にも甚大な影響を及ぼしかねない。結局日本のスポーツ界全体が、睡眠に関わるコンディショニングについてあまりに無頓着だったことが分かる。
実際、相生学院の選手たちも「睡眠に関する基礎知識がまったくない」状態だったので、まず矢野はサーカディアンリズム(体内時計)を整えるためにやらなくてはいけない8項目のルーティーンを伝えた。
1.毎日決まった時間に起床する
2.起床したら、太陽の光を浴びる
3.毎朝、規則正しく朝食を取る
4.15時以降にうたた寝をしない
5.就寝の3時間前に夕食を済ませる
6.就寝の1時間前からは、強い光を避ける
7.就寝の90分前から、40~41度の湯舟に15分間ほど浸かる
8.寝る前にスマホを見ない(見ていなくても充電しながら傍に置かない)
睡眠を味方にすると、競技に取り組むマインドも変化していくことは初回でも紹介した。深い睡眠が取れれば、ネガティブな記憶を消去しやすくなるので、切り替えの上手い積極志向に変われる可能性が高い。
「もし今、眠りが浅くて消極的になりがちな選手がいたら、ルーティーンを整え、深い眠りを獲得することで強気な自分に変えられると信じて取り組んで欲しいと思います」
矢野のビジネスパートナーで世界最高のスリープコーチ、ニック・リトルヘイルズが指導をしているのは、国際的に頂点を競う恵まれた環境に置かれたチームばかりだ。そういう意味では、4人部屋の寮生活を送る高校チームでの指導は、日本ならではの新境地への挑戦となる。
(第4回へ続く/文中敬称略)(加部 究 / Kiwamu Kabe)
加部 究
1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近、選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。