実家の寺を継ぐため、2020年を最後に住職となった元NPB審判員の佐々木昌信氏。公式戦には通算2414試合に出場し、日…
実家の寺を継ぐため、2020年を最後に住職となった元NPB審判員の佐々木昌信氏。公式戦には通算2414試合に出場し、日本シリーズにも6回出場を果たした。そんな佐々木氏に「印象に残るキャッチャー5人」を挙げてもらった。球審を務める時、キャッチャーの背後に立つため、ほかのポジションよりも密接な関係にある。球審と捕手しか知り得ないエピソードとともに語ってもらった。

秀逸なキャッチングの世界一捕手
谷繁元信(元横浜、中日)
2004年のアテネ五輪、2006年の第1回WBCで、日本代表は海外の審判から厳しく非難されたそうなんです。その理由は、日本のキャッチャーは捕球する際、ミットをホームベース側に動かすから。
長い間、日本ではそれが普通で、キャッチャーの技術だと思われていましたが、海外の審判からすれば「ジャッジしやすいように、捕った球を審判によく見せろ。ミットを動かすということは、本来はボール球だ」という認識だそうです。
日本でも、谷繁捕手はミットが流れたためストライクをボールとジャッジされないようにしっかりと止める。逆に、ボール球はストライクゾーンに入れないというポリシーを持っていました。
ある試合で「審判さん、いまのがストライクではちょっと甘いですよ。次から修正してください」と言われたことがありました。ストライクゾーンに絶対の自信を持っていましたし、自分のチームの投手にも厳しかった。
とにかくキャッチングのうまさということで、谷繁捕手はNo.1でした。NPB最多の3021試合に出場し、捕手として2963試合出場はメジャーのイバン・ロドリゲスを上回る世界記録です。だから、私は谷繁捕手が世界一の捕手だと思います。
球史に残る強肩捕手は?
達川光男(元広島)
達川捕手といえば、『珍プレー、好プレー』というテレビ番組の常連で、とにかく言動が面白いことで有名でした。そんな達川捕手とは縁があり、私がNPBの審判員としてデビューした1992年は、彼の現役最終年でした。
じつは、私のプロ審判のデビュー戦は、広島の春季キャンプの紅白戦で、達川捕手もマスクを被っていました。
「実家がお寺の坊さんか。オレは審判に恥をかかす真似はせんけぇ、任せておけ、頑張れよ」と励まされたのですが、紅白戦とはいえ、こっちは緊張して、緊張して......記念すべき最初の球はド真ん中のストライク。それをあろうことか、「ボール!」とコールしてしまった。
「審判の先輩方、この坊さん、審判じゃメシ食っていけんぞ!」と、絶妙な広島弁の突っ込み。選手もほかの審判も、みんな腹を抱えて大笑い。恥はかきましたが、さすが全国区の人気選手だと、あらためて感心させられました(笑)。

強肩捕手として名を馳せた現オリックス監督の中嶋聡
中嶋聡(元オリックス、西武など)
昨年、セ・リーグの盗塁王は30個の中野拓夢(阪神)で、パ・リーグは24個で荻野貴司、和田康士朗(ともにロッテ)、西川遥輝(日本ハム/現・楽天)、源田壮亮(西武)の4人が分け合いました。
盗塁数が減ったのは、投手のクイックが全体的に浸透していることと、作戦としてヒッティングが増えたことが挙げられます。
かつては、名捕手と言われた選手たちと快足ランナーとの真剣勝負は見応えがありました。赤星憲広選手が5年連続盗塁王に輝いた2000年代はじめは、古田敦也捕手(ヤクルト)を筆頭に、谷繁元信捕手(横浜→中日)、阿部慎之助捕手(巨人)など、好捕手が揃っていました。
パ・リーグでも、メジャーでプレーした城島健司捕手(ダイエー、ソフトバンク→マリナーズ→阪神)や5年連続ゴールデングラブ賞に輝く甲斐拓也捕手(ソフトバンク)など、多くの名捕手が出ています。
ランナーを刺すには、肩の強さ、捕球してからの早さ、コントロールが重要になりますが、地肩の強さという点では、現在オリックスの監督を務める中嶋聡捕手以上の人はいないでしょう。
最も印象に残っているのは、1995年のオリックスとヤクルトとの日本シリーズ。低い弾道でそのまま二塁に到達したのを見た時は、度肝を抜かれました。あとにも先にも、あれほどの送球を見たことがありません。中嶋捕手は、間違いなく球史に残る「強肩捕手」だと思います。
ただのおしゃべりか、それとも策士か...
城島健司(元ダイエー、阪神など)
テレビで見ているだけではわかりづらいのですが、バッターは打席に入る時、キャッチャーや球審に軽くあいさつをします。その際、バッターに話しかける捕手がいます。その昔、野村克也捕手がバッターに話しかけて集中力を散漫にさせた「ささやき戦術」が有名ですが、審判に話しかけてくる捕手もいます。
私が知っているなかでは、城島捕手が筆頭です。1回から9回までずっとしゃべり続けていました。正直「ちょっとジャッジに集中させてくれ」というレベルです(笑)。もちろん、バッターの集中力を削ぐ目的もあったと思うのですが、単に話し好きだったんじゃないかと......。
ある試合でこんなことがありました。右バッターに対して、アウトコースのスライダー。誰が見ても完全なボールだったのですが、城島捕手は「佐々木さん、いっぱいいっぱいボールですか?」と。なんでそんなことを聞くのかわからずに「はあ?」と曖昧な返事をしたのですが、どうやらバッターには「はい」と聞こえるらしいのです。完全なボール球と思ったのが、ギリギリのボール球に......。バッターは自分の選球眼を疑い、戸惑ったそうなんです。
ただのおしゃべり好きか、それとも策士か。強肩・強打の捕手としてもすごい選手でしたが、私はそっちのほうで強く印象に残っています。
里崎智也(元ロッテ)
ストライクかボールか、どっちに判定されてもいいコースに決まった時、球審のジャッジにキャッチャーは納得せざるを得ません。しかし「ボール」とコールされて、キャッチャーが一瞬ピクっと反応することがあります。その時はたいてい「ストライク」です(笑)。
当然ながら、文句を言ったり、ストライクゾーンを再確認してくる捕手がいますが、里崎捕手は何も言わずにピッチャーに返球します。だから審判仲間で「里崎と書いて仏(ほとけ)と読む」と評していました。
またキャッチャーのリードは、困ったら「アウトローのストレート」「アウトローの変化球」が定石ですが、パ・リーグのキャッチャー、とくに里崎捕手は積極的にインコースのストレートで勝負するイメージがありました。
ある記者が「里崎捕手はフォークでワンストライク、フォークでツーストライク、高めのストレートのボール。そして最後はフォークと思いきや、ド真ん中のストレートで見逃し三振......。バッターの裏をかくリードは秀逸で見逃せなかった」と語っていたのですが、まさにそのとおり。「その配球で勝負するんだ」と何度も驚かされました。