リオ五輪柔道男子100kg級銅メダリスト・羽賀龍之介、インタビュー第2回 日本の総人口減少とともに、スポーツ界も各競技で人口減少が嘆かれている。柔道界でも同様だ。特に未来を担う小学生は17年間で約46%減少。五輪で数々の栄光を掴み、日本を沸…

リオ五輪柔道男子100kg級銅メダリスト・羽賀龍之介、インタビュー第2回

 日本の総人口減少とともに、スポーツ界も各競技で人口減少が嘆かれている。柔道界でも同様だ。特に未来を担う小学生は17年間で約46%減少。五輪で数々の栄光を掴み、日本を沸かせてきた国技が転換期を迎えている。2016年リオ五輪男子100キロ級銅メダリスト・羽賀龍之介(旭化成)は、競技の普及、育成に尽力している現役選手の一人だ。「THE ANSWER」が全3回にわたってお送りする単独インタビューの第2回。危機感や課題、普及に必要なことなどを聞いた。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 日本の国技が課題に直面している。全日本柔道連盟は、個人登録会員数の推移を公式サイトに掲載。2004年から21年までの過去17年間、男女各カテゴリーの合計人数は20万2025人から12万2184人に減少した。社会人に限れば2万530人から2万2396人に増加したが、大学生以下は軒並み減少傾向。特に小学生は4万7512人から2万5636人の約46%減と顕著だった。

「やっぱり数字を見ると、悲しさを感じるのが第一です。凄く残念なこと。でも、原因があると思います。その原因を僕たちが現役選手の立場でどう噛み砕いて、協力できるかを考えなきゃいけない。興味関心が減っているわけだから、選手としては応援してくれる人も減るわけじゃないですか。そんな寂しいことはない」

 羽賀は危機感を滲ませ、憂いていた。

 子どもへの行き過ぎた勝利至上主義が問題になった昨今。「(トップの)選手は試合で勝つのが一番の目的」としつつ、「それに加えて『柔道家が畳の上で勝つこと以外の価値』みたいなものを感じられる瞬間がもっとないといけない」と強調する。若い時にはこの大切さを感じられなかったが、25歳で銅メダルを獲得した16年リオ五輪頃からいろいろな世界を知り、競技普及について深く考えるようになった。

 一つは、フェンシングで五輪2大会連続銀メダルの太田雄貴氏の話を聞いたことがきっかけ。同氏は現役時代から競技の普及、育成に尽力し、大会でもファンを盛り上げる施策をいくつも講じてきた。刺激を受けた羽賀は「現役選手は興味関心をあまり持っていないなと思った。もう少しそこの意識は必要」と現状を見つめ直した。

「テレビに出たらその選手の認知度が上がるけど、普及に繋がっているかというとそうじゃないのかなって。太田先輩の話で共感したのは『競技をやっていると、こんなことがあるよという部分を、もっともっと伝えていく必要がある』と言っていたこと。それはオリンピアンとか、ある程度の影響力がないとできない。そういう選手たちが積極的にやるべきだと思います」

 柔道をやって得られる価値、メリットとは。全日本選手権に5度出場した父・善夫さんのもと、5歳で競技を始めた頃から厳しく指導されたものだった。

「やっぱり礼儀や柔道の精神と言われるもの。互いが礼をして組み合うのは、柔道ならではだと思います。相手を投げるということは、投げられる人がいる。相手を敬うことにも繋がります。柔道には教育的な要素が凄く詰まっている。競技的な側面以外にある、柔道のもう一つの理念は人間形成。柔道家として社会にどう貢献していくかという点もあります」

 実力も、人間的な部分でも研ぎ澄まされていると感じるのは、五輪連覇した大野将平だ。同じ旭化成所属で同学年。東京五輪では勝っても表情を崩さず、静かに畳を下りた。「彼はさすがだなと思う。誰しもガッツポーズをして喜びたいところで凛としていて凄い。柔道家としてあるべき姿を理解して、体現しようとしてる。そこをもっと多くの人に感じてもらえたらいいですよね」と願う。

盛り上がった柔道教室、一方で生まれた課題「悲しい思いをさせてしまった」

 そんな柔道の魅力を伝えるため、やるべきことは「本当にいっぱいある」と苦笑いする。選手がやるべき課題として「もっと競技以外での活躍をすべき」と例を挙げた。

「本当に小さなことですが、試合後に会場で子どもたちに握手を求められたら対応する。『頑張ってね』と一言添えて肩を叩くとか。それを親御さんが見て『柔道選手ってしっかりしてる。柔道をやらせてみたいね』と思うかもしれない。やらなければ、『柔道選手って怖いな』と思われてしまうかもしれない。だから、選手にはもっともっと意識してやってほしいなって僕は思います」

 自身は全柔連のアスリート委員を務め、大会後にツイッターで運営方法や改善点をファンにアンケート。実際に担当者に伝え、より良くなるよう動いている。2020年の緊急事態宣言下でも、SNSを活用してトレーニング方法などを積極的に発信。多くの選手を巻き込み、競技発展に力を注いできた。

 コロナ禍で減ってしまったが、以前は年間7、8回ほど柔道教室を開いていた。経験者に技術を伝えるのはもちろん、初めて柔道に触れる子たちに魅力を伝えることを意識。重量級選手が実演してみせた。100キロ前後の選手が投げ合う音、スピードは大迫力の光景。親子参加型にする工夫を凝らし、大いに盛り上がった。

「魅力を伝えるために、最初に話だけをしても伝わらないんです。受け身や礼儀も大切ですが、まずは子どもたちに僕たちを投げさせる。『すごーい!』ってなるんですよ。その後、今度は選手がお父さんたちを投げちゃう。『やばい、お父さんが投げられた!』って。そこで『柔道ってこんなにすごいんだ!』と思ってもらえるようにしています」

 目を輝かせる子どもたち。その様子を語る羽賀の声も嬉しそうに弾んでいた。

 ただ、盲点を突かれた経験もある。柔道教室の後、参加者のあるエピソードを聞かされ、「リアルな課題」を知った。

「その後のケアができていなかったんですよ。親御さんが近くの道場に行ったらしく、そこでは80歳ぐらいの方が1人で教えていて、生徒が7人ぐらいいた、と。でも、最初の2週間は受け身だけだったらしいです。自分も頭が回っていなかったと反省しました。

 もちろん受け身も、礼法も大切ですが、最初の2週間ずっと受け身だけをするのは大人でも飽きると思う。次の段階へのアプローチを全くできていなかった。柔道は面白い、かっこいいぞって伝えたのに、かえって悲しい思いをさせてしまいました」

全中は部活以外からも出場可能へ、羽賀「今後を見ていきたい」

 全柔連では公認指導者資格を設け、指導者の育成にも力を注いでいる。規定も都度改善され、より良い方向へ歩もうと努力しているところだ。ロンドン、リオ五輪男子66キロ級銅メダルの海老沼匡氏は、日本オリンピック委員会(JOC)のスポーツ指導者海外研修員として英国留学。24年3月までの2年間、日本の国技ながら海外の指導法を学ぶために行動した。

 日本中学校体育連盟は2023年度から全国中学校体育大会について、学校単位だけでなく、民間のクラブや団体としても出場できるよう参加要件を緩和する方針を決めた。道場がない、指導者がいない学校でも、地域の道場に通って大会出場が可能になる。

 羽賀は「全てがポジティブかどうかわかりませんが、取り組みは面白い。部員数が少なくても、近くの道場に所属すれば団体戦に出られる。そういった面では柔道を継続できる環境が届く。今後を見ていきたいですね」と期待している。

 東京五輪では、史上最多9個の金メダルを含む12個のメダルを獲得し、最強を証明した日本代表。競技別では過去103個の体操に次ぐ96個と2番目に多く、数々の感動を届けてきた。「長い目で見た時、競技人口が減ると競技力が低下していくんじゃないかと感じています。今は凄い転換期。いろいろとテコ入れしていますが、どうなっていくか予想がつかないです」。今、動かなければ10年、20年先に衰退している可能性は大いにある。

 将来、どんな柔道界を望むのか。競技を愛する羽賀は「なってほしいとか、そんなふうに遠くからは見ていない」と身近な問題であることを強調した。

「現役中にできることはやっていきたいです。やっぱり現役選手が会いに行くことに意味があると僕は思う。大会運営とかは現役選手がやることじゃないと思われるかもしれない。だから、引退後はそういうところも協力しながら、柔道を通していろいろな角度から魅力を伝えていきたいですね。

 現役中にコロナ禍で無観客試合を経験したのは、将来的にいいことだったと思います。有観客だったこの前(4月2、3日)の選抜体重別選手権では、『観客が持つ影響ってこんなにあるんだな』と感じました。お客さんも『生で見た方が面白いわ』と感じてもらえたと思う。より多くの人に見てもらい、応援してもらうことを望まない選手はいません。もっともっと頑張って突き詰めていきたいです」

(最終回「異常な親による勝利至上主義、解決に導く柔道家の経験談」は1日掲載)(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)