“五輪王者が圧巻の強さをみせ堂々の優勝”4月22日から3日間に渡り開催された「X Games Chiba 2022 Presented by Yogibo」のスケートボード・ストリートを一言で総括するなら妥当な言葉なのかもしれない。確かに結…

“五輪王者が圧巻の強さをみせ堂々の優勝”

4月22日から3日間に渡り開催された「X Games Chiba 2022 Presented by Yogibo」のスケートボード・ストリートを一言で総括するなら妥当な言葉なのかもしれない。
確かに結果だけをみるなら堀米雄斗は予選・決勝ともに1位と、申し分ない成績を収めているので、こういった見出しが並んでもおかしくないだろう。
しかし、その裏にはこんな一言では到底収まらない、様々な人間ドラマが隠れていた。

天候悪化が生んだ劇的ドラマの序章


降り出した雨を気にする素振りを見せる堀米雄斗

そもそも、その予兆は女子ストリートの決勝途中あたりから見え始めていた。
雲行きが怪しくなり、ほんのわずかではあるが霧雨のようなものを感じたからだ。
女子ストリートはなんとか予定通り行えるだろうが、男子ストリートは最悪中止の可能性も考えられる。
当日現場でオフィシャルメディアとしてシャッターを切っていた筆者にはそのような嫌な思いが脳裏をよぎった。

そうしてまもなく男子ストリートは練習に入ったのだが、この時はまだ霧雨ながらも誰の目にも雨が降っているのは明らかだった。
先の展開が全く読めない状況ではあったが、筆者が心配だったのが降雨によりパークのコンディションが悪化したことで起こる選手達のケガだった。
というのも、スケートボードはほんの少しバランスがズレるだけでメイクできるかどうかが決まるほど繊細なスポーツである。そのため天候に左右される部分がかなり大きい競技でもあるのだ。

実際にこの時も雨で路面やセクションが濡れ始めてきており、通常よりもスリッピーな状態になってきているなと感じ始めていたのだが、その時に案の定危惧していたことが起こった。あろうことか堀米雄斗が練習中にメインのハンドレールで着地に失敗しクラッシュ。
痛みで歪んだ表情もはっきりと確認することができた。
それも一度ではなく二度も。しばらくうずくまったあとに立ち上がり、その後は平然としていたのだが
さすがにこの瞬間を真横で見ていた自分には「今日は難しいかもしれないな……」との思いが脳裏をよぎった。


なんとか立ち上がったものの、苦痛に顔を歪める堀米雄斗

極限まで追い込まれた五輪王者


一本目で会心のランを見せた池田大暉のキックフリップ・フロントサイドブラントスライド

案の定、鉛色の空からはスタート直前に雨粒が落ちはじめコンテストは一時中断。スタッフによるブロワーや雑巾掛けによる復旧作業と、一時的に弱まった雨のおかげでなんとか再開できる状態にはなったものの、オフィシャルメディアで共有しているレシーバーには「ランは1本だけになるかも知れない」との情報も入ってきた。

痛みが残る身体に加え、一本のミスが命取りになる可能性があるレギュレーションの変更は、堀米にとっては極限まで追い込まれた状態であったことが容易に想定できる。
中断中に運営側と話し込む姿も見られたし、雨を気にする素振りも見せていたので、「ぶっちゃけ僕はやりたくないと思った」との談は偽らざる本音だったのではないだろうか。

しかも、彼にとってはそこからさらに追い討ちをかける出来事が起こった。池田大暉、白井空良という日本勢の会心のランを見せたのだ。全選手の先陣を切って走り出し、1本目に会心のノーミスランを見せた池田大暉は思わずカッツポーズ、そしてノーミスとまではいかなかったものの、白井空良はキャバレリアルシュガーケーングラインド(進行方向と逆に進みお腹側に360度回転しながら後ろ側のトラックで対象物をまたぎ越してから斜めに掛けるトリック)やバックサイド180スイッチフロントサイドクルックドグラインドという、おそらく世界で彼以外にできる人物はいないであろう2トリックを成功させ、堀米の滑走直前までは彼らがワンツーフィニッシュ。


現在彼以外にこのトリックをできる人物はいるのだろうか!? 白井空良のキャバレリアルシュガーケーングラインド

堀米の優勝を予感させてくれた一瞬の出来事


歓喜に沸く白井の前を横切る堀米。背中の文字と相まって、周囲の状況に左右されない彼の強靭なメンタルが感じ取れる一瞬だ

そんな状況であれば、通常の人間ならば動揺が見えてもおかしくない。
しかし、彼は冷静だった。
脅威のトリックで会場を沸かし、仲間達と喜び合う白井を横目に、淡々と自身のランへ向け準備を進めるために白井の前を横切る姿を筆者はキャッチしていたのだ。しかも背中には「Don’t bother me anymore(俺は好きなことをやってるから、俺に構わないでくれ)」とプリントされたTシャツ。この瞬間に関していえば好きなことというより、自分のやるべきことといったニュアンスの方が正しいと思うが、コンテスト終了後のセレクト中にこの写真を見つけた瞬間、自分には彼が勝ち取った優勝という結果と妙にシンクロしているように感じた。

なぜならスケートボードのコンテストは他人と競う競技でありながらも、結局は自分との戦いだからだ。
“自分が練習してきたニュートリックをメイクできれば絶対に勝てる”
そうやって彼はどんな状況に置かれようとも自らを客観的かつ冷静に捉えて、今すべきことを明確にしているのだろう。
思えば東京五輪もランでは2本とも失敗して、同じような極限状態に追い込まれていた。
しかしベストトリックでの見事なまでの逆転劇を演じている。

決めるべき時に決める並外れた精神力


練習中に2度身体を打ちつけたノーリーバックサイド180スイッチスミスグラインドを本番では完璧にメイク

そして、やはりというべきなのか、ここでも五輪王者は強かった。
1本目は全トリッククリーンメイクとはならなかったものの、ラストには練習中にスラムして身体を強打したノーリーバックサイド180スイッチスミスグラインド(ボードの前方を弾いて背中側に回転し、レールをまたぎ越してボードを斜めに掛けるトリック)を完璧にメイクして見せ、首位に躍り出る。

そして2本目はさらに観客の度肝を抜く、今までコンテストで見せたことのない、スイッチトレフリップ フロントサイドリップスライドを完璧にメイク。これは逆足を使って空中で板を縦横360度回し、レールをまたぎながら滑り降りる超大技で、五輪後に取り組んだニュートリック。それを最後の最後に繰り出して、見事成功させてしまうところに彼の千両役者っぷりが見て取れる、「一番最後に出した方が盛り上がるので」と、五輪では不在だった観客の盛り上げ方も超一流だった堀米雄斗。
優勝が決まった瞬間の安堵を浮かべた表情は、今もしっかりと自分の脳裏に焼き付いている。

いつまでも変わらない頂点に立つ者の人柄


表彰台のトップに立ち、万感の想いの堀米雄斗。左は銀メダルの池田大暉、右は銅メダルの白井空良

自分は今回久しぶりに彼と対面することができたのだが、所々に見せるその仕草は自分が昔一緒に仕事した純粋なスケボー少年の頃の印象となんら変わらず、心のどこかで安心した気持ちになったことも最後に付け加えさせていただきたい。

そうやって彼は今後も前人未到の道を切り開いていくのだろう。
日本人が表彰台を独占というストーリーの裏には、このような間近で現場を見たものにしかわからない人間ドラマが存在していた。


自身のランを終えた直後。ホッとした気持ちと同時に仕事をやり遂げた充実感も感じる表情だ

続いて女子ストリート。

ここではブラジルのスーパースター、ライッサ・レアウが序盤から優位に立ち、X Gamesでは自身初の金メダルを獲得、シルバーメダルは富山県出身の東京五輪銅メダリスト、中山楓奈と前評判が高かったライダーは前評判通りの強さを見せてするという形で幕を閉じたのだが、それでも見所は随所にあった。


女子ストリートの表彰台に上がった3名。左から中山楓奈、ライッサ・レアウ、クロエ・コベル

新世代を象徴するスーパースター


デッキの立たせ具合から何まで完璧なフロントサイドブラントスライド

優勝したライッサ・レアウは、今後世界のガールズシーンの中心となるべき存在であるし、得意技のフロントサイドフィーブルグラインドやバックサイドスミスグラインドは相変わらずのスタイリッシュな動きだった。以前よりも少し大人びた印象に成長した彼女はinstagramでも660万人という脅威的なフォロワー数を誇っている。実力のみならず、そのルックスからもこれから彼女の時代はしばらく続くのではないだろうか。


自身のランを終えて首位に立ったことで喜びを分かち合っていた

成長した姿を見せた東京五輪銅メダリスト


コンテストでは初披露となった中山楓奈のバックサイドオーバークルックドグラインド

そして2位の中山だが、彼女の十八番トリックであるフロントサイドクルックドグラインドの切れ味は相変わらず抜群。ただ今回はそれに加えバックサイドオーバークルックドグラインドグラインドも初披露と成長した姿を見せてくれた。
それに以前の彼女は、多くの観客を目にするとあまりの緊張から涙ぐむシーンも見受けられていた(東京五輪は無観客だったからこそ銅メダルを獲得できたのではという声もあるほど)のだが、今回も表情から緊張は伝わってきたものの成長した姿を見せてくれたように思う。

秘めたポテンシャルは随一


これを見たコアなファンは度肝を抜かれたことだろう織田夢海のキックフリップ・フロントサイドフィーブルグラインド

さらに特筆すべきは4位の織田夢海だろう。
彼女は東京五輪には出場していないので一般の方には馴染みが薄いかも知しれないが、東京五輪出場をかけた世界ランキングでは、決定直前まで西村碧莉に次ぐ日本人2位につけていた実績をもち、金メダリストの西矢椛や中山楓奈とともに新時代を牽引するキーパーソンと目されていた人物なのだ。

その証拠に今回彼女がランで見せたキックフリップ・フロントサイドフィーブルグラインドは女子ストリートではブッチギリの最高難度のトリックだった。しかし、それであっても彼女はいまだに国内大会(オンラインコンテストは除く)でも勝利経験がない。毎回上位には食い込むものの、あと一歩が届かないのだ。
彼女ほどの実力があればいつとってもおかしくはないのだが、それもまた勝負の綾なのだろうか。
仮に今後彼女が初の栄冠手にしたのだとしたら、そのまま連勝街道をひた走る可能性もあるほど突出した可能性を見せていた。

シーンを牽引し続ける日本の顔


ケガの回復半ば。それでも日本のファンに勇姿を見せてくれた西村碧莉

そしてここでもどうしても触れたくなってしまうのが、長らく日本女子の顔として活躍し続けている西村碧莉だ。
日本女子の中では抜きんでた実績をもつ彼女ではあるが、今回は昨年9月に負った右膝前十字靱帯断裂からの復帰戦。
決勝では明らかに膝を気にする素振りを見せていたし、まだまだ100%の状態でないことは誰の目にも明らかだった。

ただ、そんな状態であろうともきっちりと予選は通過してくるところに、彼女の持つ鋼のメンタリティの一端を感じ取ることができたのは筆者だけだろうか。コアなファンからすれば、彼女の出場は大会自体の盛り上がりにも影響するであろうことは揺るぎない真実。今回日本のファンに勇姿を見せてくれたことに感謝の言葉を送りたいと思う。


彼女の存在無くして、今のガールズシーンはないと言える。まさにレジェンドと言えるだろう

まだまだこれから


Games Chibaの最年少アスリートとして銅メダルに輝いたクロエ・コベル。女子はとにかく若年層の突き上げが激しい

最後に女子のスケートシーンだが、今回は以前にもまして若年層の活躍がより顕著になったのではないかと思う。
西村碧莉と同世代で、東京五輪における世界ランク1位だったパメラ・ロザが6位に沈んでしまった代わりというのはおかしいかもしれないが、ルーキーのクロエ・コベルはX Games Chibaの最年少アスリートとして銅メダルに輝いていることは、その流れを象徴する結果だったのではないだろうか。

現在の日本はスケートパークの整備とともにスクール環境も急速に整い始めている、堀米雄斗といった新時代の日本を象徴するヒーローがスケートボード界にいることも相まって、今後競技レベルは急速に上昇していくと思っている。

「まだまだこれから」

それはこの業界自体も、もちろん筆者本人も感じている。
今後もスケートボードがどうやって進化していくのかを、この目で見守りシャッターを切り続けていきたいと思う。

The post 悪天候が導き寄せたドラマチックな幕切れ。 堀米雄斗の本当の凄さは強靭なメンタリティにある。 first appeared on FINEPLAY.