世界各国で大会が開催されている世界最高峰の障害物レース、その名も「スパルタンレース」。その過酷な競技で世界に挑んでいる女性がいる。陣在ほのか、23歳。彼女が日頃、トレーニングを行なう横浜のジムを訪ねた。陸上からスパルタンレースに転向し、世界…

世界各国で大会が開催されている世界最高峰の障害物レース、その名も「スパルタンレース」。その過酷な競技で世界に挑んでいる女性がいる。陣在ほのか、23歳。彼女が日頃、トレーニングを行なう横浜のジムを訪ねた。



陸上からスパルタンレースに転向し、世界上位を狙う陣在ほのか

過酷なレースに挑んだ理由

「オールマイティーに何でもできる強い選手になりたいんです。目指すは唯一無二のオールラウンダーです」

 まぶしいほどの笑顔を見せ、そう語るのはスパルタンレースで活躍する陣在ほのかだ。体は決して大きくないが、彼女の言葉や振る舞いからは、その肉体に抑えきれない躍動を宿しているのを感じられる。

 スパルタンレースと聞いてピンとくる人はさほど多くないだろう。アメリカで生まれ、日本では2017年にレースが初開催された新興のスポーツである。特徴は各カテゴリーで5〜21㎞のランに加え、20〜30個の障害物を超えていくタフさが要求されるレースであること。泥まみれでほふく前進することもあれば、有刺鉄線をくぐり、炎を跳び越え、ロープによじ登り、壁を乗り越え、10㎏以上の重りを抱え走るなど、過酷きわまりないことから"ランニング界の格闘技"とも呼ばれている。



レースでは炎を飛び越える障害物も。アブダビで開かれた世界選手権にて



砂漠に設置された有刺鉄線をくぐるコース



10kg以上ある重りを担いで歩く。横須賀で開かれたレースにて

 昨年12月に開催された世界選手権(アブダビ)に日本代表として参加した陣在がスパルタンレースに取り組み始めたのは2020年の夏。それ以前は学生で、陸上の800mの選手をしていた。高校時代は日本選手権に出場するなど成果を残していたが、その後、日本体育大学に進むとケガやコンディショニング不良、さらにコロナ禍もあって思うような選手生活を送れずにいた。

 そんな時に出会ったのがスパルタンレースだった。

「コロナで引退レースもできずに陸上生活が終わってしまった感じだったんです。なにかもう少し自分でできるんじゃないかって、最初はクロスフィットをやろうと思ったんですけど、ジムでスパルタンレースのことを知って、もともと陸上の選手ですし、こっちのほうが向いているんじゃないかって」

 完全燃焼できず、くすぶりを抱えたまま終焉(しゅうえん)してしまった陸上人生。そしてスパルタンレースとの偶然との出会い。陣在の血はたぎった。

「楽しいだけじゃ終われないというか、自分自身を追い込むのが好きだったし、おもしろそうだなって素直に思ったんです。走るだけではダメだし、障害を越えるために体を鍛えるだけでもダメ。総合的な要素が必要になってくるのがすごく新鮮だったし、この競技の魅力的なところだと思いますね」

「すべての部分が必要な競技で、だから楽しい」

 陸上で一番過酷だと言われる中距離競技で鍛えた肉体とスキルをベースに、陣在は頭角を現していく。昨年は「SPARTAN RACE 2021 YOKOSUKA SPRINT Elite」で優勝、「SPARTAN RACE 2021 NIIGATA SUPER Elite」で準優勝するなど、出場をする国内レースでは上位に食い込んだ。

 持ち味はもちろんランニングではあるが、ウィークポイントを尋ねると「握力系の障害物ですね」と、陣在は苦笑をする。

「陸上時代は上半身の筋力を鍛えるということがほとんどなかったので、握力を主に使う障害物に弱くて、今後の課題です」



日頃からジムでレースを意識したトレーニングに励む





 スパルタンレールのルールの特徴として、障害物を越えられなかった場合、バーピージャンプ(スクワット・腕立て・ジャンプを1セットとして連続して行なうトレーニング)を30回などのペナルティーが課せされて、それをクリアすることで次の障害物に進むことができる。

 また戦略的に障害物にトライせず、最初からエスケイプしてバーピーをするというやり方もあるという。当然ミスなく障害物をクリアすることがタイム的にも一番いいのだが、粘ったうえでミスをすることも少なからずあり、自分の状況を鑑みリスクを冷静に判断することも重要になってくる。

「精神的な部分も重要になる競技ですね。疲労した状態でどれだけ正確に障害物をクリアすることができるか。そこは心拍数が上がっている状態で冷静に駆け引きをしなければいけない中距離と似ているかもしれません。駆け引きの部分が、スパルタンでは障害物への対応になってきますね。きついタイミングでハードルが出てきて1本目から足をつってしまい、全部で3本、足(の自由)が利かない状態でクリアしたこともありました(笑)。そういう意味では、人間としてすべての部分が必要な競技で。だから楽しいんですよね」

 そう言うと陣在は満足そうな表情を見せた。



 ここまでの話を聞くとあまりにもタフなスパルタンレースであるが、陣在のようなアスリートレベルの選手ばかりではなく、一般参加者にもアプローチしやすい競技になっており、女性の出場者の姿も多く見られる。

 レースのカテゴリーは難易度によって内容が異なる「スプリント(ラン5㎞以上+障害物約20)」、「スーパー(ラン13㎞以上+障害物約25)」、「ビースト(21㎞以上+障害物約30)」が設定されているほか、障害の難易度を抑えた「キッズレース」や知的障がいや発達障がいを抱えたレーサー向けのカテゴリーもあり初級者から上級者、あるいは年齢や性別などを問わず誰でも参加することができる。

 また障害物を越える際に、参加者同士で協力することも許可されており、ゴール時にはハートウォームで不思議な連帯感と達成感の得ることのできるスポーツでもある。

「楽しくやろうと思えば、絶対に充実感を得られると思います。キツかったら歩いて完走すればいいし、みんなで助け合ってゴールを目指すのも自由。汗だく、泥だらけになって次の日は筋肉痛でしょうけど、それも気持ちがいいし、生きているなって実感できますよ(笑)。出場したら絶対に楽しめるはずので、たくさんの人に参加してもらいたいですね」

スパルタンレースの「広告塔」に

 まるで童心に帰れるようなワクワク感がスパルタンレースにはあるといい、トライすることで人生は豊かになると陣在は断言する。

 だからこそ、くすぶっていた自分のハートに火を点けてくれたスパルタンレースを陣在は多くの人たちに知ってもらいたいと思っている。このスポーツが普及することで価値が上昇すれば、当然さまざまな波及効果が得ることができる。自分から率先してPRしていこうと動いている。

「スパルタンレースの知名度からすると、正直、競技そのものに興味をもってアクセスしてくれる人ってまだ少ないと思うんです。ですから、私がメディアに出て、自分自身を知ってもらうことで『スパルタンレースというのがあるんだ』という入口になってくれればいいなって思っているんです。毎日のSNSでの投稿や動画の配信など、まずは自分自身が有名になってスパルタンレースの存在を認知してもらえたらうれしいです」



溌剌とした表情が印象的な陣在。競技の発信にも取り組む

 世界40カ国以上、年間170以上のレースが開催されているワールドワイドなスポーツ。日本でメジャーにするためにも陣在は、国内トップとして世界に通用する選手にならなければいけない。

「目指すはアジアでトップ、そして世界選手権で入賞することです」

 目を輝かせ陣在は言う。昨年12月に初参加したアブダビで行なわれた世界選手権では、砂漠のコースに悪戦苦闘し、自分の力のなさを痛感したという。

「日本で砂浜や砂丘でトレーニングしたのですが、砂漠はまったく別物で、地面からまったく反発をもらえずまともに走ることができませんでした......。足の爪も3枚持っていかれて......。ただ世界のレベルを実感することができましたし、自分が失敗した障害物を世界のトップがどう攻略しているのかバーピーしながら見ることができましたし、得るものo多かったと思います」

 負けん気の強さが表情に表れる。競技の性質上、鍛えるべきところは無数にあり、今は週6日、朝から晩までトレーニングに費やしている。またスパルタンレースは国内での開催数が少ないので、クロスフィットやトレイルランニングのレースにも参加する予定だ。

「基本的にわたしは勝つことが好きで、負けることが嫌いなんです。何をやっても勝負事は燃えますし、スポーツをやっている意味はそこにあると思っています」

 目下、5月28日の千葉大会にエントリーし、さらに9月17日の新潟大会で上位に入って12月開催の世界選手権の日本代表になることが目標だ。場所は再び砂漠の国・アブダビ。リベンジも含め、陣在の胆力が試される。

「自分が動けるうちは、自分の勝ちを目指したい」

 目指すは唯一無二のスパルタンレーサー。これからの陣在ほのかの活躍に注目だ。



スパルタンレースでの夢を語る陣在



【profile】
陣在ほのか じんざい・ほのか 
1999年、神奈川県生まれ。約10年間の陸上競技生活を経て、2020年7月、スパルタンレースに競技転向。「SPARTAN RACE 2021 YOKOSUKA SPRINT Elite」優勝、「SPARTAN RACE 2021 NIIGATA SUPER Elite」準優勝、「SPARTAN WORLD CHAMPIONSHIP BEAST」日本代表など実績を残す。SNSやYouTubeでは競技について日々発信している。