「いいものは盗んで、『ルパン』できたらええなと思ってます」「ルパン」を動詞として使う言語感覚に、思わず吹き出してしまった。大阪経済大のドラフト候補右腕・才木海翔(さいき・かいと)が「ルパンする」のは、財宝でも心でもなく、野球の技術である。「…

「いいものは盗んで、『ルパン』できたらええなと思ってます」

「ルパン」を動詞として使う言語感覚に、思わず吹き出してしまった。大阪経済大のドラフト候補右腕・才木海翔(さいき・かいと)が「ルパンする」のは、財宝でも心でもなく、野球の技術である。

「豆腐やないですけど、『全部吸収や』と思ってるんで。アメリカのニュースを見ながら、『どうやってあの球を投げるんやろ?』と想像しながら、自分でやってみるんです。どんな選手でも、ここはええなと思う部分って必ずあるので」



最速151キロを誇る大阪経済大の才木海翔

変化を恐れないマインド

 大阪経済大にドラフト1位クラスの好投手がいるらしい----。

 そんな噂が流れ始めたのは、昨年の秋頃だ。才木海翔という最速151キロを計測する右の本格派で、北海道栄高時代からドラフト候補として知られていた。

 春のリーグ戦の開幕を控えた3月下旬、才木がオープン戦に登板すると聞きつけ、大阪府茨木市の山間部にある大阪経済大の野球部グラウンドへ足を運んだ。

 その日、才木は最終回の1イニングを投げることになっていた。複数人で視察に訪れるNPBスカウトもいるなか、才木はブルペンで投球練習を始めた。

 捕手を立たせた状態での投球姿に、思わず首をかしげてしまった。左ヒザを早く開いてアウトステップする、いわゆる「開きの早いフォーム」。そのうえ、なぜかスローカーブばかり多投する。流れる汗を拭いながら、才木は「あぁ〜、調子わりぃ!」と吐き捨てた。

 その姿だけを見ればドラフト候補とは思えなかったが、実戦のマウンドに上がると印象は一変した。ブルペンでのクセのある投げ方から、バランスのいい投球フォームへ。思わず「別人か?」と疑ったほどだ。快速球は低いゾーンから捕手のミットを押し上げるようなキレと球威があり、この日は最速145キロを計測した。

「投げてる姿だけやと、『あいつ何やねん』って思われると思います」

 登板後に話を聞くと、才木は自身の考えを語り始めた。

「ブルペンでは体の使い方を覚えたいから、いろんな投げ方を試しているんです。たとえばサイドで投げると、肩甲骨を大きく使える。下半身もあえて開いて投げたり、ほかの選手のマネをしたり、いろいろと試してます」

 そして、才木はこう続けた。

「カメレオンみたいなもんです」

 普通の投手なら「投球フォームを固める」という考え方が一般的だろう。だが、才木は「引き出しを増やしたい」と、さまざまな動きにチャレンジしている。なぜなら、肉体が変化しているからだ。

「ここ(大学)に入った時は68キロだったんですけど、今は86キロあります。体はある程度は完成形に近づいていると思うんですけど、それに伴って使い方も変わってきてるので。今まで気合と根性だけでやってきましたけど、今は自分の体に合った投げ方を探しているところです」

 いろんな体の使い方を試すことで、元の投げ方を忘れてしまう恐怖はないのだろうか。そう聞くと、才木はあっけらかんとこう言った。

「そこは割りきって、思いきって投げるしかないです。同い年の吉田(輝星)や柿木(蓮/ともに日本ハム)も、プロに入ってフォームが変わっていってるじゃないですか。『この投げ方じゃないと無理』というピッチャーは、プロではダメやと思います」

 大谷翔平しかり、一流のアスリートは変化を恐れない。才木にもそのマインドが備わっているように感じられた。

「才木が敬語を使えてる!」

 話を聞けば聞くほど、どうしてこんなユニークな思考の持ち主が誕生したのか気になってしまう。北海道の高校に通ったのにコテコテの大阪弁を話すのは、大阪府豊中市で生まれ育ち、高校だけ北海道に越境入学した「野球留学生」だったからだ。

 中学時代の自分を振り返り、才木は「ラクな道に逃げていた」と総括する。

 大阪といえば中学硬式クラブチームの激戦区だが、才木は「練習がキツいのはイヤやった」と学校の準硬式野球部へ。先輩にも教師にも敬語を使ったことはなく、「勉強からも逃げた」と学業成績も悪かった。

 それでも、毎週バッティングセンターが主宰する練習会に通っていたところ、才木に声をかけてきた大人がいた。北海道栄の渡邊伸一監督(当時)だった。

「『高校決まってんのか?』と聞かれて、全然決まってなかったので、『それならウチへ来い』と」

 北海道での寮生活は、言葉遣いから叩き込まれた。才木は「いろいろ教育していただきました」と意味深に笑う。オフに帰省して中学校に顔を出すと、教師たちは「才木が敬語を使えてる!」と一様に感動を示したという。

 高校では最速145キロをマークし、札幌大谷高の菊地吏玖(現・専修大)らとともに北海道の注目投手に名を連ねた。スカウトからの誘いの声もあったが、才木は大学進学を決める。

「甲子園にも出てなくて、育成(ドラフト)で獲られても2〜3年でクビになったら20歳そこそこで無職やないですか。『俺の場合は何したらいいんや?』と思って、『執行猶予』のつもりで大学に行かせてもらいました」

元プロ監督も「向上心の塊」と絶賛

 ただし、大学生活も順風満帆ではなかった。下級生時にはケガをして、「野球をやめよう」と本気で考えたこともあった。だが、幼稚園からの親友に相談すると、「アホか」と一喝された。

「親にどんだけ迷惑をかけてきたか、おまえも社会人になったらわかる。中途半端にやめたら、一番の親不孝モンやで」

 親友からの言葉に心を動かされ、才木は本気で野球に打ち込もうと決意する。大学3年秋の関西六大学リーグではリーグ1位となる防御率0.74をマーク。大阪経済大の山本和作監督も、才木のことを「向上心の塊」と評価する。

「うまくなりたい、抑えたい思いは人一倍強いです。時に熱くなりすぎるところもありますが、それも彼の長所。素材ももちろんいいので、伸びしろをすごく感じています」

 山本監督自身、巨人、オリックスで内野手としてプレーした元プロ野球選手である。プロの世界を知る山本監督からすると、才木は「昔の荒ぶったプロ野球選手の匂いがする」という。

 たしかに品行方正な、今どきのプロ野球選手の匂いはしない。かといって、才木はチームの輪を乱すようなタイプではなく、周囲から慕われる愛嬌がある。そして、その内面からは強烈な負けん気と生命力がにじみ出る。

 ルパンのように技術を盗み、カメレオンのように擬態する。だが、いざ公式戦のマウンドに立てばチームの勝利のために全力を尽くす。それが才木海翔という投手だ。関西六大学リーグには大阪商業大、龍谷大、京都産業大といった強敵が立ちはだかるが、才木は「背番号18の責任を果たしたい」と意気込む。

 今年の大阪経済大は才木だけでなく、強肩捕手の山本健太朗(明石商)もドラフト候補に名を連ねる。さらに投手陣には昨季にわかさスタジアム京都で最速157キロを計測した津田淳哉(3年・高田商)、高校時代から注目され完成度の高い林翔大(2年・乙訓)ら好投手がひしめく。2007年春以来の優勝を狙える布陣が整いつつある。

 インタビュー後に開幕したリーグ戦で大阪経済大は開幕3連敗と出遅れたものの、強豪・龍谷大相手に連勝して勝ち点を獲得。巻き返しが期待される。

オリックス吉田正尚を併殺打

 勝負の年になり、才木は「無限の可能性」をテーマに取り組んでいるという。きっかけは、京都産業大から日本ハムにドラフト8位で入団した北山亘基の存在だった。

「プロに入ってからの北山さんを見て、『は? この2〜3カ月で何があったんや』と思うくらい変わっていてビックリしました。156キロなんて見たことなかったですから。人間には無限の可能性があるんやって、北山さんがわからせてくれました」

 才木自身も、プロのレベルを肌で感じ始めている。3月には阪神やオリックスの二軍とのオープン戦を経験。オリックス戦では二軍調整中だった吉田正尚と対戦し、併殺打に打ち取っている。

 吉田を打席に迎えた時、どんなことを感じたのか。そう聞くと、才木は目を輝かせてこう答えた。

「圧はすごいし、とにかく格好よかったです。カッコええ......テレビの人や......そんな人に俺投げとるんや......って感じながら投げてました」

 かつての才木にとって憧れの職業は、警察官や自衛隊員だった。「カッコええ」がその理由だ。だが、今は同じ理由からプロ野球選手になることを目指している。

「何かを極めている人って格好いいですよね。結果も出てないのに『俺、野球しとるで』って言うのは格好悪いなって。将来、子どもができたら『お父さんはプロ野球選手やったんやで』って胸を張って言えるような選手になりたいです」

 底を見せない才能と得難いキャラクター。才木海翔のマウンド姿は、最高峰の世界でこそ輝くはずだ。