これまで日本が世界選手権や五輪で結果を出してきた50km競歩は東京五輪で終わり、今年7月の世界選手権からは35kmに変更される。それに伴い4月17日の日本選手権も35kmで行なわれた。 男子50km競歩は競技時間が3時間近くかかることなど…

 これまで日本が世界選手権や五輪で結果を出してきた50km競歩は東京五輪で終わり、今年7月の世界選手権からは35kmに変更される。それに伴い4月17日の日本選手権も35kmで行なわれた。

 男子50km競歩は競技時間が3時間近くかかることなどを踏まえ、2019年に国際陸上競技連盟が2022年以降の廃止を発表。日本にとっては、この変更がどう影響するのか、今回国内で初めて35kmの実施となった日本選手権で、結果を含め選手や監督の声を聞いた。



東京五輪では50kmを戦った川野将虎が35kmを制した

 レースは、2時間28分が目安となる1km4分15秒を切るくらいのペースで始まり、後半に上がっていく展開が予想された。

 大会前の公認世界最高記録は2時間27分16秒であり、日本陸連の派遣設定記録は2時間30分00秒だった。

 だが、最初の1kmからすでに20kmで世界選手権代表に内定している松永大介(富士通)が3分53秒で歩き、その後も4分0秒台前半で引っ張るハイペースの展開となった。

 20kmより35kmを意識していると話していた松永は、「自分の強みは20kmでもそうですが、前半をハイペースで入ること。50kmの選手に勝つには前半でリードを奪って逃げ切るしかない」と、初レースでそれを実行した。

 そのハイペースな展開に、東京五輪50kmに出場した川野将虎(旭化成)と丸尾知司(愛知製鋼)が4kmすぎから離れだし、一時は1分30秒以上まで差が開いた。

 だが松永は、「僕は20kmで先に内定していたので、他の人のように緊張感はなく、気楽にという感じで少し遊んでしまいました。本来なら4分05秒で押していけばよかったけれど、最初の2kmが速すぎたので、ラスト10kmからはからだが全然動かなくなった」というように、後半は4分30秒台まで失速。

 4分10秒台を維持した川野が31kmをすぎて逆転し、2時間26分40秒の世界最高記録で優勝し、世界選手権代表に内定。松永は2時間27分09秒で2位になり、9秒遅れで入った野田明宏(自衛隊体育学校)までは世界選手権代表を有力にした。

 50kmなら、最初の10~15kmがプロローグという感覚で集団に大きな動きはないが、35kmは最初から本気のレースが始まる難しさ満載の距離。2kmすぎから自分のペースに抑えたと話す野田は、「35kmだと、飛び出した選手も後半持つか不安なってくるし、うしろから追いかける選手も追いつけるか不安になってくるところもあるので、けっこう難しい距離だと思う」と話す。

 今大会は、直前に出場を取りやめたが20km東京五輪3位の山西利和(愛知製鋼)は、35kmという距離をこう分析する。

「僕の場合はまだ(35kmという)距離に少し不安があるが、もしやるようになればある程度高いアベレージで頑張っていけるのが持ち味だから、それを生かすようなレースを選択すると思います。50kmだと怖さはあるが、35kmになれば20kmの選手が力業でもっと荒らせると思うし、いろんなパターンが出てくるのではないかと思います」

 今後の記録について、日本陸連の今村文男競歩担当シニアディレクターは、「(世界で)非公認では2時間22分を出した選手もいるし、3万m(30km)の世界記録は92年のものですが2時間01分44秒。それを考えれば2時間20分くらいになる可能性はある」と話す。

 そこは選手たちもすでに考えている。松永が話した1km4分05秒ペースを最後までキープできれば2時間22分が出せる。また、優勝した川野も1月に極度の貧血になった影響から本調子ではなかったが、指導する酒井瑞穂コーチは「スタミナ練習が不足していて中盤以降に不安はあったが、松永選手がいるので4分05秒前後での入りは準備していた」という。

 4位の丸尾までが派遣設定を突破するレースを見た今村シニアディレクターは、「やっぱり20kmのスピードが必要だと思う」と言い、こう続けた。

「一方では、ペース配分が非常に難しい距離。20kmと50kmでは心理的な限界値が違い、20kmは4分ペースを維持するなかで3分50秒にまで上げたりするが、50kmは速くて4分10~20秒で、ペースの切り替え変えも必要。35kmも展開としては後半が上がるネガティブスプリットになるのは変わらないですが、松永が3分53秒で入り、終盤の落ち込みも4分30秒台で抑えたのは、50kmをやっていた者としては新しいプラン。

 日本が50kmで2015年以降、五輪や世界選手権でメダルを獲れたのは、20kmも並行して強化してきたのが要因になっていると分析している。心理的な限界値を排除しながらケガなく速く、長く歩ける力を養成して行かなければいけないが、ここ数年は記録的にも20kmでは世界のトップ10に複数選手が入っているので、その20kmのスピードを生かしながら35kmにシフトしていければ、日本にとっては可能性がある種目になっていくと思う」

 2019年世界選手権50km優勝の鈴木雄介(富士通)が復調すれば、20kmの世界記録保持者でもあるだけに最有力候補になる。また、2019年世界選手権20km優勝に続き、今年の世界競歩チーム選手権の20kmでも優勝している山西も、将来的な35km移行への期待も高まる。さらに今回優勝の川野も50kmを主戦場にしているが、2019年には20kmで世界歴代10位の1時間17分24秒を出したスピードをもっている。その川野を酒井コーチはこう評価する。

「川野も今回は、ここでの優勝にこだわりがあったのではなく、あくまでも今後の世界大会で勝負するための明確な課題を見つけ、プラニングをするためのレースとして臨みました。最終的には1km4分ペースで2時間20分を出すくらいの実力がないと、世界大会でも暑さとか路面状態などをプラスアルファすればメダル争いは難しいと思っている。彼の場合は20kmでも記録を持っているので、その希有なスピードとスタミナ、それにスピードに合わせられるフォームを大事にしていけば、天職といえるような種目にもなると思います」

 東京五輪の金メダルは逃したが、メダル2つを含め入賞3人という結果だった日本。新種目の35kmをお家芸にしていけるかどうかは、国内のハイレベルな競り合いがあってこそ実現できるはずだ。