五輪銅メダル、世界選手権金メダルという輝かしい成績でシーズンを終えた坂本花織。彼女に会いに行くと、そこには以前と変わらない笑顔が待っていた。練習と試合を重ねて手にした自信。プログラムへの思い。長く濃密なシーズンを終えた、今の気持ちを聞いて…

 五輪銅メダル、世界選手権金メダルという輝かしい成績でシーズンを終えた坂本花織。彼女に会いに行くと、そこには以前と変わらない笑顔が待っていた。練習と試合を重ねて手にした自信。プログラムへの思い。長く濃密なシーズンを終えた、今の気持ちを聞いてきた。



充実のシーズンを振り返る坂本花織

――今季は武器を磨いて、五輪と世界選手権で2つのメダルを手にしました。坂本選手にとって今季はどんなシーズンとなりましたか。

 五輪の大事な年で、最初から調子を上げたかったけれどなかなか上がらず......。最初は「どうなるんだろう」と先が見えなかったんですけど、試合が多かったのでそれをこなしていくうちに自分の感覚もよくなり、調子も上がってきました。最終的には五輪でも世界選手権でもメダルが取れたので、頑張ってよかったなと思っています。

――2回目の五輪はいかがでしたか。

 2回目だったので、(北京での)日々を安心して過ごせました。1回目(の平昌五輪)は至るところに五輪のマークがあったので「あぁ〜、オリンピック〜!」と思っていたんですけど(笑)、今回はそこまで気にならなかったし、調子もあまり崩すことなく、いつも通り過ごせたなと思います。

――今回は団体戦でメダルが期待されていましたね。

 最初からそれを言われていましたね。団体では女子のフリーが一番最後で、(そこで順位が決まるので)「あ〜、マジか〜」って(笑)。足引っ張れないなと思って、すごく緊張しました。

――そして個人戦でも銅メダルを獲得。グリーンルームでの号泣はもらい泣きしました。

 メダルが決まった瞬間はあまり状況を把握していなかったんですけど、全選手の最終順位一覧を見た時にやっと気づいて......。「こんな日が来るとは」みたいな感じで感極まってしまいました(笑)。

――その歓喜のメダルから世界選手権までの日々はメンタルもフィジカルもコンディションを保つのは大変だったと思います。どんなことが支えになりましたか。

 先生から「もう一度、ここを頑張っておけば今後の人生が変わってくる」と言われていましたし、毎日の練習は苦しかったけど、先生がそれに根気強くつき合ってくださいました。先生も同じくらいしんどい思いをしていると思うから、自分も一緒に頑張っていこうという思いです。それと、オンオフの切り替えです。オフの時はスケートのことは忘れて友達と一緒に遊んでいました(笑)。そうするとモチベーションもだいぶ上がってきたので、そこはよかったなと思います。



五輪や世界選手権での心境を素直に語る坂本花織

ここから再スタートを

――そして世界選手権ですが、ショートはついに80点超え。キス&クライでの様子は何度見ても元気が出ます。とくに、中野(園子)先生が動きまくる坂本選手を引き止めようとしているところが。

 あはは、めっちゃ腕を掴まれて止められて......。それでもジタバタしていました。どんだけ元気余ってんねんと(笑)。でも、世界選手権はいつもあまり点数が出ないイメージがあったので、予想も期待もしていなかっただけにすごく嬉しかったです。ショートは頑張ればできるという自信もあったので、結構思いきってできたなと思います。

――そしてフリーは試合前に緊張のあまり泣いてしまったそうですね。試合前に泣いたのは、同じフランス(マルセイユ)でのジュニアグランプリファイナル以来ですが、やはり来年に開催される、さいたま市での世界選手権の出場枠獲得のプレッシャーは重かったですか。

 はい。表彰台に乗っても3位だったら(3枠)取れないし、「2位以上でないといけない」と言われていて、「マジか〜」と。だから、めっちゃ緊張しました。ミスをしたら点数はすごく下がるので絶対ノーミスをしなくちゃいけない。必死にやりました(※)。
※日本は、上位2選手の順位の合計が「13」以内となり、世界選手権(さいたま市)出場枠を最大3枠確保した。ちなみに日本2位は樋口新葉で11位。

――金メダル候補と言われて臨む大会はどのようなものですか。

 金メダル候補と言われると、すごく注目されるようになるんです。それが今季は多かったので、「視線がきついなぁ」と思うことも多かったです。今までは何も考えず、自分がやることだけに集中できていたんですけど、そうはいかないんだなと思いました。しかも上(五輪の金メダリストと銀メダリスト)の2人がいないので、先生から「金メダルを取って当たり前だ。じゃないとおかしいから!」と言われていて(笑)。

――プレッシャーがすごい(笑)。でも来季は世界チャンピオンとして挑むシーズンになりますね。

 そういう気持ちもありますし、4年間で一旦区切りをつけて、ここから再スタートしたいとも思っています。継続するところは継続して、気持ちはリセットしようかなと思っています。次の五輪まで4年は頑張ります。

試合で得られる経験がある

――先ほど話に出たマルセイユのジュニアグランプリから現在に至るまでで、メンタルが強くなったなと感じるのですが、対策はどうしていますか。

(頭をぷるぷると振り)今もまだ強くはないです。でも、どの選手よりも試合をこなしてきたことでメンタルが強くなってきたと思います。練習でうまくいくことはわかっているんです。緊張のあるなかでもできるようにするには、試合をするしかないと思っています。それに、練習で自信がつくところまで追い込むと、緊張しても身体が勝手に動いてくれるということもあると思います。

――今季は2つのプログラムを滑ってきて、現在どういう思いがありますか。

 ブノワ(・リショー)先生が思っているイメージを、自分が滑って表現しなければいけなかったので、最初は、とくにフリー(映画『WOMAN』の曲)は難しかったです。今年はメッセージ性が強く、物語性があまりなかったので、その部分では結構きつかったなと思います。

――シーズンの初めの頃は新しいフリーが難しいということで、プログラムを以前使っていた『ピアノレッスン』に戻していましたね。その後にまた『WOMAN』に戻しましたが、どうやってプログラムの完成度をあげていったのでしょう。

 試合を重ねることも大事ですが、毎日の練習で曲をかけて、先生からアドバイスをもらったりする積み重ねで自信をつけてきた感じですね。全日本くらいにようやく自信がついてきました。

――フリーは自立した大人の女性のイメージもありました。そういう女性になれたと思いますか。

 なれたかなぁ......。わかんないです! 「なれてるな」と思ってくれたらOKです!(笑)

――そして、メダリストオンアイスで初披露したエキシビションナンバー『タンゴアモーレ』についてですが、振付師はどなたですか。

 佐藤操先生です。久しぶりの操先生。「くノ一」(EX曲『迅』)以来です。これまではピシッピシッとした動きが多かったので、『タンゴアモーレ』は、(身体のラインの)ウェーブを作るのがめっちゃ難しかったです。タンゴはもういい、難しい!(笑)。アイスダンスやペアならできるけど1人ではなかなか......。すごくスケートが上手い人じゃないと見せられないと思います。

――では最後に、ファンのみなさんにメッセージをお願いします。

 今年は小さい大会は無観客でしたけど、全日本はさいたまスーパーアリーナで多くの方が来てくださって、見てもらえる機会がどんどん増えてきました。拍手をもらうと選手はみんな気持ちがすごく上がるので、みなさんの応援がとてもありがたいと感じています。今後も応援していただけると大変ありがたいです!

――来年の世界選手権は、さいたま市ですしね。

 2019年ぶりですね(※)。ホームでの世界選手権は緊張します。まずは代表になれるよう、ここからまた頑張っていきたいと思います。
※2019年世界選手権では5位