ブラジル発祥のビーチスポーツ『フレスコボール』が、国内でも人気を広げている。
相手を倒すことを目的としない優しい競技性が広い世代で受け入れられたほか、コロナ禍で希薄になったリアルな人間関係を構築するコミュニティの場にもなっている。
4月には、神奈川県藤沢市の鵠沼(くげぬま)海岸で今年度初の公式大会『ショウナンカップ』が開催。春のビーチで繰り広げられた、“思いを繋ぐ物語”を紹介する。

|相手を倒さない?「思いやりのスポーツ」

快晴に恵まれた週末。気温は21℃と初夏の空気が漂い、鵠沼海岸は一足早い海水浴を楽しむ家族連れや、サーファーたちで賑わっていた。

砂浜の一角で、木製ラケットでゴムボールを打ち合う軽快な音が響く。競技に熱中するのは、フレスコボール『ショウナンカップ』の参加者たちだ。この日は関東近辺のほか、四国や沖縄など遠方から小学生〜60代の37組が集まった。

フレスコボールは2人1組で向かい合い、ボールを落とさないようラリーを続けるラケットスポーツだ。
目的は「相手を倒すこと」ではなく「協力し合うこと」。ラリーを続けるためには相手が打ちやすい場所を考えてボールを返さなくてはならず、「思いやりのスポーツ」とも呼ばれている

ラケットとボールさえあれば特別な準備をせずに始められる手軽さから、発祥の地ブラジルはもちろん、南米やヨーロッパでもメジャーなスポーツとなっている。

【動画】フレスコボール『ショウナンカップ』の様子

|リオのビーチで“一目惚れ”

フレスコボールを日本で初めて広めたのは、日本フレスコボール協会(東京都世田谷区)の窪島剣璽会長だ。

2013年に出張で訪れたリオデジャネイロ(ブラジル)のビーチで競技に親しむ人々を見て、すぐにその魅力に取り憑かれたという。「他のスポーツにはない一体感。協力してラリーを続けるという競技性が日本人に合うと感じた」。帰国時には、現地で購入したフレスコボールの道具でスーツケースがいっぱいになった。

窪島会長が知人に声をかけて10数人で始まった輪は徐々に全国に広がっていき、活動を始めて9年目に入った現在は東京や兵庫、沖縄などで18クラブが活動している。競技人口も約5千人に増えたという。

フレスコボールの魅力は、競技そのものの面白さだけではない。協力してボールを繋ぐというコンセプトから、人と人との関係性が自然に構築されていくことも特徴だ。
「大きなサークルみたいなもの。誰でも参加しやすいからコミュニティが広がって、新しい出会いがどんどん生まれている。コロナ禍で外に出る機会が少なくなった人たちも、ここでは簡単に交友関係をつくることができる」と窪島会長。

人間関係が希薄化しがちな今の時代だからこそ、仲間意識を育むフレスコボールはより多くの人に親しまれるようになったという。

日本フレスコボール協会の窪島剣璽会長

|「ゆかひなペア」誕生!幼なじみの道が再び一つに

ボールを繋ぐフレスコボールは、人と人をも繋いでいく。

兵庫県神戸市から『ショウナンカップ』に参加した新開由佳子さんと牧野日向さんも、競技をきっかけに再び親交を深めた2人だ。
ご近所同士で育った新開さんと牧野さんは、小学校に上がる前から一緒に遊んでいた幼馴染。しかし、別々の高校に進学してから徐々に疎遠になってしまう。

海沿いの飲食店でアルバイトをしていた新開さんが、お客さんとの話でフレスコボールを知ったことで、2人の物語は再び動き出す。「誰を誘おうかと考えた時に、真っ先に思い浮かんだのがひなだった」と新開さん。元々スポーツ好きだった2人はすぐに競技に熱中し、「ゆかひなペア」が誕生した。

2020年9月にペアを組んでから、毎週のように大蔵海岸(兵庫県明石市)で練習に励む2人。目指すは日本代表ペアとなることだ。そのために、まずは大会での入賞を今シーズンの目標に掲げている。
『ショウナンカップ』での結果は女子カテゴリ7位。目標の表彰台には届かなかったが、ボールを落としても常に笑顔で声を掛け合うはつらつとしたプレーが印象的だった。

2人にとってのフレスコボールとは?

新開さんは「大会ですごい選手のラリーを見るたびに、自分もそうなりたいって刺激を受けます。自分の人生の軸みたいなもの」
牧野さんは「みんなで声を掛け合って思い出をつくる温かい雰囲気が好き。協力プレーを続けることで、人として優しく成長していると実感します」

と、それぞれ笑顔で答えていた。

新開由佳子さん(右)と牧野日向さん(左)の「ゆかひなペア」

|そしてボールは海の向こうへ

「いい感じだよ」
「あと30秒、集中していこう」

ボールが繋がるたびに歓声が上がり、温かな応援が飛び交う。果敢に砂浜に飛び込みボールを拾えば、会場全体から熱い拍手が送られる。

単純な勝ち負けはなく、練習の成果を発表する場として大会は進行していく。審判として選手たちのプレーを見守る窪島会長は「お互いが助け合い、相手の力をうまく引き出していかないとラリーは続かない。ペアがどれだけ思いを共有して練習を積み重ねてきたかが、5分間に表れる」と、その奥深さを語る。

窪島会長の当面の目標は、フレスコボールを47都道府県全てに広げること。「自発的にクラブが生まれる流れができてきているので、達成できる日も近い」と手応えを感じている。その先で目指すのは、フレスコボールで世界を繋ぐ夢だ。「サッカーにおけるFIFA(国際サッカー連盟)のような国際組織を、日本が主導となって作っていきたい」と青写真を描く。

砂浜に響くラケットの音が、次は海の向こうにも届こうとしている。